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ようこそ最前線の地獄(職場)へ。 軍師リナ、8歳です  作者: 輝夜
第十一章:『一年という名の礎』

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【追憶の覇道】第3話:『崩れゆく秩序、甘き連帯』

注意:数年前の話です

※クルガンの起こり、カナンの受難

-----

 

 荒野に地鳴りのような鉄の音が響いた。

 悲鳴と絶望が渦巻いていた弱小部族の野営地。冬の備蓄を奪い、女子供を蹂躙じゅうりんしようと歓喜の声を上げていた野盗集団は突如として大地を揺るがす黒い波に飲み込まれた。

 風に翻る黒い獣皮の旗印の下、ガルド率いる『岩窟の民』の軍勢が地平線を黒く染め上げて突撃してきたのだ。


 彼らの動きには蛮族特有の狂騒が一切ない。あるのは冷徹なまでに統制された『殺戮の規律』だけだった。

 野盗たちが錆びた剣を振り上げる間もなく、鋼の壁のように隊列を組んだ重装騎兵が彼らを無慈悲につぶしていく。長年北の荒野で弱者を食い物にし、悪鬼のように恐れられていた無法者たちは本物の『武』の前に為す術もなく粉砕され、瞬く間にただの血肉の染みへと変わっていった。


「――秩序を乱す者は許さぬ!」


 ガルドの裂帛れっぱく咆哮ほうこうが血と泥に塗れた野営地に木霊する。

 ほんの数分で戦闘は終わり、残されたのは圧倒的な暴力が通り過ぎた後の凄惨な静寂だけだった。

 ガルドは血の滴る斧を無造作に振り払い、死を覚悟して固まっていた弱小部族の長へとゆっくり歩み寄った。


 分厚い雲の切れ間から差し込んだ夕陽がガルドの背後から後光のように射し込んでいた。

 返り血に濡れた革鎧と鉄の胸当てを纏うその姿は、絶望の中で凍え、ただ震えることしかできなかった弱者たちの目には理不尽な荒野に舞い降りた「救済の武神」そのものに見えた。


「もう脅えることはない」


 ガルドの低く重い声が凍てついた空気を温めるように響く。

「覇王クルガンの名の下に、貴様らの平穏は俺たちが保証する」


 その力強く、微塵の揺らぎもない言葉は、明日を生きる希望すら持てなかった者たちにとってまさに暗闇を切り裂く『神の救い』だった。

 野盗の恐怖から完全に解放された実感に凍りついていた人々の感情が決壊する。部族の長はボロボロと安堵の熱い涙を流し、泥に額を擦りつけるようにしてその場でガルドの前に――そして彼が背負う黒い旗の前に、祈りを捧げるように深く膝を屈した。


 ガルドの胸には確かに「民を理不尽な暴力から守った」という誇りがあった。だが彼はまだ気づいていない。自らの純粋な『義』がヴィクトルという男が描いた巨大な支配システムにおいて最も有効な『武力の誇示デモンストレーション』として利用されていることに。


 ◇◆◇


 武力による「保護」の裏でもう一つの巨大なうねりが荒野を飲み込み始めていた。


 雪が舞い始めた別の野営地。

 凍えと飢えに苦しみ、絶望の淵にあった部族の前に数十台もの馬車が連なって現れた。

 幌がめくられるとそこには山のようにもられた穀物、干し肉、そして南方から仕入れた(あるいは略奪した)であろう色鮮やかな布地や塩が積まれていた。


「我らは同じ北に生きる家族だ。……苦しい時は分け合おう」


 馬車を率いる覇国の文官が温かい笑みを浮かべて惜しげもなく物資を配り始める。

 腹を空かせた子供たちがパンに群がり、凍えていた老人たちが真新しい毛布にくるまり、深く、深い安堵の息を吐く。


「クルガン様の旗の下にいればもう飢えることはない」

「あの黒い旗は我らを守る盾であり、腹を満たす恵みだ」


 ガルドの武力による絶対的な「安全」。そしてヴィクトルの手配した豊富な物資による「飢えからの解放」。

 二つの噂は北風に乗って瞬く間に荒野の隅々へと広がっていった。

 これまで孤立し、日々の糧を得るのにも必死だった部族たちが次々と自らクルガンの軍門に下り、進んで黒い旗を掲げるようになる。それはもはや軍事的な征服というより、雪崩を打つような「熱狂的な帰順」だった。


 ◇◆◇


 黒の宮殿。

 ヴィクトルは卓上に広げられた北方の地図を満足げに見下ろしていた。

 彼の指示のもと傘下に入った部族間の交易路は綺麗に整備され始めている。だがそれは単なる道の修復ではない。物流を完全にコントロールし、全ての富と物資が「ヴォルガルド」という心臓を経由して循環する、逃げ場のない巨大な経済圏の構築だった。


 この経済の輪に属する者は飢えから解放される。

 だがそれは同時に一度でもこの輪から外れれば「北の地での確実な死」を意味するようになったということだ。


 地図の上、北方の約三割がすでに彼らの支配を示す「黒」のインクで塗りつぶされている。

 それはまだ全土には程遠い。だがその三割は圧倒的な経済力と暴力を併せ持つ揺るぎない地盤として完成しつつあった。


「……見事なものですね」

 ヴィクトルのレンズの奥で冷たい光が細く輝いた。

「武力という恐怖と食料という快楽。この二つを適量ずつ混ぜ合わせれば、人の群れなどいとも容易く一つの巨大な獣へと飼い慣らせる」


 彼の指先が黒く染まった地図の上を滑る。

 そしてその白く細い指が黒い領域の境界線に接する一つの中立地帯でぴたりと止まった。


「……さあ、外堀は埋まりました。我々の『黒』がついにあそこの喉元まで到達しましたよ」


 彼の指が指し示す場所。

 そこは北方の富と情報がすべて集まる不干渉の独立地帯。

 黄金の商都、カナン。


 ここを落とせば、カナンの持つ莫大な富と広大な流通網がそのままそっくりクルガン様のものとなる。それは残る七割の荒野を一気に飲み込むための最強の原動力エンジンとなるはずだ。


 ヴィクトルの唇の端が冷酷な三日月を描いた。

「……さて。あの誇り高き商人どもは我々の前にどのような悲鳴を聞かせてくれるのでしょうかね」


 北の覇権を決定づける最大の獲物を狩るため。

 見えざる蜘蛛の糸が商都へと向かって静かに、そして確実に伸び始めていた。


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― 新着の感想 ―
 輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です 【追憶の覇道】第3話:『崩れゆく秩序、甘き連帯』」拝読致しました。  弱そうな部落を襲撃する野盗たち。  ガルドの部…
更新お疲れ様です。 野盗への恐怖から圧政の恐怖へ・・・・ 次回も楽しみにしています。
 ガルドさんは、なんとなく理想と現実の乖離に苦しみながらも、クルガンに対しては忠義をしめして最後まで壁になり、死してクルガンに協力した自分の責任を取りそうな勝手なイメージがありますね。あ、そのまえにヴ…
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