特別編:『聖夜の贈り物』
クリスマス特別枠です。
本編とは時系列的に切り離してお願い致します。
(本編は、まだ暖かい時期のお話になります)
かぐや。
北壁の砦に、白い吐息が舞う季節が訪れていた。
窓の外ではちらちらと雪が舞い始め、やがて世界を静かな銀色に染め上げていく。暖炉の炎がぱちぱちと爆ぜる音だけが響く自室で、私は一枚の絵を描いていた。
「……リナ様。それは?」
傍らで刺繍をしていたセラさんが不思議そうに私の手元を覗き込む。
「クリスマスツリーです」
「くりすます……つりー?」
私は前世の記憶をたどりながら、その言葉の意味を語り始めた。
雪の降る寒い夜に大切な人たちと温かい食事を囲み、互いの幸せを願って贈り物を交換する特別な日。そして、もみの木に綺麗な飾り付けをして、その中心に大きな星を飾るのだと。
「……おお、素敵ですね」
私の話にセラさんと、部屋の隅で剣の手入れをしていたヴォルフラムさんが目を輝かせて聞き入っている。
その日の午後。
私のささやかな願いは、あっという間に一大イベントへと発展していた。
シュタイナー中将が「よし! それならば一番良い木を切り出してこい!」と号令をかけ、屈強な兵士たちが斧を担いで森へと向かう。グレイグ中将はどこからか大量の金銀のリボンやガラス玉を調達し、「飾り付けは俺に任せろ!」と子供のようにはしゃいでいる。
聞きつけたクララさんは侍女たちを総動員し、厨房で腕によりをかけて七面鳥や特製のケーキの準備を始めていた。
食堂に運び込まれた巨大なもみの木に、私とセラさん、ヴォルフラムさんで飾り付けをしていく。高いところに手が届かず四苦八苦していると、シュタイナー中将が「どれ、貸してみろ」と私を軽々と肩車してくれた。
「わっ! 高い!」
一番てっぺんにきらきらと輝く星の飾りをつけた瞬間、食堂は拍手と歓声に包まれた。
◇◆◇
その夜、食堂はランプの温かい光とご馳走の匂いで満ちていた。
兵士も侍女も関係なく、誰もが笑顔でグラスを合わせ、クララさん特製の豪華なディナーに舌鼓を打つ。私もグレイグ中将とシュタイナー中将に挟まれ、子供扱いされながらも心からその温かい時間を楽しんでいた。
その喧騒の片隅でゲッコーさんは一人、静かに壁の影に佇んでいた。
だが、その心は珍しく浮き足立っていた。
(……サンタクロース。……赤い服を着て、夜中に贈り物を届ける、謎の人物……)
昼間の私の話を彼は聞き逃さなかった。そして既に情報網を駆使し、若い娘に流行りだという雪の結晶が刺繍された柔らかな毛糸のマフラーを手に入れていた。
(……これを、リナ様の枕元に……)
傷だらけの顔に誰にも見られぬよう、ほんの一瞬だけ笑みが浮かんだ。
◇◆◇
宴が終わり私が眠りについた、静かな夜更け。
一つの影が音もなく私の寝室に滑り込んだ。ゲッコーサンタだ。
彼は息を殺し、忍び足でベッドへと近づく。そして眠る私の枕元に、そっとプレゼントのマフラーを置いた。
任務完了。完璧だ。
彼が満足げに頷き身を翻した、まさにその瞬間。
「――不審者!」
部屋の隅の闇から鋼のような気配と共に、ヴォルフラムさんが飛び出してきた。
ガキィンッ!
ゲッコーさんは咄嗟に短剣で受け止めるが、寝込みを襲われまいと常に警戒を怠らない彼女の一撃は重い。甲高い金属音が静まり返った部屋に響き渡った。
その音に、隣室からセラさんが駆けつけてくる。
ランプの灯りに照らし出されたのは剣を交えるゲッコーさんとヴォルフラムさん。
「――お二人とも、おやめなさい......」
セラの氷のように冷たい声が部屋の空気を凍てつかせる。
二人は弾かれたようにお互いから距離を取った。
セラさんは状況を一瞬で把握すると、深いため息をついた。
セラさんが再び顔を上げてゲッコーさんの方を向いた時には彼の姿はもう、どこにもなかった。
翌朝。
目を覚ました私が最初に見たのは、部屋の隅で石像のように正座しているヴォルフラムさんの姿だった。
「……ヴォルフラムさん? どうしたんですか?」
不思議に思いながらも、私は枕元に見慣れない包みがあることに気づく。
「わあ! マフラーだ!」
柔らかな毛糸の感触、可愛らしい雪の結晶の刺繍。
私はそれを首に巻き、「ありがとう!」満面の笑みで部屋のどこかにいるであろうサンタさんに向かって笑いかけてみせた。
壁の影でゲッコーさんが嬉しそうにしていたことは、誰にも気づかれる事はなかった。
窓の外では、雪が静かに降っていた。
私は新しいマフラーの温かさに頬を寄せながら、ふと、昨年までの事を思った。
孤児院の年の瀬。それは、いつもより少しだけスープに野菜が多いだけの静かな日だった。プレゼントなんて夢のまた夢。サンタクロースがいるなんて、口に出すことさえはばかられるような、ささやかな日常。
それでも、みんなで寄り添って眠る夜は、いつもより少しだけ温かかった気がする。
(……来年は)
私は、窓ガラスに映る自分の顔を見つめた。
(来年は、私がサンタクロースになろう)
トムには丈夫な革のボールを。
アンナには綺麗なリボンを。
そして、みんなにお腹がいっぱいになるくらいの、甘くて温かいケーキを。
その光景を思い浮かべると、胸の奥がじんわりと温かくなる。
雪は、まだ少し降りそうだった。
私は、窓の外を見つめながら、来年の聖夜に届けるたくさんの笑顔を、一人静かに思い描いていた。
書籍化の作業、順調に進んでおります。
Web版を読み直し、「ここをもっと素敵にしたいな」と筆を走らせていたら、削ったはずなのに、気づけばページが5割増になっていたという魔法。サンタさんのイタズラかっ?!(笑)
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なぜグレイグさんがここに居る?とかは目を瞑って頂きたく。
お父さん(?)は居ないと、いけないでしょ?
ifストーリー、と言うことで、色々、御容赦をっ!




