武術師範と九級への道
ーー試験日の朝。
エンターサンド冒険者ギルド。
普段より少しだけ緊張した空気が漂っていた。
試験場には数人の冒険者が集まり、順番を待っている。
ビルは木剣を握りしめながら深く息を吐いた。
「……緊張する」
シャーロットが苦笑する。
「今さら?」
「先生と毎日やってたじゃん」
「先生と試験官じゃ全然違うんだよ!」
ビルが頭を抱える。
カミリーは槍を肩に担ぎ、静かに周囲を見回した。
「落ち着け」
「勝ち負けじゃない」
「自分たちが積み重ねてきたものを見せればいい」
その言葉にビルは何度か深呼吸した。
「……そうだな」
少しだけ肩の力が抜ける。
少し離れた場所では、ヤスヒコが静かに立っていた。
いつも通り何も言わない。
三人も、もう励ましの言葉は求めなかった。
先生がそこにいてくれる。
それだけで十分だった。
⸻
受付ではエミリアが試験の説明を行っていた。
「九級昇級試験は実戦形式です」
「試験官と立ち合い、武器の扱い、判断力、姿勢を総合的に確認します」
「勝敗は問いません」
「冒険者として十分な技量があると判断されれば合格です」
三人は静かに頷いた。
⸻
最初はビルだった。
木剣を構える。
向かい合う試験官は30代の先輩冒険者だった。
「始め!」
合図と同時に試験官が踏み込む。
以前のビルなら真正面から力任せに打ち合っていただろう。
だが今は違う。
一歩。
重心を崩さず踏み込む。
木剣を受け止め、
すぐに体勢を立て直す。
試験官の剣筋を見て、
無理に振り回さない。
丁寧に。
着実に。
教えられた通りの立ち方で動く。
数合打ち合ったあと、
試験官が距離を取った。
「そこまで」
ビルは大きく息を吐く。
試験官は静かに頷いた。
「基礎がよくできている」
「焦らず戦えるようになったな」
ビルは思わず笑顔になる。
⸻
続いてカミリー。
槍を構える。
試験官はビルの時とは違う、剣士の冒険者だった。
「始め!」
踏み込んでくる。
しかしカミリーは下がらない。
一定の距離を保つ。
槍先だけが正確に動く。
近付かせない。
無理に攻めない。
「……ほう」
試験官は何度か踏み込むが、
槍の間合いを崩せない。
やがて合図が鳴る。
「そこまで」
試験官は苦笑した。
「間合いを理解している」
「槍をちゃんと槍として使えている」
カミリーは静かに一礼した。
⸻
最後はシャーロット。
盾を持った試験官と距離をしっかり取る。
魔法を放つ。
しかし連発はしない。
相手の動きを見ながら、
一発ずつ丁寧に撃つ。
試験官が近付けば距離を取り、
障害物を利用して位置を変える。
無駄に前へ出ない。
試験官は最後に笑った。
「後衛としての立ち回りが分かっている」
「良い判断だった」
シャーロットは胸を撫で下ろした。
「よかったぁ……」
⸻
全員の試験が終わる。
三人は並んで結果を待つ。
長く感じる時間だった。
やがてエミリアが試験官たちと共に現れる。
一枚の書類を手にしていた。
「ビルさん」
「はい!」
「カミリーさん」
「はい」
「シャーロットさん」
「はい!」
エミリアは微笑む。
「九級昇級試験――」
「三名とも合格です」
一瞬。
三人とも言葉が出なかった。
「……え?」
ビルが目を瞬かせる。
「本当に?」
「はい」
「おめでとうございます」
次の瞬間。
「やったぁぁぁ!」
ビルが飛び跳ねた。
シャーロットも思わず手を叩く。
「合格した!」
カミリーも珍しく表情を崩した。
「本当に……受かったんだ…」
ギルドの中から拍手が起こる。
「あいつら頑張ってたもんな」
「当然だ」
そんな声も聞こえてきた。
⸻
ビルは真っ先にヤスヒコのもとへ走る。
「先生!」
「受かりました!」
ヤスヒコは三人を見る。
そして静かに頷いた。
「……よくやったな」
その一言だけだった。
だが、三人にとっては何より嬉しい言葉だった。
「「ありがとうございます!」」
三人は深く頭を下げる。
ヤスヒコは静かに言う。
「九級になっても変わらん」
「昨日の自分より、一歩だけ前へ進め」
三人は真っ直ぐ返事をした。
「「はい!」」
エミリアは書類を片付けながら、ふと思い出したように口を開いた。
「あ、そうでした」
「ヤスヒコさんにもお伝えしなければ」
ヤスヒコは静かに振り向く。
「?」
「先日の審査が正式に承認されました」
「本日付で、ヤスヒコさんは六級冒険者へ昇級となります」
一瞬、ギルドが静まり返る。
「……え?」
今度はビルたちの方が固まった。
「先生も!?」
「六級!?」
シャーロットが目を丸くする。
「いつの間に!」
カミリーも思わず笑ってしまう。
「俺たちの試験どころじゃないですよ、それ」
エミリアは苦笑した。
「薬草採取だけではありません」
「護衛依頼や討伐依頼も含め、これまでの功績が認められた結果です」
「達成率、信頼度ともに申し分ありませんでした」
ビルは嬉しそうに笑う。
「先生!」
「おめでとうございます!」
シャーロットも勢いよく頭を下げる。
「先生、おめでとう!」
カミリーも穏やかに微笑んだ。
「先生らしいですね」
三人の祝福を受けても、ヤスヒコの表情はほとんど変わらない。
「そうか」
ただ、それだけだった。
エミリアは苦笑する。
「もう少し嬉しそうにしてください」
ヤスヒコは少し考え、静かに答えた。
「級は仕事を任されるための目安だ」
「やることは変わらん」
その一言に、ギルド中から思わず笑いが漏れた。
「先生らしいや!」
ビルが笑う。
ヤスヒコは三人へ視線を向ける。
「お前たちも同じだ」
「九級になったから強くなったわけではない」
「昨日まで積み重ねたものが認められただけだ」
「それを忘れるな」
三人は真っ直ぐ、そして力強く頷いた。
「「はい!」」
⸻
その日の夕方。
ギルドを出る三人の首には、新しい九級の冒険者証が掛かっていた。
ビルはそれを何度も見つめる。
「俺たち、本当に九級なんだな」
シャーロットが笑う。
「でも、まだまだ先は長いよ」
カミリーも頷く。
「先生に追いつくには、全然足りないな」
少し前を歩くヤスヒコは、いつもと変わらない足取りだった。
その背中は、まだ遠い。
だが三人には分かっていた。
焦る必要はない。
積み重ねた努力は、自分たちを裏切らない。
そう教えてくれた人が、目の前を歩いているのだから。
未熟だった三人は、十級冒険者から九級冒険者へと歩みを進めた。
それは決して才能ではなく、一日一日の積み重ねが形となった、最初の証だった。
第二章はここまでです。




