第13話:【窮地】作られた「美音」VS 命がけの「本音」
遺跡の深部から、地を這うような不気味な咆哮が響いた。
現れたのは、音を吸い込み、周囲の電子機器を狂わせる深層の捕食者――『絶響の鋼魔』。
「なっ……何、この敵!? センサーが、ノイズで真っ白に……っ!」
完璧を誇ったメロの『カデンツァ』の調律が、敵の放つ強烈なジャミングで狂い始める。
そして――。
逃げ場のない狭い回廊で、白華は巨大な鉄の爪に追い詰められた。
「あ……、あぁ……っ!!」
装甲が悲鳴を上げ、白華は衝撃で意識が遠のきそうになる。スコアはもはや見る影もなく地に落ち、絶体絶命の窮地へと叩き落とされた。
「――くっ、……ぁっ!?」
視界が火花を散らし、真っ白に染まった。
『絶響の鋼魔』が振り下ろした巨大な爪が、ガーデニアの肩装甲を紙細工のように引き裂く。コックピット内に響き渡る嫌な金属音。それはもはや、凛音が調整した『心地良いノイズ』などという次元を通り越していた。
「白華! 逃げて、早く!!」
通信ウィンドウの凛音が絶叫する。だが、白華の体は衝撃で麻痺し、指先一つ動かせない。
隣では、メロの『カデンツァ』も同様に敵のジャミングを受けていた。
「な、何よこれ……音が、音が作れないじゃない……っ!」
メロの声に焦りが混じる。彼女の背後にいるプロの音響チームは、この異常事態でも『美しすぎる音』を維持しようと必死に合成音を被せていた。
しかし、それが仇となった。
【ライブ配信:音の頂上決戦】
同接数:450,000人
『……ん? メロの音、なんか変じゃないか?』
『ノイズだらけのはずなのに、妙に澄んだ音が混じってる。合成か?』
『不気味だ……。戦場なのに、音が作り物っぽすぎて怖くなってきた』
一方で、白華のガーデニアは既に満身創痍だった。
補助 AI“エコー”の演算も追いつかず、凛音が施したフィルターも次々と剥がれ落ちていく。
マイクが拾っているのは、もはや調律されたASMRではない。
ガタガタと震える彼女の歯の根。「ひっ、……あ、……ぁ……」という、死の恐怖に直面した本気の喘ぎ。激しく、不規則に、壊れた時計のように刻まれる心音。
「……こわい。……凛音ちゃん、……たすけて……っ」
それは、世界で一番無様で、惨めな声だった。プロが決して配信には載せない、加工不可能な『本音』の音。
だが、その瞬間。リスナーの反応が、劇的に変容した。
『……おい。白華ちゃんの、この声……』
『メロの綺麗な音を聞いても何も感じなくなってたけど、でも、こっちは……心臓を直接握られてるみたいだ』
『震えてる。本当に、彼女の命が震えてる音がする……!』
『今、俺たちが聴いてるのは本物の命の音だ……!!』
【脳波快楽指数:メロ 45 ↓ / 白華 82 ↑】
「……嘘。どうして……!? こんな汚い、ただの悲鳴なんかに……!」
メロの叫びが響く。彼女の完璧な音響は、この極限の戦場において虚構に成り下がっていた。
対して、白華の『汚い音』は、皮肉にもこの閉塞感に満ちた遺跡において、唯一の真実としてリスナーの魂を震わせ始めたのだ。
「……白華」
凛音の声が、低く、力強く響いた。
彼女はもう、ノイズを消そうとはしていなかった。むしろ、白華の恐怖も、震えも、その全てを剥き出しのまま増幅し、世界へと叩きつけていた。
「怖くてもいい。震えててもいい。……その『音』が、あんたが生きてる証拠よ。……見せなさい、あんたの、本当の命の音を!!」
「……っ!!」
白華は、震える手で操縦桿を握り直した。
死ぬほど怖い。心臓が痛い。だが、この音を聞いてくれている人たちがいる。凛音が、自分の命の音を、一番近くで信じてくれている。
「……あ、……あああああああああああっ!!!」
絶叫とともに、白華はパイルバンカーを起動させた。
それは美しく調律された楽器の音などではない。泥臭く、必死で、あまりにも生々しい――少女の本音が炸裂した音だった。




