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ようこそ最前線の地獄(職場)へ。 軍師リナ、8歳です  作者: 輝夜
第十一章:『一年という名の礎』

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第271話:『月影に揺れる心』

 

 賑やかな食卓の熱気が去った後、私は一人、ロッジのテラスで夜空を見上げていた。黒いビロードのような湖面に月が映り、風が渡るたびにその姿を静かに揺らしている。

 この月は、遠い帝都の孤児院の屋根も照らしているのだろうか。トムやアンナ、小さな弾丸たちの顔が脳裏に浮かぶ。あの子たちの笑顔を守るためだ。そう自分に言い聞かせ、戦い続けてきた。その理由を、今一度胸に刻みつける。


 ふわり、と肩に温かいショールが掛けられた。

 振り返ると、セラが湯気の立つハーブティーのカップを差し出しながら、私の隣に静かに腰を下ろした。少し離れた影の中に、ヴォルフラムとゲッコーが石像のように佇んでいるのが気配でわかる。


 セラは何も言わない。ただ、私の心中をすべて察しているかのように、静かに隣に座っているだけ。言葉を必要としない穏やかな時間が、冷えた心をじんわりと温めていく。カップから立ち上るハーブの香りが、張り詰めていた神経を優しく解きほぐした。


「明日も、ここでゆっくりしていただきますよ」

 セラが、夜の静寂に溶けるような優しい声で告げた。

「でも……」

 私が反射的に反論しようとすると、彼女はそれを遮った。

「リナは、働きすぎです」

 その声は、いつもより少しだけ強く、有無を言わせぬ響きを帯びていた。


 セラの脳裏に、これまでの旅路が焼き付いたフィルムのように蘇っていた。血に塗れた戦場で意識を失った、あの儚い姿。感謝の言葉に打ちのめされ、罪悪感に震えていた小さな背中。完璧な軍師の仮面の下で、一人、孤独に耐えていた夜。その一つ一つが、彼女の心を鋭く抉る。


 込み上げる感情を抑えきれず、セラの瞳が涙で潤んだ。

「今、全ては順調に進んでいるのですから、数日は……お願いですから……」

 その声は懇願に近く、微かに震えていた。

 次の瞬間、私は温かい腕の中にそっと包み込まれていた。壊れやすい宝物に触れるかのように、セラが私の小さな体を抱きしめている。驚きで一瞬こわばった体が、伝わってくる彼女の震えに、張り詰めていた最後の糸がぷつりと切れた。

 私はセラの胸に顔をうずめ、ただその温かさに身を委ねた。


 心からの安堵と、蓄積された疲労が、心地よい眠気となって意識を包み込む。

 セラの腕の中で、私は静かにまどろみの中へと落ちていった。

 眠ってしまった私を抱きしめながら、セラは夜空に浮かぶ月に祈りを捧げる。

(どうか、この子をお守りください)

 彼女の目配せに応じ、ヴォルフラムが音もなく現れた。眠る私を、羽毛を扱うようにそっと抱き上げ、寝室へと運んでいく。その足取りは、どこまでも優しかった。


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― 新着の感想 ―
 輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です 第271話:『月影に揺れる心』」拝読致しました。  きゅーけーの夕食後。  リナの思いは、孤児院の皆へ。  セラ登場…
黄色と黒が目印な勇気の印さえあれば24時間戦えます。
更新お疲れ様です。 ワーカーホリックぎみな主君を労わり、きつく休養を取る様に言い含めるセラの心情を慮ると・・・・(><) 某女性総理みたいに「働いて×3」『走って×3」な生き方(TT) 次回も楽し…
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