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ようこそ最前線の地獄(職場)へ。 軍師リナ、8歳です  作者: 輝夜
第十一章:『一年という名の礎』

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【追憶の覇道】第2話:『岩窟の誓い、覇道の夜明け』

注意:数年前の話です

※クルガンの起こり、カナンの受難

-----

 

 北の荒野を血のように赤く染める夕陽の下、二つの軍勢が乾いた風を孕んで対峙していた。


 一方は急速に勢力を拡大するクルガン率いる軍勢。その陣容は装備も不揃いな烏合の衆だが、絶対者の放つ圧倒的な暴力の気配に当てられ、凶暴な熱気を漂わせている。

 対するは北の地で最も誇り高き戦士集団と謳われる『岩窟の民』。先頭に立つ族長ガルドの使い込まれた革鎧と手入れの行き届いた鉄の胸当ては、彼らが部族を守るために重ねてきた死闘の歴史そのものだ。


「他者に首輪をつけられるなど、死んだ方がマシだ」


 ガルドが吐き捨てた言葉は岩盤のように硬く重かった。彼の深緑の瞳には、一切の妥協を許さぬ戦士の矜持が宿っている。


 その言葉を耳にしたクルガンは獣のように口の端を吊り上げて嗤った。

 彼は背後の軍勢を片手で制し、ゆっくりと歩を前に進める。その巨躯が夕陽を背にして巨大な影を大地に、そしてガルドの足元に落とした。


「ならば、力で示せ」


 クルガンの声は荒野の底から湧き上がる地鳴りのようだった。

「俺とお前、一対一だ。俺が勝てばお前の部族は俺のもの。お前が勝てば……この首をくれてやる」


 ガルドの答えは言葉ではなかった。

 両脚で大地を深く踏みしめ、使い込まれた戦斧の柄を両手で握り込む。革手袋が軋む音が夕風に溶けた。刃の切っ先が真っ直ぐにクルガンの眉間を捉え、深緑の瞳が剣呑に細められる。


 風が止んだ。


 直後、大地が爆ぜた。


 ガキィィンッ!


 黄昏の空に激しい火花が散る。

 ガルドの戦斧とクルガンの大剣が激突し、凄まじい衝撃波が周囲の土煙を円状に吹き飛ばした。


 ガルドの動きに無駄は一切ない。

 頭上から振り下ろされるクルガンの剛剣を斧の腹で滑らせていなし、すかさず空いた懐へと踏み込む。下半身のバネを乗せた岩をも砕く一撃がクルガンの肩を覆う装甲を紙のように引き裂き、浅く肉を削いだ。


 血飛沫が舞う。

 だがクルガンの巨体は微動だに退かなかった。

 傷口から噴き出す自らの血を浴びながら、クルガンの黄色い瞳が三日月の形に歪む。痛みを顔に出すどころか、むせ返るような血の匂いに酔い痴れるような、純粋な歓喜の笑み。


「ハァッ!」


 獣の呼気と共に、大剣が嵐のように振り回される。

 防御を完全に捨てた、ただ眼前の障害物を叩き潰すためだけの暴力。

 打ち合うたびにガルドの手首から肩にかけて電流のような痺れが走る。受け流すことすら許さない理不尽な質量が、ガルドの熟練の技を上から力ずくでねじ伏せていく。


 ギリとガルドの奥歯が鳴った。踏ん張る革靴が乾いた土を深く抉る。彼が渾身の力で放つ一撃一撃が、クルガンという底なしの泥沼に呑み込まれ、霧散していく感覚。


(……化け物め)


 肺が焼き切れるように熱い。

 乱れた呼気が白い霧となった、ほんの一瞬の隙。

 クルガンの大剣が下段から跳ね上がるように戦斧の柄の根元を捉えた。


 ゴォンッ!


 手の中で爆発が起きたかのような衝撃。

 ガルドの太い腕が弾かれ、愛用の斧がクルクルと空高く舞い上がった。体勢を崩した巨体に容赦のない蹴りが叩き込まれる。

 ドスッという鈍く重い音。ガルドの背中が荒野に叩きつけられ、肺から残りの空気が全て吐き出された。


 舞い上がった土埃が夕陽を浴びて赤くきらめきながらゆっくりと降り注ぐ。

 その粉塵の向こう側で、仰向けに倒れたガルドの喉仏に大剣の冷たい切っ先がぴたりと添えられていた。

 剣を握るクルガンの影がガルドを完全に覆い隠している。


 勝負は決した。


 ガルドは暴れる呼吸を必死に抑え込み、静かに目を閉じた。

 敗北の屈辱に顔を歪めることはない。誇り高き岩窟の民の長として、無様に命を乞うくらいなら、この赤い土に血を染み込ませることこそが本望だ。

 ガルドは自ら僅かに顎を上げ、急所を差し出した。


「……やれ」


 短く、だが岩のように硬い声が落ちる。

 首筋に冷たい刃の重みが加わった。


 だが――。

 薄皮一枚を裂いたところでその刃はピタリと止まり、それ以上深くは沈まなかった。


「死んで逃げるだと? 甘ったれるな」


 目を開けるとクルガンが見下ろしていた。その黄色い瞳に宿っていたのは、強烈なまでの傲慢な所有欲だった。

「貴様のその腕も部族も、今この瞬間から俺のものだ。俺の所有物が俺の許可なく勝手に壊れることは許さん」


 クルガンは剣を乱暴に鞘に収めると、血に塗れた大きな手を差し出した。

「這いつくばってでも生きろ。そして俺の牙となれ」


 ガルドはその手を払いのけようとした。敗者に生き恥を晒せという、あまりに屈辱的な宣告。

 だが彼が反発の声を上げようとしたその時、クルガンの背後の影から一人の男が歩み出てきた。


「……お待ちください、覇王。言葉が少し野蛮に過ぎますよ」


 ヴィクトルだった。彼は土埃の舞う荒野に似合わぬ優雅な足取りで近づくと、地面に倒れるガルドへ眼鏡の奥から冷ややかで知的な視線を向けた。

「ガルド殿。彼は不器用な男でね。……貴方の武勇を惜しんでおられるのです。ただの力自慢の駒としてではなく、この北の地を統一するための『要石』として」


 ◇◆◇


 その夜。

 両軍が休戦を約した野営地の中央でパチパチと爆ぜる焚火を挟み、ガルドとクルガンが向かい合って座っていた。少し離れた場所にはヴィクトルが静かに佇んでいる。


「……統一、だと?」

 昼間のヴィクトルの言葉を反芻し、ガルドが低く唸るように問うた。


「そうだ。俺はこの北の荒野を吹き荒れる『無秩序な奪い合いを終わらせる』のだ」

 炎越しに見るクルガンの顔は、昼間の凶暴な響きとは違う純粋な熱を帯びていた。

「わずかな草と肉を奪い合い、同胞を殺し、そして飢え、死んでいく。そんな歴史はもうたくさんだ。……強い者が弱い者を守り、『誰もが飢えずに暮らせる北を作る』。そのためには全てをねじ伏せる圧倒的な『力』による統一が必要なのだ」


 その言葉はガルドの胸の奥底に、長く燻っていた火種を熾した。

(無秩序な奪い合いを終わらせ、誰もが飢えずに暮らす……。それは俺がずっと願ってきたことではないか……)


 その心の揺らぎをヴィクトルが見逃すはずもなかった。

 彼は音もなく一歩前に進み出ると、眼鏡の奥の瞳を冷ややかに光らせ、静かに囁いた。


「ですが、力だけでは新たな国は保てない。無軌道な力はやがて腐敗を生む。……だからこそ、貴殿のような高潔な魂を持つ者が必要なのです。この新しい秩序の『番人』として。無法な略奪者から民を守る強き剣となっていただきたい」


 クルガンは鼻を鳴らし、血に塗れた大剣を大地に深く突き立てた。


「そういうことだ。俺がこの剣で北の荒野を吹き荒れる理不尽な奪い合いをすべて薙ぎ払う。貴様は俺の背後で生き残った民を護る『岩壁』となれ」

 クルガンの黄色い瞳が抗いがたい野性のカリスマを放ってガルドを射抜く。

「俺の圧倒的な『力』と、貴様のその決して砕けぬ『義』。この二つが揃えば、北の地を二度と誰も飢えぬ巨大な群れに創り変えることができる。……お前が庇ってきた弱者どもごと、俺の覇道で抱え込んでやる。……悪い話ではあるまい?」


 クルガンの絶対的な暴力と包容力、そしてヴィクトルが被せた「争いのない世界」という大義名分の砂糖衣。

 二つの異なる熱がガルドの戦士としての誇りと、民の平穏を願う心を激しく揺さぶる。

 自分がここで死ねば部族の民はどうなるか。だがこの男たちに従えば、あるいは本当に略奪のない北の大地が生まれるのではないか。


 長い沈黙の後、ガルドはゆっくりと立ち上がり、クルガンの前に深く膝を屈した。

 それは敗者の屈服ではない。新たな理想に身を投じる騎士の誓いであり、彼が「一番最初の覇王の剣」となることを選んだ瞬間だった。


「……我が命、その『理想』のために捧げよう」


 炎に照らされた彼の横顔には一点の曇りもなかった。

 彼は知らなかったのだ。自らが信じたその「理想」が、やがて人々を徹底的に管理し、システム的に搾取するだけの歪な檻へと変貌していくことを。


 ガルドが頭を垂れた瞬間、ヴィクトルの唇の端が誰にも見えない角度で、冷酷な三日月の形に吊り上がった。


 こうしてクルガンは最も強力で最も忠実な「最初の剣」を手に入れたのだった。


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― 新着の感想 ―
 輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です 【追憶の覇道】第2話:『岩窟の誓い、覇道の夜明け』」拝読致しました。  烏合の衆を束ねる、絶対的な強者、クルガン。 …
更新お疲れ様です。 前回に引き続き、関西で言うところの『イキってる』時代のクルガン(^^;; ヴィクトルの理想の甘言に惑わされるガルド・・・・ 詐欺師の才能あるよおっさんw まあ『国』を掠め獲るとい…
 防禦を完全に捨てた、「防禦」と「防御」は意味合い的には一緒ですが、「防禦」の方は一般的な漢字ではありませんね。あえてその漢字に何かしらの意味合い(例えば古い漢字を使って、技術ですらない単純な心持ちな…
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