第2話:【困惑】バズった理由は「生命の輝き」?
翌朝。ミドル・トーキョーの片隅にあるオンボロ整備工場兼自宅で、凛音の絶叫が響き渡った。
「……嘘でしょ。SNSのトレンド1位から5位まで、全部独占してるじゃない……っ!」
彼女が抱えるホロ・タブレットの画面には、昨夜の戦闘シーンの『切り抜き動画』が溢れかえっている。
『【伝説の始まり】新人ストリーマー白華、衝撃のバイタルASMR』
『【作業用】ガーデニアちゃんの心音と吐息で安眠する動画(10時間耐久)』
『助かるを通り越して救われた。俺はこの鼓動を聞くために生まれてきたんだ』
「見なさいよ、これ! 『白華ちゃんの二酸化炭素になりたい』とか『心拍のゆらぎが宇宙の真理』とか……もう、こいつら全員警察に突き出してやりたい!」
「えっ。みんな、そんなに熱心に私の健康を心配してくれてるの?」
トーストを咥えたまま、白華がのんびりと首を傾げた。
彼女の端末にも、数え切れないほどの通知が届いている。もっとも、白華はその大半を『親切な応援メッセージ』だと思い込んでいるようだ。
「見て、凛音ちゃん! 昨日の配信のコメント欄、『助かる』って言葉でいっぱいだよ! 私が鋼魔に負けなくて、みんなホッとしてくれたんだねぇ」
「違うわよ、白華! それは『あなたの声で俺の精神が浄化されて助かる』っていう、もっとこう……業の深い意味なの!」
凛音は顔を真っ赤にして叫ぶ。
幼馴染である自分だけが聞くはずだった、白華の無防備な吐息。それが今や、全人類のイヤホンを通じて、文字通り『消費』されているのだ。
独占欲が、恥じらいが、そして羞恥心が凛音の中でぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。
「……でも、エコーさんが言ってた『満足度』っていうのは、本当だったのかも。みんなが喜んでくれるなら、私、次の配信も頑張れるよ!」
「絶対にダメ! 次からはマイクの感度をマイナス一万デシベルにして、ノイズキャンセラーを十重に……!」
その時。工場のシャッターが、ガシャン! と乱暴に蹴破られた。
「おい、ガキども。約束の期日だぞ」
現れたのは、黒塗りのスーツに身を包んだ屈強な男たち。白華の実家が抱えた莫大な借金を回収しに来る、『取立屋』の面々だ。
凛音の肩がビクリと跳ねる。白華を守るように、彼女は一歩前に出た。
「……借金の返済日なら、まだ一週間先のはずよ」
「あぁ?ここ最近のインフレで利息が跳ね上がったんだよ。今すぐ百万円用意できなきゃ、その型落ちの機体と、そこのお嬢ちゃんをセットで売り飛ばして――」
男が白華の肩に手を伸ばそうとした、その瞬間。
「……そのお金、これで足りるかしら」
凛音が震える手で、タブレットの『出金画面』を男たちの目の前に突き出した。そこには、昨夜の数時間だけで叩き出された『型落ちの初陣』とは到底思えない桁外れの数字が表示されていた。
「――っ!? おい。何だ、この額は……!」
「一晩のスパチャと、動画の広告収益の一部よ。とりあえず、今月の返済分と……来月分まで、一括で払い込んでおいたわ。文句ないでしょ?」
男たちは絶句した。
画面を二度、三度と見直し、信じられないといった様子で白華と凛音を交互に見る。
「……おい、お前。もしかして昨日の『耳が溶ける白い悪魔』か?」
「何、その二つ名。キモッ!」
「えっ、白い悪魔ってガーデニアのことですか? カッコいい名前ですね!」
ドン引きする凛音を余所に、白華は無邪気に笑う。それを見て、男たちは顔を見合わせた後、なぜか少し頬を染めて、そそくさと退散していった。
「……ふん。命拾いしたな。次は、もっといい『音』を期待してるぜ」
「はい! 安全運転で頑張りますね!」
嵐が去った後の静寂。
凛音はその場に力なく膝をついた。
「凛音ちゃん? 大丈夫?」
「……大丈夫なわけないでしょ。あいつら、絶対あとでアーカイブ視聴するわよ」
悔しい。
白華の、あの清らかで、あまりにも無自覚に扇情的な『命の音』を、あんな連中にまで聞かせなければならないなんて。
だが、この配信の収益がなければ、白華は守れない。
凛音は、白華の白い指先をぎゅっと握りしめた。
その手の温もり。微かに聞こえる、現実の鼓動。
(……この音を、変態どもの汚い耳に晒すのは死んでも嫌。でも……)
彼女の瞳に、暗い決意の炎が宿る。
「……分かったわ。続けるわよ、配信」
「本当!? やったぁ! 凛音ちゃん、大好き!」
「勘違いしないで。変なマイク設定にするポンコツAIも、コメント欄の変態どもも、私が全部管理してやるんだから。……白華を守れるのは、私だけなんだからね」
凛音の呟きは、白華の無邪気な歓喜の声にかき消された。
世界一ピュアな操縦士と、世界一重い感情を抱えたメカニック。
二人の『放送事故』は、もはや止まらない濁流となって加速していく。




