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ようこそ最前線の地獄(職場)へ。 軍師リナ、8歳です  作者: 輝夜
第十一章:『一年という名の礎』

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【追憶の覇道】第4話:『黄金の里、喉元の刃』

注意:数年前の話です

※クルガンの起こり、カナンの受難

-----

 

 地を揺るがすような馬蹄の音が黄金の商都カナンの堅牢な城壁を震わせていた。


 城壁の上に立つ見張りの兵士は眼下に広がる光景に息を呑み、槍を握る手を震わせた。

 視界の端から端までどこまでも続く黒い軍勢。クルガンの旗印を掲げた数千の騎馬隊がカナンを何重にも取り囲んでいたのだ。

 だが彼らは鬨の声を上げることもなく、攻城兵器を引き出すこともない。

 ただ圧倒的な暴力の気配を静かに放ちながら、岩のように微動だにせず駐屯している。その不気味な静寂と統制された規律は雄叫びを上げて襲い来る蛮族よりも遥かに恐ろしく、カナンの民の心に冷たい刃を突きつけていた。


 ヴォルガルドの軍勢は物理的な攻撃の代わりにカナンへ通じる全ての交易路を完全に遮断した。

 それは流血を伴わない最も確実で残酷な城攻めだった。


「隊商が来ない! 荷車が一台も通らんぞ!」

「倉庫には南から仕入れた絹や香辛料が山ほどあるというのに……買い手が誰も来ねえ!」

「それより麦だ! 周辺の部族から食料が入ってこない! このままじゃ金貨を齧って飢え死にするしかねえぞ!」


 血流(物流)が止まった街に焦燥と恐怖が疫病のように蔓延していく。

 市場では日を追うごとに食料価格が天文学的に跳ね上がり、普段は澄ましている大商人たちでさえ血走った目で底をつきかけた帳簿を睨みつけていた。

 備蓄が尽きかけ、街の息の根が完全に止まろうとしたまさにその時。

 ヴォルガルドからただ一人の使者が悠然とした足取りで城門の前に現れたのだった。


 ◇◆◇


 カナンの最高意思決定機関、賢人会議の円卓。

 豪奢な衣装を纏った長老たちが飢えと疲労で青ざめた顔を突き合わせ、固唾を飲んで見守る中。その男は武器を一切持たず、軽やかな足取りで議場へと足を踏み入れた。

 ヴィクトル・フォン・ローゼンベルク。


「――お招きいただき光栄の至り」

 彼は優雅な礼をしてみせるとレンズの奥で冷ややかに笑った。

「ご安心ください。我々は血を見たくありません。ただ新しい時代の『ルール』を確認しに参っただけです」


「ルールだと……? この街を干上がらせておいてよく言えたものだ!」

 長老の一人が震える声で詰問する。

 だがヴィクトルは動じず懐から一枚の地図を取り出し、円卓の中央に広げた。


「ご覧ください。現在北方の部族の多くが我らヴォルガルドの同盟下にあります」

 彼の白い指先が黒く塗りつぶされた地図をなぞる。

「貴方たちが我々を拒絶するということは……北方の顧客の『すべて』を失うことと同義ですよ? 交易の相手がいなくなれば、この美しい黄金の都もいずれは砂に埋もれるただの遺跡となるでしょう」


 長老たちの喉が鳴った。商人にとって市場を失うことは死を意味する。


「……だが」

 ヴィクトルの声がふっと甘く蠱惑的こわくてきな響きを帯びた。

「我々と手を組めば話は別です。……この巨大な統一市場の『独占的な管理者』としての地位を貴方たちにお約束しましょう。今までのように野盗に怯える必要もありません。我が軍が貴方たちの商路を完璧に保護いたします」


 死の脅威と途方もない富の約束。

 究極の飴と鞭を前に長老たちの目が揺らぐ。計算高い彼らの脳内で損得の天秤が激しく揺れ動いていた。


「騙されるな!」


 その時円卓の末席から賢人エノクが立ち上がった。

「それは毒入りの果実だ! 目先の利益に目が眩み、このカナンの自由を売り渡す気か! 奴らの軍を城内に入れれば我々は完全に牙を抜かれるぞ!」


 エノクの悲痛な叫びが議場に響き渡る。

 だがその真に迫った声は、極限の恐怖と抗いがたい欲望に屈した長老たちには届かなかった。


「……エノクよ座りなさい。我々は商人だ。商売ができねば民は餓死するのだ」

 筆頭長老が疲れたように首を横に振った。そしてすがりつくような目でヴィクトルへと向き直る。


「……条件を飲もう」


 その言葉が落ちた瞬間、ヴィクトルの唇の端が暗い愉悦に歪んだ。


「賢明なご判断です。……ではさっそく『警備』の引き継ぎをいたしましょうか」


 ◇◆◇


 その日の午後。

 カナンの堅牢な城門が内側から重々しく開かれた。

 平和的解決、そして新たな同盟の証という名目の下、クルガン軍の精鋭部隊が「守備隊」として堂々と市街へと入城していく。

 地響きを立てて行進する黒い軍勢。その靴音が長年商人たちが磨き上げてきた石畳を容赦なく踏みにじっていく。


 エノクは城壁の陰から血の滲むような思いでその光景を睨みつけていた。

 彼の握りしめた拳からは爪が食い込み、一筋の血が流れ落ちている。


(……愚かな。何が独占管理者だ。我々はただよく肥えた『家畜』として彼らの檻に入っただけではないか……!)


 トロイの木馬は武力によってではなく、商人の計算という最も容易い形で招き入れられた。

 黄金の都カナンの没落が決定づけられた瞬間だった。


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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 苦渋の決断も、半ば死刑判決の裏を読めず(><) 次回も楽しみにしています。
 輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です 【追憶の覇道】第4話:『黄金の里、喉元の刃』」拝読致しました。  黄金の商都、カナン。  そこに迫る、黒い軍勢。  …
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