武術師範と積み重ねの証
朝。
町外れの空き小屋。
いつものように掃除から一日が始まる。
ビルは床を掃き、
カミリーは道具を整え、
シャーロットは窓を磨く。
誰に言われるでもない。
もう三人にとって、それは当たり前の日課だった。
掃除を終えると、ヤスヒコが部屋を見渡す。
「……よし」
言葉はそれだけ。
三人は嬉しそうに顔を見合わせる。
それだけで十分だった。
⸻
その日の稽古は実戦形式だった。
ヤスヒコは森の中で一本の枝を地面へ投げる。
「角兎がいると思え」
三人は自然に動く。
ビルが前へ。
カミリーが側面へ回り込み、
シャーロットが後方から援護位置を取る。
互いに声を掛けなくても位置が重ならない。
ヤスヒコは黙って見守る。
稽古を終えると、小さく頷いた。
「……上手く動けていた」
ビルは思わず拳を握る。
「よし!」
シャーロットが笑う。
「また褒められて喜んでる」
カミリーも笑った。
「前は先生に言われてから動いていましたけど、今は自然に動けるようになってきました」
ヤスヒコは何も答えず歩き始めた。
⸻
それから数日。
三人は依頼を積み重ねた。
薬草採取。
荷物運搬。
迷子の捜索。
派手な依頼ではない。
だが一つひとつを丁寧にこなしていく。
ギルドでは、
「あの三人なら安心だ」
そんな声が少しずつ聞こえるようになっていた。
⸻
ある日の討伐依頼。
森へ入ると角兎が現れる。
ヤスヒコは後ろで腕を組んだまま動かない。
ビルも振り返らなかった。
もう先生を見る必要はない。
「行くぞ!」
自然に三人が散る。
ビルが正面を受け、
カミリーが逃げ道を封じ、
シャーロットが援護する。
危なげなく三匹を討伐した。
討伐後。
三人は角兎へ静かに手を合わせる。
それも、もう誰かに言われなくてもできるようになっていた。
ヤスヒコは近付き、小さく頷く。
「……十分だ」
その一言だけ。
三人は顔を見合わせて笑った。
⸻
ギルドへ戻る。
依頼達成の報告を終えると、エミリアが書類を整理しながら微笑んだ。
「皆さん最近、本当に安定していますね」
ビルは照れくさそうに笑う。
「先生のおかげです」
ヤスヒコは何も言わない。
エミリアは少し真面目な表情になった。
「実は、お話があります」
三人は顔を見合わせた。
「皆さんは十級依頼を十分な回数こなし、依頼達成率も安定しています」
「ギルド内での評価も、とても良いです」
ビルが目を丸くする。
「それって……」
エミリアは微笑んだ。
「九級昇級試験を受験する資格を満たしました」
一瞬、空気が止まる。
「え……」
シャーロットが思わず声を漏らす。
カミリーも驚いたように目を見開いた。
「もう、そこまで来たんですね……」
ビルは何度もエミリアと仲間の顔を見比べる。
「俺たち……受けられるんですか?」
「はい」
「もちろん、強制ではありません」
「ですが私は、十分挑戦できる実力があると思っています」
ビルはゆっくりヤスヒコを見る。
「先生……」
ヤスヒコは静かに答えた。
「あとは、お前たちが決めろ」
三人は互いに顔を見合わせる。
そして同時に頷いた。
「「受けます!」」
その返事を聞いたエミリアは嬉しそうに笑った。
「分かりました」
「試験日は三日後です」
⸻
ギルドからの帰り道。
ビルがぽつりと呟いた。
「先生」
「俺達……最初は角兎一匹にも苦戦してました」
シャーロットが笑う。
「突っ込んでばっかりだったもんね」
「うるさい」
皆が笑う。
カミリーが静かに言った。
「でも今なら、あの頃の自分には負けません」
ヤスヒコは三人を見渡す。
そして静かに口を開く。
「結果を急ぐな」
「いつも通りやれ」
「積み重ねたものは、簡単には消えん」
その言葉に三人は力強く頷いた。
「「はい!」」
空が茜色に染まる夕暮れ。
三人の表情に、不安はあった。
それでも、それ以上に前を向く覚悟があった。
三日後に待つ九級昇級試験は、強さを競う戦いではない。
これまで積み重ねてきた努力を、自分たち自身が証明する日となるのだった。




