覚醒
結論から言うと計画は成功した。
獣たちの脱走も、施設の中枢部と試作型スレイブレギオンの破壊も、意外なほどあっけなく達せられた。
理由は単純。この施設の存在そのものが、ジルベールを陥れるための罠だったからだ。
中枢を破壊する直前、スレイブレギオンのようなものが他にも無いか確かめるため、プロテクトが強固で事前に調べきれなかった箇所を精査してわかったのだが、プロジェクトやスレイブレギオンに関するデータが全て、獣たちが解放された時点で別の場所に転送されるように設定されていたのだ。
施設が襲撃を受けた時でも、制圧されかけた時でもなく、だ。
これはつまり、獣たちの脱走が当初より想定されていたということに他ならない。
その段になってジルベールは情報をリークしてきた者の意図を遅まきながら理解した。
確かめたかったのだ。彼がプロジェクトの件を知った時、どういう行動に出るのかを。
もしもプロジェクトに対して肯定的であれば、再度招集をかけるつもりだったのかも知れない。
しかしジルベールはプロジェクトに対して否定的だったばかりか、それを止めるために強硬手段に訴えた。
これは彼としても苦渋の決断ではあったが、いくらナノエフェクト研究の権威とはいえ、一介の研究者が正規の手続きで軍主導の極秘プロジェクトを止められる訳が無く、仕方がなかったと言えばその通りなのだが……これにより相手に付け入る隙を与えてしまったことが問題だった。
ジルベールはこの件を口実に、既に危険分子として指名手配されていることだろう。
それはつまり、ナノエフェクト研究の権威という社会的な立場による庇護を失ったことを意味する。
捕まれば研究を強制されるか、口封じに殺されるか。そのどちらかだろう。
獣の救出にこそ成功したものの自身の身が危機に陥り、プロジェクトやスレイブレギオンによる脅威を取り除くことにも失敗した。
こうなってはとれる手段も限られてくる。
他国への亡命か、はたまた地下組織への潜伏か。いずれも自身の研究を悪用されるリスクが高く決めあぐねていた。
そんなとき、解放した獣たちの中でも特にナノマシンの扱いに長けた者が、肉体の複製を用いた死の偽装を提案してきた。
これにより自身を死んだものと思わせ追手から逃れることに成功したジルベールは、高山にある無人のナノマシン観測所を秘密裏に拠点化し、解放した獣たちと共に転送されたデータの所在を探るべく行動を開始する──といったところで“第一部”が終わった。
……いやなげぇわ! 普通に映画一本分くらいあったんだが?? しかもまだ続きがあるし!!
結局第一部では神のかの字も出なかった訳だが、ちゃんと第二部で明かされるんだろうな……。
まぁ魔術を扱える獣や腕輪のルーツが知れただけでも収穫ではあったから時間の無駄では無かったが。
「レスト、起きて」
リシアの声で目を覚ます。
つらつらと考え事をしている内に、いつの間にか眠っていたらしい。
体を起こそうとして、自身が固い地面で寝ていたことに気付き、慌てて周囲を見やる。と、どちらを向いても物陰一つない、地平線が見えるほど広大な空間にいることがわかった。
いやどこだよここ……。
「アタシたち、確か再現映像ってのを見せられた部屋でそのまま寝たわよね? それが起きたらこんな訳のわからない場所だし、イロハとコトノハもいないし、どうなってるのよ!」
そんなクロエの怒声に反応したかのように、突如空間が歪んだ。
「すまないね……どうしても確かめないといけないことがあるんだ」
歪みから現れたジルベールはそう言ってから手を掲げる。
次の瞬間、光の柱が俺たちの頭上から降り注いできた。
一瞬にして視界が白に染まる。あまりにも突然のことで驚く暇さえなかった。
そして光の柱が降り止むとリシアとクロエが消えていた。
「──え? リシア……? クロエ……?」
「申し訳ないが、彼女らにはご退場願ったよ」
言ってる意味がわからない。
そうだ……化身だ。たった今まですぐそばにいたのだ。化身はある程度なら離れていても問題なく使える。
姿が見えずともこちらに引き寄せてしまえば!
「無駄だよ、レスト君」
ジルベールの諭すような物言いに苛立ちを覚えるが、それに構わず化身を試みる。が、しかし……。
──化身出来ない。
それならと秘匿通信で呼びかけても返事が、ない。
何より、秘儀による繋がりのようなものが断たれたという感覚がある……。
「そろそろ理解出来たかな? さて、君の目の前には彼女らを消した張本人がいる訳だが──」
「死ね」
半化身により変化した足で地を蹴る。
次いで腕を変化させ、全力で薙ぎ払う。が、障壁のようなものに阻まれる。
「悪くはないね。もう一押し欲しいところだけど」
「黙れ」
一度距離を取り、腕を白狼から黒猫のものに変えた後、再度攻撃を加える。が、それでも通らない。
いつか優男に攻撃したときと同様の手応え。
「対策さえしてれば黒猫の爪とて脅威ではないよ。ましてそれがイミテーションであればなおさらだ」
ならば力押しで打ち砕く……!!
今度は腕をファングナックルに変化させ障壁を強引に引き裂くべく力を込める。
「中々のものだね。けど、まだ足りない」
しかし次の瞬間、何かしらの魔術かナノエフェクトにより吹き飛ばされる。
「ふむ、見込み違いだったかな? であれば残念だけど、これで終わりにしようか」
先程そうしたようにジルベールが手を掲げる。
このままだと数秒後には、光の柱により消し飛ぶことになるだろう。
……正直言って、リシアとクロエがいない世界で生きていても仕方ないというのはある。
例えこの場を切り抜けたとしても、俺にはもはや為すべきことなど何もない。
あるとしても精々、コトノハを隠れ里まで送ってやる(無事であったなら、だが)くらいだろう。
使命も復讐も彼女らの願いであり、俺がそれに尽力していたのも二人が生きていればこその話だ。
一人で為し遂げたところで喜んでくれる存在がいなければ自己満足すら得ることさえ出来ない。
なので全てを諦めて、終わりとやらを受け入れても良かったのだが──ただ一つ、たった今生じた願望が、俺の身体を突き動かす。
「リシアとクロエを殺したおまえだけは──」
「おっと、これは……」
「──刺し違えてでも!!」
全身が変化していく。真化身のように完全に獣になるのではなく、半化身のように部分的にでもなく……完全にその中間、獣人と呼ぶに相応しい姿に変わっていくのがわかる。
「やってみせるといい」
その一声と共に降り注ぐ光の柱。
それを引き延ばされた知覚により紙一重でかわしていく。
前方に手を伸ばし、通常の倍以上の大きさのファングバイトを形成しジルベールを障壁もろともくわえこむ。
「潰れろ!!!」
「少しばかり驚いたけど、多少大きくなった程度では……」
その状態でもまだ余裕ぶった態度を崩そうとしなかったジルベールだが、
「!!?」
パキッというガラス片でも踏んだかのような音と共に、障壁に亀裂が走ったのを見て流石に動揺が隠せなかったらしい。
このファングナックルは単にサイズを大きくしただけのものではない。牙には黒猫の魔術を阻害する力を込め、全体をリシアが扱う固有魔術で覆うことにより自身の腕ごと対象を潰し喰らう、諸刃にして致死の一撃だ。
「いやぁまさかこれほどの力を振るえるとは……十分過ぎるほどだ」
「言い残すことはそれだけか」
「えっとね、そろそろネタバラシするけど二人は無事だよ」
「!! どういう──」
「それは後でゆっくり説明するよ。恐らく今頃、僕の現実の体が危機に陥ってると思うから……」
その発言の直後、周囲の空間がジルベールが最初に現れた時のように歪んだかと思うと、五感から得られる全ての感覚が消失した──。




