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ようこそ最前線の地獄(職場)へ。 軍師リナ、8歳です  作者: 輝夜
第十一章:『一年という名の礎』

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第264話:『古狼の深慮』

 

 夕陽に染まる荒野を背に、バラクたちは自らの野営地へと馬を駆っていた。肌を撫でる風は冷たく、男たちの顔には会談の緊張の残滓が色濃く刻まれている。

 やがて遠くに揺れる焚火の灯りが見えてくると、見張りの若者が張り上げた歓迎の声が風に乗って届いた。野営地は、族長の帰還を待ちわびる者たちの熱気に満ちていた。


 ゲルの前に集まった部族の長老たちを前に、バラクは馬から降り立つと旅の埃を払うこともせず、腹の底から豪快に笑ってみせた。

「――『天翼の軍師』と会ってきたぞ! いやはや、風の噂に違わぬ美しい御仁であったわ!」

 その声には、まるで美しい花でも見てきたかのような軽やかさがあった。

「まあ、それ以上に底の知れぬ恐ろしさも感じたがな。わっはっは!」


 その芝居がかった物言いに、長老の一人が気色ばんで詰め寄る。

「族長! まさか、帝国と手を結ぶなどと!」

「馬鹿を言え」

 バラクはその懸念を一笑に付した。

「我らは誇り高き騎馬の民ぞ。帝国の犬に成り下がるなど、ありえん。ただ、敵を知り、己を知るための探りを入れてきただけよ」

 その言葉は集まった者たちを巧みに安心させる。だが、その瞳の奥の光までは偽れない。アランだけがその奥に隠された真意――部族の存亡を賭けた、孤独な決断の重みを感じ取っていた。


 その夜、バラクは部族の者たちを集め、新たな指示を下した。

「これより、傷口は必ず一度煮立たせた湯で清めよ。そして、病に倒れた者もその湯で体を拭いてやるのだ。常に身の回りを清潔に保てば、大地の呪いは退散するであろう!」

 彼はまるで古くからの伝承を語るかのように、威厳を込めて言い放った。シャーマンたちが訝しげな顔をするが、族長の言葉に逆らえる者はない。(……信じたわけではない。だが、この策に民を従わせるには、俺自身が誰よりも強く信じねばならんのだ)

「まあ、何事も試してみることに損はあるまい」

 最後にそう付け加え、彼は民の間に生まれた僅かな希望の種を見届けた。


 ◇◆◇


 数日が過ぎ、リナが教えた衛生管理は目に見えて効果を現し始めた。新たに病に倒れる者は無く、症状の軽い者の回復も明らかに早い。野営地に漂っていた死の匂いは次第に薄れていった。

 バラクはその方法をクルガンの圧政に苦しむ他の二つの部族にも密かに伝えた。見返りは求めない。ただ、恩という名の見えざる楔を彼らの心に打ち込むために。


 そんな中、帝王クルガンからの使者が傲岸な態度で野営地に現れた。

「バラクよ、帝王はお怒りだ。次の進軍はまだかと!」

 その高圧的な物言いに、バラクは悠然と酒を呷って見せた。

「まあ、そう急くな。先の戦で受けた傷はまだ癒えぬ。それに、亡くなった勇士たちの魂を弔う儀式もまだ済んでおらん。帝王におかれては、共に祈りを捧げてはいただけぬか? さすれば、兵たちの戦意も高まろうものを」

 答えに窮する使者に、彼はさらに駄々をこねるように答えのない問いをだらだらと続けた。金銭の補填、遺族への弔慰品……。老獪な狐の術中に嵌った使者は、ただ苛立ちを募らせるばかりで、何一つ確たる返事を得られぬまま帰っていった。

(……これでまた数日は稼げたか)

 バラクは遠ざかる使者の背中を冷たい目で見送りながら、静かに次の手を思考していた。


 そして、一週間以上が過ぎた頃。

 ゲッコーを通じて再び『天翼の軍師』からの呼び出しがかかった。

 バラクはその報せを静かに受け止めた。

 荒野の天秤が再び大きく揺れようとしている。そのことを彼は肌で感じていた。


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― 新着の感想 ―
 輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です 第264話:『古狼の深慮』」拝読致しました。  会談終了。村へ帰還。  なんだアイツ、面白れーヤツだな!  ま、まさ…
更新お疲れ様です。 なかなか好印象のリナ(天翼の軍師)評^^ 簡易手当てながらも呪いは改善。 グルガンの使者も大概な様子だが、百戦錬磨の族長の手に掛かれば・・・・(^^;; 次回も楽しみにしていま…
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