第九話 願い
そこに女の子がいた。
郊外にある刑務所の中庭に、囚人が数多く集められ、腰をおろしている。
中庭の真ん中に特設ステージが設けられ、その上で十八歳くらいの女の子が踊っていた。露出の少ない、きらびやかな衣装がよく映える。
曲に合わせて、時にキレのある動きを見せ、またある時はかわいらしいポーズをとる。クルルッと回り、背中までのびている金髪がはねあがって宙を舞った。まるで彼女とは別に生きて動いているかのようだ。
「ありがとうございました!」
曲と踊りが終了し、彼女が大きくおじぎをすると、囚人たちから拍手の嵐が湧きおこった。「ブラボー!」というかけ声も聞こえてくる。
「ミミ―!」
観客の最前列から、女の子の名を呼んで一人の囚人が飛び出してきた。長身の男だ。
男は彼女のもとへ来ると、ぱあっと明るい笑顔を見せて手をさしのべる。女の子は、いつものようにしゃがみこみ、「応援ありがとう」と握手した。
「オレこそ君のダンスで癒されてる。もっとこの時間を過ごしていたいよ。どうしてこの時だけ、時間が早く経ってしまうんだろう。君はオレのアイドルだ!」
言葉を返そうとした時、刑務官に捕まって彼が連れて行かれてしまった。この光景もいつものことだ。
そして彼女は、これもまたいつものごとく、彼のうしろ姿がだんだん小さくなっていくのを、心に穴が開いたような表情で見つめるのだった。
「ミミ―さん。今日もお疲れさまでした」
刑務所の所長が、ハンカチで汗を拭いている。
「ありがとうございます。囚人たちの更生に役立つのなら、わたしはもっとたくさん来て踊りたいです!」
「その言葉、嬉しいですねぇ。分かりました、今度から、月に三回来てもらいましょう。それでいいですか?」
彼女はもちろん、とうなずいて表情が明るくした。
「ところで所長さん。お手洗いはどこですか?」
「ああ、それなら、あの建物に入ってすぐの所にありますよ」
「ありがとうございます!」
所長と別れたミミ―は、建物の中へ入ると、教えられた道とは反対の方向へ歩きはじめた。
前回囚人の男から渡されたメモ用紙を頼りに、彼女はひたすら前へ進む。背中に冷や汗が流れる。
「あれっ、あんたどうしてこんなところに?」
囚人たちが収容されている場所の入り口にいる警備員がたずねてきた。
「え、ええと、今日ここで撮影があって。所長の許可ももらいました」
所長という言葉が出たとたん、警備員はカギを開けてすんなりと通してくれた。ふり返ると、なぜか敬礼までしている。所長の権力者ぶりがよく分かる。
「クレインさん」
ミミ―は、目的の所に着くと、地べたに座っている男へ声をかけた。驚いたように彼女を見た。
「まさか本当にくるとは……。犯罪だぞ」
「問題ないわ。わたしは、いつも最前列で応援してくれているあなたのことが好きになっちゃったの。恋をさまたげるものは、決してあってはならないと思ってる。ここの檻がなければ、どんなにいいことか」
「ははは、オレも君のことが大好きだ。でも、君の願いはかないそうにないよ。なんたってオレは、殺人を犯して終身刑が決まっているからな」
「終身刑……」
「そうさ。隣の国に治外法権がなくて良かったぜ。その国で裁かれていたら、確実に死刑だ」
死刑という言葉を聞いて、彼女は思わず息をのんだ。
「そんなにたくさん人を殺したの?」
「ああ。幼い女の子を三人、生き埋めにしたんだ。あの頃は薬をやっていて、頭がどうかしていた。今では、すっかり反省してるよ」
「そう……」
少しの間、沈黙が支配した。ミミ―が口を開く。
「ねえ、今度は一週間後に来れるの。また会いに来てもいい?」
「君の将来のためにやめてほしいと言いたいが……」
「将来なんて関係ない! 今が大事なの」
「分かったよ。オレも会いたい。いつでも来てくれ」
二人が顔を近づけ、キスをした。長い時間、互いをくちびるで感じた。
「おい、そこの君!」
先ほどの警備員がすっ飛んできた。あっという間にミミ―をその場で取り押さえる。
「所長に確認したら、そんな許可は出していないとおっしゃっていたぞ。お前、ウソをついていたな」
「そんなことはありません! きっと、どこかで伝達ミスがあったにちがいないです」
「ウソにウソを重ねるつもりか!? もういい。とにかくお前は逮捕だ。もう二度とこの刑務所には来られないから、覚悟しておけ」
数人の警備員が加わり、ミミ―を連行していく。彼女は、遠ざかる彼の方を必死にふり向き、
「いつか、また!」
と言い残した――
「はい、カット! 撮影が全て終了しました。皆さんお疲れさまでした!」
監督の声とともに、撮影所が安堵の空気に包まれた。スタッフによって小道具が片づけられ始める。
囚人役の男と監督が、アイドル役の女の子に花束を贈った。
「君の演技はすばらしかった! 囚人に恋するアイドルというのは、なかなか難しかったかもしれないが、十分やってくれたよ」
「うん、オレとのキスシーンの時は顔がこわばっていたけど、それが気にならないくらい良かった。オレもいろいろ勉強になったし」
「いえいえ、お二人の助けがあったからこそ、わたしは楽しく撮影を終えられたんです。本当にありがとうございました!」
深く頭を下げた。
「そろそろ行くぞ」
スーツ姿の男が現れて、彼女を連れて行った。女の子は撮影所を出る時、もう一度おじぎした。二人は、外に止められている車に乗りこんだ。
「まさか君が最期に、『映画に出たい!』なんて言うとは思わなかったよ」
走行する車の中、男はあきれたように言う。
「映画女優にあこがれていたんです。学生時代は、演劇部で学んでいました」
「そうか。これで満足したかい?」
「はい!」
女の子は、満面の笑みを見せた。
その日の夕方、彼女に死刑が執行された。




