第1話:【放送事故】生存報告配信のつもりが、全人類を悶絶させていた件
狭いコックピット内に、少女の心細そうな声が反響する。
「……もしもし、聞こえますか? 湊白華です。あ、あの、この音が聞こえているということは、私はまだ、生きてるってことですよね?」
目の前のモニターに映るのは、ミドル・トーキョーの地下に広がる暗鬱な『深層遺跡』。湿った空気と、古い機械油の匂いがパワードスーツの外部センサーを通じて伝わってくる。
モニターの淡い光に照らされた少女の銀髪が、機体の振動に合わせてさらさらと流れた。コンソールを握る指先が少しだけ震えている。
「バカ、わざわざ聞かなくたってちゃんと生きてるに決まってるでしょ。弱気にならないの。通信はバッチリよ、白華」
通信ウィンドウに、彼女の幼馴染でメカニックの如月凛音の顔が映る。黒縁の眼鏡の奥にある紫色の瞳が、いつものように鋭く白華を射抜いている。結い上げた黒髪から一筋こぼれた後れ毛が、彼女がさっきまで必死に機体を整備していたことを物語っていた。
凛音はモニターの山に囲まれながら、眉間にシワを寄せる。
「いい? 装備は型落ちの『ガーデニア』なんだから無理は禁物。その配信も、あくまで私の端末への安否確認用。ついでに投げ銭で修理費が稼げればラッキー、くらいの気持ちでいなさい」
凛音はそう言って、眼鏡のブリッジを指先でクイと押し上げた。その指も、機体を守るために――より正確に言えば白華を守るために――油で汚れている。
「うん。凛音ちゃん、いつもありがとう。私、頑張って借金返すね!」
白華は空色の瞳に決意を宿し、深く、深く、息を吐いた。コンソールを叩き、白いパワードスーツの腕を動かす。
その瞬間、パワードスーツの補助AI“エコー”が無機質な声で告げた。
『――最適化シークエンスを開始します。生存率向上のため、視聴者満足度の最大化を推奨。音響フィルターをバイパスし、生体共鳴モードを起動します』
「え? エコーさん、今なんて……?」
白華の疑問は、遺跡の奥から響いた金属音にかき消された。
ガチ、ガチ、と歯車を噛み合わせるような不気味な音。機械生命体『鋼魔』の出現だ。
「来たわ! 白華、迎撃!」
「……っ、はい!」
白華は操縦桿を握りしめ、ペダルを踏み込む。ガーデニアの巨大なパイルバンカーが唸りを上げた。
だが、二人が気づかないうちに――配信画面は異常な進化を遂げていた。
【ライブ配信:白華の安否確認チャンネル】
視聴者数:12人 → 1,500人 → 8,000人……上昇中
『何だ、この新人。音質がバグってるぞ?』
『ノイズが一切ない。まるで耳元で喋られてるみたいだ』
『待て……この「衣擦れの音」、もしかしてパイロットが動くたびにパワードスーツの内壁と擦れてる音か!?』
鋼魔の鋭い爪が、ガーデニアの装甲を削る。
「はぁっ……、あ……っ!」
凄まじい衝撃。白華の体はシートに叩きつけられ、肺から空気が押し出された。
「くっ……、重、い……っ! 動いて、お願い……っ!」
必死に操縦桿を押し返す。
その時、超高感度センサーが白華の変化を余すことなく拾い上げた。
激しく波打つ心音。
限界まで引き絞られた、熱を帯びた吐息。
恐怖と高揚が混ざり合った、震えるような喉の鳴り。
それらが、補助AI“エコー”による『超高感度バイタル音声』として、リスナーのイヤホンへとダイレクトに流し込まれる。
【ライブ配信:白華の安否確認チャンネル】
『……っ!?(語彙喪失)』
『やばい。脳が、溶ける』
『心臓の音が……ドクンドクンって、俺の心臓と重なってるみたいだ……』
『「動いて」って言った時の吐息、耳元でされたかと思って後ろ振り向いたわ』
『これ、ただの戦闘配信じゃない……至高のASMRだ……!』
白華はチャット欄の反応には一切気付かない。ただ無我夢中で、叫びとともにパイルバンカーのトリガーを引いた。
「これで、最後……っ! 貫けえぇっ!!」
ズドォォォォォンッ! という重低音の振動。それが少女の絶頂に近い解放感の吐息と混ざり合い、最高級のサラウンド音響となって世界へ放たれた。
静寂が訪れる。
鋼魔は火花を散らして沈黙し、白華は荒い息をつきながらシートに深く沈み込んだ。
「はぁ……はぁ……。凛音、ちゃん。倒した、よ……」
汗ばんだ髪が頬に張り付く。
ふと見ると、通信画面の向こうで凛音が石のように固まっていた。
「……凛音ちゃん?」
「は……?」
凛音が震える指先で、配信モニターを指差す。
そこには、当初『安否確認』のために集まった数人とは比較にならない、異常な数字が躍っていた。
『現在の視聴者数:102,405人』
『スーパーチャット合計:¥1,240,000』
画面を埋め尽くすのは、「助かる」「声が良すぎる」「結婚してくれ」「イヤホン新調した」という狂乱のコメントの数々。
「……同接10万人ンん!? ちょっと、エコー! このポンコツAI! あんた、いったい何したのよぉぉぉ!!」
凛音の絶叫が、地下遺跡に虚しく響き渡った。
白華は、自分の『声』が世界を狂わせたことなど、まだ露ほども知らなかった。




