武術師範とそれぞれの役目
何度目かの角兎を討伐し終えた帰り道。
夕暮れの森を四人がゆっくり歩いていた。
肩には討伐した角兎。
依頼にも少しずつ慣れ始め、三人の足取りは以前より軽い。
ビルが嬉しそうに振り返る。
「先生!」
「今日は三匹とも、ちゃんと連携できました!」
ヤスヒコは静かに頷く。
「……いい動きだったな」
たった一言。
それだけでビルの顔がぱっと明るくなる。
「よしっ!」
思わず拳を握る。
シャーロットが吹き出した。
「また先生に褒められて喜んでる」
「ビルって本当に分かりやすいよね」
「う、うるさい!」
耳まで真っ赤になる。
カミリーも静かに笑った。
「でも……俺も嬉しいよ」
ヤスヒコは何も言わず歩き続ける。
その横顔は相変わらず無表情だったが、どこか穏やかだった。
⸻
やがて町外れの空き小屋が見えてくる。
ビルが自然に言う。
「先生」
「少し掃除してから帰りませんか」
ヤスヒコは足を止める。
三人を見回し、小さく頷いた。
「……ああ、そうだな」
小屋へ入ると、三人は誰にも言われず動き始めた。
ビルは床を掃き、
カミリーは棚や道具を整え、
シャーロットは窓を開けて雑巾をかける。
最初の頃のように文句を言う者はいない。
箒の音だけが静かに響く。
ヤスヒコは黙ってその様子を眺めていた。
掃除が終わる。
「先生!」
「終わりました!」
ヤスヒコは部屋をゆっくり見回す。
床。
棚。
窓。
隅々まで確認すると、小さく頷いた。
「……よし」
「綺麗になった」
その一言だけ。
三人は顔を見合わせて笑う。
「やった!」
シャーロットが笑い、
カミリーも満足そうに息を吐く。
ヤスヒコは穏やかに笑っていた。
⸻
翌日。
いつもの掃除後、四人は小屋の前へ出た。
ヤスヒコは三人を順番に見渡す。
「今日は同じことは教えん」
ビルが首を傾げる。
「え?」
「お前たちは武器が違う」
「ならば戦い方も違う」
⸻
最初に呼ばれたのはビルだった。
「構えろ」
ビルは木剣を構える。
「踏み込め」
ビルが前へ出る。
「違う」
ヤスヒコは肩を軽く押した。
「重心が前へ流れている」
「打った後も立て」
何度も踏み込む。
何度も姿勢を直される。
少しずつ軸がぶれなくなっていく。
ヤスヒコは頷いた。
「そのままだ」
「前へ出るのがお前の役目だ」
ビルは力強く返事をした。
「はい!」
⸻
次にカミリーだった。
槍を構える。
ヤスヒコは一歩近付いた。
「近い」
「え?」
「相手にだ」
「槍は長い」
「その長さがお前の強さだ」
一本の枝を地面へ立てる。
「ここから突け」
カミリーは少し下がり、突きを放つ。
枝の先端だけを正確に捉える。
ヤスヒコは頷いた。
「そうだ」
「近付くな」
「届く距離を知れ」
カミリーは静かに頭を下げた。
「分かりました」
⸻
最後はシャーロットだった。
「魔法を撃ってみろ」
炎の弾が飛ぶ。
ヤスヒコは避ける。
「威力は十分だ」
「でも?」
「前へ出過ぎだ」
シャーロットは首を傾げた。
「近い方が当てやすいし」
ヤスヒコは首を振る。
「魔法使いは狙われる」
ビルとカミリーを前へ立たせる。
その後ろへシャーロットを立たせた。
「ここがお前の位置だ」
「守られる場所?」
「ああ」
「仲間を見失うな」
「味方の後ろから戦え」
シャーロットは小さく笑った。
「なるほどね」
⸻
三人を横一列に並ばせる。
ヤスヒコは静かに言った。
「三人とも同じ戦い方をする必要はない」
「自分にできることをやれ」
「足りないところは仲間が埋める」
「それが連携だ」
三人は真剣な表情で頷いた。
⸻
「やってみろ」
ヤスヒコが小枝を三本拾う。
一本目を右へ投げた。
「右!」
ビルが真っ先に飛び出す。
二本目。
左へ。
「左!」
カミリーの槍が正確に枝を突き落とす。
三本目。
真後ろへ。
「後ろ!」
シャーロットが素早く振り返り、小さな火球で枝を撃ち抜いた。
しかし。
三人はお互いの動きが重なり、ぶつかりそうになる。
「わっ!」
「ごめん!」
「危ない!」
ヤスヒコは静かに見ていた。
「もう一度」
何度も繰り返す。
少しずつ。
少しずつ。
互いの位置を理解し始める。
ビルは前を任せられる。
カミリーは距離を保てる。
シャーロットは二人を見ながら魔法を放てる。
夕日が傾く頃。
三人の動きは、最初よりずっと自然になっていた。
ヤスヒコは小さく頷く。
「……悪くない」
その一言だった。
「よっしゃ!」
ビルが飛び上がる。
「先生に褒められた!」
シャーロットが笑いながら言う。
「ビル、本当にわっかりやすーい」
カミリーも穏やかに笑った。
「でも、本当に嬉しい」
ヤスヒコは照れることもなく言う。
「忘れるな」
「一人で勝とうとするな」
「仲間を信じろ」
三人は真っ直ぐ返事をした。
「「はい!」」
⸻
帰り道。
夕焼けに染まる草原を歩く。
カミリーがぽつりと呟く。
「先生」
「今日、分かりました」
ヤスヒコが横を見る。
「強い人になるんじゃなくて」
「仲間と強くなるんですね」
ヤスヒコは静かに頷いた。
「ああ」
「一人では必ず限界が来る」
「だから人は支え合うんだ」
その言葉を胸に刻みながら、三人は町へ帰っていく。
今はまだ未熟な冒険者。
だが、それぞれが自分の役割を知り、仲間を信じ始めたこの日が――
やがて幾度もの死線を共に越えていく、彼らの連携の原点となるのだった。




