旧文明の歴史
「この世界は神によって創られた──と言ったら、君たちは信じるかい?」
仮眠を取るためだけに誂えたとおぼしき、簡素だが雑然とした居住スペース。
そこに通されるや否や、その空間の主である男は開口一番、そんなことを言い放った。
自己紹介すらしてない間柄なのに開幕、宗教勧誘とはたまげたなぁ……。
「お邪魔しました」
「待って待って! どうしてそうなるのさ!?」
ここに来たのは誤りだったと即座に判断した俺が腰を上げようとすると、男が慌てて引き留めてくる。
「素性はおろか、名前すら知らない初対面の相手に狂信的な信徒のような発言をされたら、普通はこうなると思いますが」
「なるほど、確かに……いやすまない、どうにも気が逸ってしまったよ。こちらは君たちの事を一方的に知っているのもあるのだけど、それ以上に誰かと話すのが数百年ぶりであることの弊害だねこれは」
こちらがドン引きした理由をストレートに伝えたところ、さらっと凄いことを口走りながらすぐに態度を改めると、
「では仕切り直しといこうか。僕はナノエフェクト研究に置ける第一人者にして、稀代の天才と謳われたジルベール・ブルーノその人──の、人格と記憶をトレースした残留思念のような存在だよ。生前の彼の愛称に倣って、気安くジルと呼んでくれたまえ」
……いや自己紹介の情報量じゃなくない?
どうやら数百年云々は軽いジャブに過ぎなかったらしい。
「つまりアンタは幽霊ってこと?」
必死で情報を整理していると、俺とは対照的に物事をあまり深く考えないクロエが、恐らく唯一興味を引かれた点について質問する。
「陳腐な言い方をすればそうなるかな」
「驚いた……魔力視でじっくり見ないと分からないわねぇ」
「密度が薄いだけで実体がない訳じゃないからね。ある程度なら物理的干渉も可能だし……って僕の事は置いといて、それより最初の話に戻そうか」
最初の話……神がどうのとか言ってたが、さて。
まともな話が聞けるのか俺が若干怪しんでいると、
「神なんて、いると思ったらいるし、いないと思ったならいないと思う」
リシアがバッサリと切り捨ててしまった。
いや全くの同感なのだが相手が宗教狂いである可能性はまだ残ってるというのに、恐れを知らないコだよほんと……。
「いや、そういう宗教観念の話ではなくてね。……信じがたいだろうけど、神は実在するし、この世界を創ったというのも純然たる事実なんだ。まぁ、とは言っても僕が便宜上そう呼んでるだけであって、本質的にはプログラムや現象といった方が適切なんだけども」
「全然わかんないんだけど」
「うん、言葉だけでは限界があるよね。って訳で、皆さんには僕が数年かけて作った再現映像を今から見てもらいます」
彼はそう言うと手元のリモコンを操作して、モニターの電源を入れた。
それから始まった旧文明の滅亡、そして今の世界の成り立ちを解説する動画。
その内容は俺たちの現状に対して極めて関わりが深く、そのせいでまだ上手く飲み込めていないところが多々ある。故に今一度、整理のために思い返してみる。
ジルベールやイロハが生きていた時代では、ナノエフェクトを用いた国家間の戦争が常時、水面下で行われていた。
表向きは平和ということになっており、大規模な戦闘──ミサイルの応酬や軍事衝突こそ起きていなかったものの、特殊部隊やナノエフェクトによる破壊工作などは日常茶飯事であったらしい。さらに他にも、ナノマシンの利用停止を掲げる過激派思想組織によるテロ活動など、様々な問題を抱えていた。
そのような状況下にあって、この大陸を治める国ではそれらに対抗するべくして、とある計画が立案され、ジルベールに召集がかかった。
プロジェクト・テイル・リバイバル──そう名付けられた計画の概要は以下の通り。
ナノマシンには民話や伝承等、古より伝わる物語をなぞると効果的に作用するという特性がある。
それを利用することにより獣に神話で語られるような絶大な力を付与して諸問題に対応させようというもの。
ジルベールが呼ばれたのも彼が単に優れた研究家であったこと以上に、前述の特性を発見したのが彼だから、というのが大きかったようだ。
もっともジルベール自身は獣を人間の都合でいいように利用するための非道な計画になど関わりたくなかったらしい。が、宮仕えの身の上では国からの要請には逆らえず、仕方なく協力することとなった。
しかし、この計画は上手くいかなかった。ナノエフェクトによる遺伝子操作の結果、力を付与することには成功したものの副次的な効果により、人並みかそれ以上の知能を手に入れた獣を御する術が無かったのだ。
勿論大掛かりなナノエフェクトや薬品を用いた洗脳支配といった手段を頼れば可能ではあったし、実際に検討もされたのが……それをした場合、力が失われるという本末転倒な事態となることがわかり、敢えなく計画は凍結され、それに伴い研究成果も順次破棄されることとなる──はずだった。
ジルベールとしては計画の凍結は望むところだったものの、遺伝子操作により強制的に力を付与された獣らの処遇が気掛かりだった。
恐らくは遠からず殺されるであろう彼らをどうにか救えないかと考えていたところ、一通の手紙が届く。
差出人不明のその手紙には一言、「あの施設では未だ研究が続けられている」とだけ記されていた。
不審に思いながらも何らかのリークである可能性に賭けて、危険を承知で軍のデータベースに侵入し、プロジェクト・テイル・リバイバルの研究が行われていた施設について調べる。と、そこで恐るべき計画が進行していることが判明した。
プロジェクト・ヴァラヴォルフ──それは特殊な調整を施した腕輪型の汎用デバイスを用いて、力を付与した獣を人と融合させることで強制的に支配下に置き、その強大な力を獣の意思を介さずに振るえる兵士を生み出す計画。
それに加えてもう一つ、簡易的な遺伝子操作を施すナノエフェクトを広域に展開することにより、あらゆる生物を強化、暴走させることを可能とする戦略兵器スレイブレギオンが開発されていることがわかった。
侵入により得られた情報はどれも概要に過ぎない。
けれどもこれらは明らかにプロジェクト・テイル・リバイバルで得られた技術を流用したもの。
そう確信したジルベールは、このままでは自身の研究が多くの悲劇の引き金となるという結論に至り、プロジェクト・ヴァラヴォルフのための研究が行われている施設からの獣たちの救出、及びスレイブレギオンの破壊を目的に行動を開始した。
まず彼は手始めにプロジェクト・ヴァラヴォルフのために収容された獣と秘密裏にコンタクトを取る方法を模索した。
当たり前だが彼一人が何をどうしたところで、軍の施設から計画の要である獣を逃がすことや戦略兵器を破壊するなどということが出来るはずがない。
それを可能とするには、皮肉なことだが彼の研究により卓越した力と知能を持つこととなった獣自身の協力が不可欠だったからだ。
幸いにしてコンタクトを取ることはすぐに出来た。一縷の望みをかけて基地に向けて、狼の遠吠えの周波数を模した秘匿通信を発したところ、すぐに応答が返ってきたのだ。
収容されている獣は狼や犬以外にも様々な獣がいたが最初に応答してくれた狼の手引きにより、その全員と秘匿通信で連絡を取れるようになった。
けれど大変なのは、むしろここからだった。
この状況を招いた元凶とも言える彼に対する獣たちの心証は最悪であり、信用を得るのは並大抵の苦労では無かったからだ。
しかしジルベールが一人一人に誠心誠意の謝罪と必ず解放するという決意を伝えることにより、全員の協力を得られることとなった。
それからジルベールは、彼らをハブとすることで施設内のスタンドアローンのメインフレームに侵入することに成功。その結果、様々なことがわかった。
現時点ではプロジェクトの根幹であるデバイスの調整が完了しておらず、ヴァラヴォルフは実用段階に至っていないこと。
スレイブレギオンの方は試作機が完成しており、近い内に起動試験が行われるということ。
これらを踏まえてジルベールは計画を建てた。
それはスレイブレギオンの起動試験が行われる日に施設に緊急コードを発令させ、混乱状態に陥った隙に収容棟の全隔壁を開放しメインフレームを落とす。
解き放たれた獣らは二手に分かれ、施設の中枢部とスレイブレギオンを物理的に破壊。その後、各自脱出するというもの。
けれど実のところ、単に獣を逃がすだけならば今すぐ緊急コードを発令して隔壁を開放するだけで目的は達せられる。
何故なら遺伝子操作された獣らは程度の差こそあれ、一般兵が束になっても敵わない程の力を持っており、今現在囚われの身なのは一定レベル以上のナノエフェクトを無効化する装置の影響下にいるからに過ぎないからだ。
しかし、それでは本質的な解決は望めない。例え彼らは逃げ仰せられても、プロジェクト・ヴェラヴォルフやスレイブレギオンが存在する限り、獣たちに安寧はないのだ。
現状では遺伝子操作による強化や暴走は不可逆であり、一度施されたなら元に戻す方法はない。
この脅威を永劫取り除くには、最低でも遺伝子操作に関するナノエフェクトのデータと試作されたスレイブレギオンだけは破壊しなければならない。
──そして、運命の時が訪れる。




