世界を灼き尽くす剣
『レストさん、起きてください!』
イロハに揺り起こされ目を開けると、そこは謎の空間ではなく散らかった室内のソファーの上だった。
「やぁレスト君、お目覚めはいかがかな?」
その声を聞き、一気に目が覚める。
「ジルベール……!! リシアとクロエは──」
反射的に腕を変化させ、先程まで死闘を演じていた相手の姿を探すべく身を起こす。が、
「レスト……!」
感極まった声と共に抱き着いてきたリシアによりソファに押し倒された。
「リシア!?」
「ん、大丈夫。ちゃんと、ここにいる」
「アタシも無事よ。だから落ち着きなさい」
自身を抱擁するリシアと腰に手を当てて嘆息するクロエの姿を見て、俺は──
「ちょっと!?」
変化を解いた腕でクロエを引き寄せると、二人をまとめて抱き締めた。
「お熱いわねぇ」
『まぁあんなことがあった後ですしね』
二人が無事だったことは本当に良かった。が、結局さっきまでのあれは何だったのか。
説明を求めるべく、二人を抱えたまま諸悪の根源に目を向ける。
するとそこには、白衣は破れ腕には骨にまで達していそうな咬傷、顔を含む全身の至るところに切創という、端的に言ってズタボロという有り様のジルベールの姿が。
「……大丈夫か?」
「今日ほど実体があることを恨んだことはないよ……」
説明の前に一発くらい殴ってやろうかと思っていたのだが、流石にこれに追い討ちをくれてやろうという気にはならなかった。
謎の空間での最後の発言はこれを指してのことだったのだろう。
とりあえず、やり遂げた顔でこちらを見るリシアとクロエの頭を撫でておく。偉いぞー。
それはさておき、“現実の体”という言い回しに加えてこうして無事な二人を見るに……。
「さっきまでいたのは仮想現実、か」
「まぁそういうことだね」
イロハとコトノハの落ち着き様を見るに、この二人には事前に説明していたのだろう。
「何であんな真似をした?」
「それはね……『最愛の嫁』を失った際の反応を実際に見ておきたかったんだよ」
「おい」
それ擦るのマジでやめろ。
「冗談で言ってる訳じゃないよ。激昂でも喪心でもいい。とにかく、正気ではいられなくなるか否かが鍵でね」
「その言い方だと、正気でなくなることを望んでたように聞こえる」
確かに。こういった場合、冷静でいられる事を望まれるのが普通だと思うが。
「その通り。──獣が犠牲となることを受け入れられない人にこそ、この力は相応しい──と、オリジナルの僕は考えていたらしくてね」
そう言ってジルベールが腕を振ると、虚空から一本の剣が現れた。
「ナノインフェルノデバイス、レーヴァテイン──世界で唯一、ナノマシンに内部的に干渉し破壊することの出来る“戦略兵器”だ」
おっと想像以上にとんでもないブツが出てきたな?
『ナノマシンの破壊ですって!?』
「え、そんな驚くことなの?」
『そんな驚くことなんです! いいですかクロエさん、少なくとも私の知る限りではナノマシンを破壊出来た例は一度たりとも無いんですよ!』
「へー」
イロハが力説するも、イマイチよくわかってなさそうなクロエ。
「まず前提として、ナノマシンには常時シールドが展開されていて、物理的な手段での破壊は絶対に不可能なんだ」
「絶対、ですか」
「宇宙や深海どころか、反応弾の爆心地や星の核周辺でも問題なく動作してるのが確認されてるね」
「……」
なるほど、まともな手段で破壊するのは無理そうだ。こうなると後はもう太陽かブラックホールに叩き込むくらいしか思い付かない。
「一応、魔術やナノエフェクトの使用により外的な変化を与えることや、消耗させることは出来る。が、それも一時的なもので時間が経てば元通りだ。ここまではいいかい?」
「ん、大丈夫」
「えぇ、続けて貰って平気よ」
「えっと……多分?」
一人怪しかったが……まぁ後で噛み砕いて教えてやればいいか。この手の話に滅法強いイロハもいることだし。
「そんなある意味、不滅とも言えるナノマシンだが……実はとある脆弱性を抱えていてね。ナノマシンは上位権限からの命令には、それが例えどんな内容であっても決して逆らえないんだ」
『まさかハッキングですか……? それもシールドで遮断されるせいで無理って結論が出てたはずですが』
「そうだね。だから、通常のナノマシンに擬似的に上位権限を付与出来る特殊なナノエフェクトを作った」
『!? 権限自体は偽物でも、そこから発される命令は正規のものとして扱われる……』
「故にシールドは素通りだし、命令の内容次第では過負荷により内部的に破壊することも出来るって訳だね」
いよいよとんでもない代物であることがわかった。
え、これほんとに俺が受け取って大丈夫なやつ??
「んー、簡単に言えば魔術の無効化が出来るって事? それならアタシやクリスが押し付けられた聖剣にも出来るけど」
「あ、その聖剣とやらは多分、資格無しと判断された人に渡してた習作の品だね。ほら、ここに来る途中にあったやつ」
「は?」
今さらっと凄いこと言ったぞこいつ!
「それはともかく、クロエちゃんと聖剣? に出来るのは魔術の霧散、あくまで元のナノマシンに還元するまでだから再度魔術を使われる恐れがある。けどこの剣で破壊した場合、その範囲内では一切魔術やナノエフェクトは使えなくなる」
ナノマシンが周辺から供給されるまでの間に限るけどね、とジルベールは付け加える。
「何それ強すぎない!?」
「ところがそうでもないんだ。迂闊にナノマシンを破壊すればこちらも魔術やナノエフェクトを使えなくなるし、通常時は従属ナノマシンに命令することは出来ないから、それによる攻撃は防げないしね」
何か知らない単語が出てきた。
「従属ナノマシン、ってなに」
「んーと、そちらの言い方だと……純魔力って言えばわかるかな?」
「ん、わかる」
どうしようわかんない。
「えっとね、純魔力っていうのは自身に内包される魔力のことよ。魔術は基本的に、純魔力を起点に周囲の魔力を変化させて行うものなの」
「なるほどなぁ」
俺の表情から察したコトノハが助け船を出してくれた。感謝しかない。
「炎を吐いたり石を飛ばしたりが、それ」
「そういったものなら全部防げるね。けどレスト君みたいに純魔力だけで肉体を変化させるものには干渉出来ない」
リシアの牙やクロエの爪、コトノハの尻尾もそれだろう。他には成体化もかな。
「ってことはあんまり万能って訳でもないわね」
いや……ジルベールは“通常時は”と言っていた。つまり、
「制約があるだけで、純魔力──従属ナノマシンに命令することだって可能なんじゃないのか?」
「うん、それこそがこの剣の真骨頂。権限を最上位にすれば、従属ナノマシンにすら命令することが出来る……」
「それならずっと最上位にしとけばいいじゃない」
「それはお勧めしない。というか、極力使用は控えて欲しい」
「消費が激しい、とか?」
そうリシアに問われたジルベールは首を横に振ると、
「従属ナノマシンを破壊出来るということはね……人以外の大半の生物を、問答無用で殺せてしまうということでもあるんだ」
真剣な声音で、しかし淡々と、恐るべき事実を告げた。