適性者
「……何故、人だけは平気なんですか?」
あらゆる生物に影響があるのに人だけは例外な理由は何なのか。
もし他の生物を殺すことだけが目的であるなら──。
「人はナノマシンを生命活動の維持に用いてないからね。例え体内の従属ナノマシンを全て破壊されても、魔術の行使が出来なくなるだけだ。けれど他の生物は違う。リシアちゃんたちのような存在や魔獣だけでなく、普通の動植物もナノマシンに依存した生態に変化しているんだ、この世界ではね」
……なるほど、確かにこれは兵器と称するべき代物だ。それも条約で禁止される類いの。
しかし懸念こそ杞憂であったものの、やはり過ぎた力という印象は否めない。
『人だけがナノマシンに対して適応出来なかった理由は謎のままでしたよね』
「それについては一応、仮説なら立てたよ。恐らくだが、獣に力を与えられることと表裏一体の事象なんだよこれは」
「どういうこと?」
「あー……コトノハ、何となくわかったかも。確かに人って物語では大抵、何の力も持ってないのよねぇ」
言われてみればそうだな……英雄みたいな存在にしても、結局は装備ありきみたいなところがあるし。
「人々のそういう認知というか、集合的無意識のようなものの影響で適応が阻害されてるんじゃないかなって」
「だからその剣の力で人は殺せない、と」
「そういうことだね。もちろん単なる刃物として扱えばその限りではないけど」
「やはり暴力……暴力は全てを解決する?」
やめなさい。
「危なすぎるんで、言われた通り極力使わないようにします」
万が一、リシアやクロエに効果が及んだらと思うと背筋が凍る。諸刃の剣というにはリスクが大きすぎだ。
「あとお勧めしない理由はもう一つあってね……」
この上まだ何かあんのかよ!?
やはり受け取り拒否した方がいいのでは??
「アタシ的には既にかなり面倒な代物って感想しか無いんだけど……」
「ん、わかる」
それな。ほんとそれ。
「まぁそう言わずに……で、もう一つの理由なんだけど、軽率にナノマシンを破壊し続けた場合、最悪400年前のように全てが地の底に沈むことになる……かも知れない」
『え、それってナノマシンの破壊が原因だったんですか!?』
「というか、そこらも詳しく知りたいから例の再現映像の続きを先に見せて欲しいんだが」
「……あーそれなんだけどね」
唐突に歯切れの悪くなるジルベールを見て、俺は嫌な予感に襲われる。
「おいまさか……」
「いや待って! 悪いのはオリジナルの方であって僕では──」
「責任の所在とか、どうでもいい。続き、出して」
しどろもどろに言い訳するジルベールに凄まじい圧をかけるリシア。
恐らく未だに怒りが収まってないのだろう。怖い。
「いやそのオリジナルからの連絡不行き届きというか……未完成であることを知ったのがついさっきでして……口頭で! 何でも答えますので何卒!!」
「……」
まぁいいけどね? 正直ああいうのを見てると眠たくなるし。
「で、結局神って何なの?」
そんなことを考えていると、いい加減飽き始めたクロエが俺の代わりにもっとも優先度の高いことを聞いてくれた。
「僕が便宜上、神と呼ぶもの。それはとある宗教団体が祀る神を、ナノマシン集合体が模倣したもののことだ」
「アンタと同じような存在ってこと?」
「そうだね、規模は雲泥だけど。ちなみにこの神を祀る宗教、聖典や教義において魔術の使用をこれでもかと罵ってたりするね」
つい最近、似たような話を聞いたんだよなぁ……まぁそっちは人だけ特別扱いしてたけど。
「再現映像の最初の方で言及されてた思想組織って……」
「末端組織だね。彼ら的にはナノエフェクトも当然、魔術の範疇に含まれてるから」
これは根が深いやつだ。というか神、存在からして矛盾してないか? ナノマシン自体は問題ないってことなんだろうか。
『その神はどういう経緯で生まれたんですか?』
「定期的に行われる神降ろしの儀による結果なんだけど……とにかくタイミングが悪かったんだよね」
「通常であれば、そうはならなかった?」
「神呼び匣というナノエフェクト発生機を用いて行われるそれは信徒の祈りを集積して、短時間だけ神のような何かを顕現させるものなんだけど」
「いや待て。ナノエフェクトは教義においてNGなはずでは?」
思いっきりナノエフェクト使ってるじゃねーか。
教えはどうなってんだ教えは。
「神を顕現させるためのものは神自身が使っているからセーフという理屈らしい」
『欺瞞!』
「もっともな意見だがひとまずそれは置いといて、その儀が行われたのが正に世界が滅びを迎える瞬間だったのが悪かった」
「それ関係あるの?」
「本来なら祈りを捧げるのは信徒だけで、だから出来上がるのも神とは名ばかりの浮遊霊だった訳だけど、滅びと重なったばかりに他の大勢の人の祈りを神呼びの匣が受けてしまってね」
「結果として、名ばかりではない本物が生まれてしまった……?」
神とやら、どうも偶然の産物らしい。
にしてもボロクソで笑うわ。浮遊霊て。
「信徒のように教団の神を明確に意識してのことではないし、要は追い詰められた状況での神頼みだから一人一人が与える影響は本当に僅かだったとは思うんだけど……まぁ塵も積もればってやつだね」
「神については大体わかったわ。それで結局、アンタはアタシたち……いや、レストに何をさせたいの? その御大層な剣で神を始末してくればいいわけ?」
「……そうであるなら話は簡単だったし、今までにいくらでも適性者はいたんだ」
「つまりレストが初めての適性者ってこと?」
「どうしてそうなるのか本気で疑問なんだが……」
言ってて悲しくなるが、俺に人より秀でているところなんて全く無いぞ。今でこそ割と戦えるが、それも秘儀があってのことだし。
「僕が求めていたのはね、レスト君のように利己的で怠惰な、自分と仲間以外のためには決して力を振るわない、そんな存在なんだ」
「もしかしてケンカ売ってる?」
事実陳列罪は重罪だぞこら。
「むしろ褒めてる。利他的で自己犠牲を厭わないような、いわゆる人格者にこの兵器は決して任せられないからね」
「さっきの正気云々の話といい、普通は逆よねぇ……」
本気でわからないといった風なコトノハ。
「もちろん理由がある。この神、今は眠っていて、いつ起きるかわからないが……最悪、起きた瞬間ナノマシンを全て停止させてくる──恐れがある」
『確定情報が一つもない!』
「けど可能性があるだけで、神を討とうとする人は必ず現れる」
「まぁ、そうだろうなぁ」
そんなもんを放置しておくのは怖すぎるし。
「けど神が討たれても、やはり多くのナノマシンは停止するんだ」
『どう足掻いても絶望じゃないですか!』
「なにしろ信仰対象とされる全能の神だからね。そんな存在を模倣しているのだから、相応の力を振るうためナノマシンの権限も引き上げられていることだろう。となればどうしたって影響も大きくなる」
ここで俺は恐るべき事実に気付いた。
人間以外の生物はナノマシンの破壊によって死ぬと先程聞かされたが。
──破壊と停止にどれほどの差異がある?
「……仮にそうなったとき、リシアたちは……」
「ほぼ確実に死ぬ。神が討たれた場合でも、生き残るのはナノマシンにあまり依存していない極一部の動植物だけだろう」
「ほっといた方がマシなんじゃない? まぁこの先も無事な保証はないけど」
「それがそうもいかない。何故なら神に干渉しようとしている勢力がいるから」
「……組織か」
「恐らく、末裔なのだろうね。そうでなくても、国がこの事実に気付いたなら何らかの対処をしようとするだろう」
『じゃあどうしろと……?』
「レスト君にはこの剣を使って、神の持つ権限だけを壊して欲しいんだ」




