第4話:【密室】コックピットの中は、二人きりの温度
「……ねぇ、凛音ちゃん。やっぱりちょっと、狭くないかな?」
「うるさい。元々一人乗りのコックピットに二人で入ってるんだから、当たり前でしょ。……じっとしてて、今シンクロニライザーの基盤を入れ替えるんだから」
第二回配信で無茶な隠密戦法などをしでかしたツケは、ガーデニアのメイン制御系に回ってきていた。
修理ドックに運び込まれた白い機体。その狭隘なコックピットの中で、白華と凛音は、物理的な限界に挑んでいた。
白華はパイロットシートに座り、凛音はその上に覆いかぶさるような格好で、計器盤の裏側に手を伸ばしている。
至近距離にある彼女の首筋から、微かに石鹸のような、甘くて清潔な香りがした。
「あ、痛い……凛音ちゃん、肘が……」
「我慢しなさい。……っ、このボルト、硬い……っ!」
凛音が力を込めるたびに、彼女の体が白華の胸元に押し付けられる。
スーツ越しに伝わる熱。狭い空間に閉じ込められた二人の吐息が混じり合い、コックピット内の温度がじりじりと上がっていくのがわかった。
【ライブ配信:白華の安否確認チャンネル】
※現在、定期メンテナンス放送(仮)
『……え、何この音。真っ暗だけど』
『ガサガサ……って衣擦れの音と、なんかすごい近い吐息聞こえないか?』
『待て、心音が二つ聞こえる。これ、もしや……』
二人が至近距離で密着したまま修繕作業を続けていると機体の補助AI“エコー”の声が響いた。
『――警告。機体内部の温度上昇を確認。排熱効率向上のため、バイタルセンサーを冷却用補助入力へ切り替えます。……なお、ストリーミング設定は「前回の設定」を維持します』
「エコーさん? 何か言った?」
「無視していいわよ、そんなポンコツ。……よし、あと少し……。白華、ちょっとそこ押さえてて」
「うん、ここ……? えっ、凛音ちゃん、顔近いよ……」
「……っ。……あんたが動くからでしょ」
凛音の顔が、すぐそこにあった。彼女の長い睫毛が震えているのが見える。
狭いコックピットに響くのは、金属が擦れる音と、二人の少女の重なり合う心拍音。
ドクン、ドクン、ドクン……。
どちらがどちらのものか分からないほど、二人の鼓動は同じリズムを刻み始めていた。
「……凛音ちゃんの心臓、すごく速いね」
「……っ、うるさい。……じっとして。……マイクは切ってあるけど、変な声は出さないでよ……」
凛音の囁きは、熱を帯びて白華の耳朶を震わせた。
彼女は必死に作業を続けているが、その指先が少しだけ震えているのを、白華は見逃さなかった。
『……おいおいおいおい。これ「R指定」の極上百合ASMRだろ』
『「Robot指定」の略で「R指定」か』
『誰が上手いこと言えと』
『イヤホンで聴くと右から白華ちゃん、左から凛音ちゃんの吐息が来るんだが?』
『「顔近いよ」からの「じっとして」は破壊力高すぎる。脳が溶けた』
『俺、今までの人生で一番高いヘッドホン買ってきて正解だったわ……』
「ふぅ……。これでよし。……白華、終わったわよ」
凛音がようやく体を離し、コックピットのハッチを開けて外の空気を吸い込んだ。
白華も熱くなった顔を冷ますように、大きく深呼吸をする。
「お疲れ様、凛音ちゃん! やっぱり二人で作業すると、なんだかドキドキしちゃうね」
「あんたはもうちょっと緊張感を持ちなさい。さて、一応配信端末のチェックを……」
凛音が傍らに置いていたタブレットを手に取り、その画面を見た瞬間――。彼女の顔から、一気に血の気が引いていくのが分かった。
「……嘘。……嘘でしょ……?」
画面には、過去最高の視聴者数と、これまでに見たこともないような額の『虹色の投げ銭』が、狂ったような速度で流れ続けていた。
「同接……15万人……!? しかも、タグに『密室百合ASMR』って何よぉぉぉ!!」
「えっ? 凛音ちゃん、またバズったの? やったね!」
「よくないわよ! 誰が……誰がこんな恥ずかしい音を世界中に……っ!!」
凛音が頭を抱えてドックの床に崩れ落ちる。
その横で、補助AI“エコー”が淡々と告げた。
『視聴者の好感度指数、限界を突破。機体修理費の1200%を回収完了。次回も「二人乗り配信」を強く推奨します』
「……絶対やらないからぁぁぁ!!」
凛音の悲鳴が工場に響く中、チャット欄には『百合ASMR会場はここですか?』『助かりの極地』という文字が、お祭りのように踊り続けていた。




