第15話:【終結】メロ、陥落
戦場となった遺跡に、静寂が戻る。二機の駆動音が止まったあとも、白華の耳の奥には、メロと重なり合ったあの不思議な鼓動の余韻が、熱く、痺れるように残っていた。
「……メロさん、大丈夫?」
白華は『ガーデニア』から這い出し、隣に停まった『カデンツァ』のコックピットへ駆け寄った。ハッチが開くと、そこにはお人形のようなドレスを乱し、放心したように座り込む音無メロの姿があった。
「あ……」
メロの潤んだ瞳が白華を捉える。彼女の頬は、先ほどまでの戦闘の熱のせいか、それとも別の理由か、林檎のように真っ赤に染まっていた。
「……聞こえたわ。あなたの、あの、汚くて、無様で……でも、どうしようもなく暖かい音」
メロは震える手で自分の胸元を押さえた。プロの誇りとして完璧に調律していた彼女の心音は、今やかつてないほど乱れ、白華のリズムを追いかけようと急かされている。
「認めたくないけれど……私の負けよ。あんな音、どんな高級なミキサーでも、エフェクトでも、作れるわけがない……っ」
「メロさん……」
白華はそっと手を差し伸べた。メロは一瞬、いつものように撥ね退けようとしたが、そのまま吸い寄せられるように彼女の手を取り、縋るように顔を埋めた。
「……あなたの鼓動、悪くないわね。……いえ、嫌いじゃないというだけ。少し、……癖になりそうなだけよ」
【ライブ配信:白華×メロ・共闘完結】
同接数:650,000人
『メロ様、完全に「落ち」たな……』
『見てみろ、メロのチャンネルに「白華親衛隊・特別顧問」ってタグがついてるぞww』
『プロのASMR操縦士が、アマチュアの熱狂的リスナーに転身する瞬間を俺たちは見ている……』
『【速報】音無メロ、白華ちゃんに赤スパ100万円を投入。メッセージは「これで喉のケアでもしなさい、このバカ!」』
――翌日。白華と凛音のオンボロ工場に、再びあの豪華なトランスポーターが現れた。
だが、降りてきたメロの様子は、昨日までとは一変していた。
「……何よ、その格好は。というか、何しに来たの?」
凛音が、引き攣った笑顔で問い詰める。
メロは最高級のヘッドホンを首にかけ、手には最新の録音機材を携え、なぜか二人の工場の片隅に『マイ特等席』を勝手に作り始めていた。
「湊白華の音を一番近くで管理するのは、プロである私の義務よ。いい? 私はファンになったわけじゃないわ。ただ、彼女の音を汚さないように、私が隣で監視してあげているだけ……」
そう言いながら、メロはタブレットで白華の過去のアーカイブを再生し、熱心に「ここの吐息、最高……っ」と悶絶しながらメモを取っている。
「……完全にファンじゃない。それも、タチの悪いガチ勢の」
凛音がメガネをクイと押し上げ、これまでにないほどの負のオーラを放った。
「ちょっと、そこの縦ロール! 白華の隣は私の指定席なの。あんたは黙って自分のスタジオに帰りなさいよ!」
「ふん、プロの私がいれば、白華の魅力はさらに引き出せるわ。あなたのそんな素人整備じゃ、彼女の『命の音』が勿体ないわよ!」
「なっ……! あんた、白華の何を知ってるっていうのよ! 私は彼女の産声から聴いてるんだからね!」
「産声は聞いてないよ、凛音ちゃん。私の出産には立ち会ってないからね」
白華の左右で、凛音とメロが火花を散らす。
二人とも怖い顔をしているが、自分を巡って喧嘩をしてくれるなんてそれだけ仲良くなったということなのだろうと白華は早合点し、嬉しそうに微笑んだ。
「えへへ。二人とも、私のためにそんなに一生懸命になってくれて嬉しいな。これからもよろしくね、メロさん!」
白華が無邪気に笑ってメロの手を握ると、彼女は「ひゃっ!?」と情けない声を上げて硬直した。
「……っ、……ずるいわよ、あなた……。そんな声で言われたら、……断れるわけないじゃない……!」
「白華、そいつから離れなさい! 耳が、耳が汚染されるわよ!!」
凛音が白華を抱き寄せ、メロが反対側から彼女の腕を引く。
借金返済のために始めた配信。
気づけば、白華の周りには、借金取りの親衛隊、激重な幼馴染、そして陥落したライバルという、世界で一番『音』にうるさくて重たい絆が、幾重にも重なり合っていた。
『――マスター白華。周囲の「愛の指数」が計測限界を突破しました。次回の配信、同接100万人も夢ではありません』
補助AI”エコー”の無機質な声が、未来の爆発的なバズりを予言する。
――そうやって白華の借金の残額は、いつの間にか完済目前まで迫っていた。




