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第八話 誘導者

 そこに女の子がいた。

 慌てていて、うっかりこんなところに入ってしまった。だが、よもやコウスケがここを探し当てることはないだろう。

 それでも、彼女は不安だった。

 ドアを開ける音がして、誰かが入ってきた。

 そんなまさか。でもこの世には、「偶然」という言葉がある。そう。偶然、彼がここを訪れたのだとしたら……。

 足音は、彼女が中で体育座りをしている個室の前で止まった。何かを探っているように感じられる。三十秒ほど、辺りを静寂が支配した。

 背中に冷や汗がにじみ、手が震え始める。息が苦しい。

 ノックの音がした。すぐ近くで。この個室のドアが叩かれたのだ。もう恐怖心をがまんすることはできなかった。

「ごめんなさいごめんなさいふざけすぎちゃった謝る本気で謝るだから今日は許して!」

 悲鳴に近い自分の甲高い声が、男子トイレ内に鳴り響いた。

 乱暴にドアが開かれた。顔を伏せ、体を丸くする。

「あ、あの。どうかしましたか……?」知らない男の声が尋ねてきた。

「え?」と顔を上げ、「あ……」と驚きから安堵の表情へと瞬時に入れ替わった。

「コ、コウスケはそこにいますか?」

 再び緊張が走る。

「コウスケというのがどなたかは知らないが、少なくとも私と君以外に人はいないよ」

「そうですか……」と彼女は胸をなでおろした。

「よければ訳を聞かせてくれないかな? どうして君がこんなところにいるのか」

「え……はい」と言って、彼女は息をのんだ。

「あたし、コウスケから逃げているんです。訳あって」

「まあ、それなりの理由がないと、男子トイレなんかに隠れないよなぁ。それはなぜ――」

「切羽詰まっていて、このデパートに飛びこんですぐにここへ入ってしまったんです。訳は言いたくありません」

 彼女はきっぱりと言った。はきはきした声で。切実に。

「分かった。これ以上は聞かないよ。ところで、よければデパートを出るまで私が送っていってあげようか。それに、こんなところ一秒でも早く出たほうがいいから」

 彼女は少し考え、

「それじゃ、お願いします……」

 彼女は男に手を引っ張られ、急いでトイレから出た。


「コウスケという者から逃げるためには、君のそのかわいい顔を隠さなくてはならないな」

 そう言って男は、女性用の帽子を売っているコーナーへ立ち寄った。そしてカゴの中に入っていた一つを手に取る。一昔前にはやったものだ。

「そ、そんな……。悪いです」

 彼女は首を横にふった。

「気にしなくていい。女性をもてなすのは男の仕事だからね」

 結局男は、彼女が他の商品を見ている間にレジで会計をすませてきた。

「ええっ、本当に買ってきたんですか」

「そうさ。当たり前だろ。悪いがまちがって袋を断ってしまったから、出入り口まで私が持っていよう」

「いえ、問題ないです。一応エコバッグを持ってるので」

 彼女がそれを広げると、男は帽子を投げるように入れた。


 続いて連れてこられたのは、バッグコーナーだった。古めかしいデザインの物が目立つ。

「このバッグを持ってさっきの帽子を被れば、絶対気付かれないよ」

 若者にはなかなか手が出せない値段だ。

「あたしに……似合いますか?」

 せっかく買ってくれそうなのだ。このチャンスを見逃すのはもったいない。

「もちろん! 私の目を信用してくれ」

「分かりました。お願いします」

 男は商品棚から持ち出し、数分たって戻って来た。

「この二つを所持していれば、まさか君だとは思われないはずだ」

「ここまでしていただいて、ありがとうございました。このお礼はきっとします」

「心配する必要はない。ついつい前の職のくせが出てしまったんだよ」

 彼女はほっとした。ここまでしてくれる優しい人がいるんだなぁ。


「ありがとうございました!」

 外に出た彼女は、出入り口に立つ男に手を振った。男も手を振ると、デパートの中へ入っていった。

「ああ、やっと見つけた!」

 背後から男性の声がする。それは、コウスケだった。彼女がバツの悪そうな顔をする。

「ったく、勝手にレストランから出ていきやがって。俺が支払うはめになっちまったじゃねぇか」

「ごめんね。最初はちょっとふざけたつもりだったんだけど、後から考えて悪いことしちゃったかなって気付いて。とても怒ってるんじゃないかと思って、怖くなってデパートに隠れちゃったの」

 おびえた目で見られた彼はそっぽを向くと、顔を赤らめた。

「き、気にすんなよ。俺はときどきいたずらする、そんなお前のことが好きで告白したんだ。少し怖がりが過ぎるけどな」


 二人が仲直りして少しの間歩いていると、彼が「そういえば……」と口を開いた。

「お前、どこのデパートに隠れてたんだ? 散々探して苦労してたのに、どこをほっつき歩いてた?」

「あのね、○○デパートだよ。スパイ活動には自信があるんだー」

 えっへんと胸を張った。

「お前アホか」と彼が顔を向けて言った。

「そのデパート、十年くらい前に若社長が自殺した後倒産して、今は廃ビルになってるんだぞ」

「え?」と彼女は持っているエコバッグの口を開いた。

 中には何も入っていなかった。

「世にも奇妙なショートショートコンテスト」企画参加作品です。

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/183239/blogkey/555594/

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