第11話:【刺客】「あなたの音、汚れてるわ」プロASMR操縦士の襲来
整備ドックの入り口で、凛音が不機嫌そうに吐き捨てる。
「……何よ、あの成金趣味なキャリアーは」
白華と凛音のオンボロ工場の前に停まったのは、最新鋭の音響機材を積み込んだ、巨大な防音仕様のトランスポーターだ。車体には、大手エンタメ企業『ドリーム・エコー・エンターテインメント』のロゴ。
そこから降りてきたのは、数人の黒服の音響スタッフ。そして、中央でスポットライトを浴びるように立つ、一人の少女だった。
「……あなたが、湊白華?」
彼女——音無メロは、淡い桃色の髪を完璧な縦ロールにまとめ、お人形のようなドレスを纏っていた。その瞳は冷たく、白華のことを見定めるように細められる。
「えっ、あ、はい! 湊白華です。あの、挑戦状、ありがとうございます! 受けて立ちます!」
白華は緊張した様子でぺこりとお辞儀をする。対するメロはあからさまに溜息をつき、扇子で口元を隠した。
「……失望したわ。こんな素人に、私の『聖域』が荒らされていたなんて」
「……何ですって?」
隣でぼんやり話を聞いていた凛音の声が、途端に温度を失う。彼女は手に持っていたスパナを強く握りしめ、メロの前に立ちはだかった。
「ちょっと、あんた! 白華の配信を見てそんなこと言ってるの? 彼女の音が、どれだけのリスナーを元気づけていると思ってるわけ?」
「リスナーを元気づける? 笑わせないで」
メロは鼻で笑うと、背後のスタッフに合図を送った。
即座に展開される、プロ仕様のホログラムモニター。そこに映し出されたのは、前回の白華の戦闘シーン——の音響解析データだった。
「見てみなさい。あなたの音には、雑音が多すぎるわ。機体の軋み、不必要な呼吸の乱れ、そして……何よりこの、幼馴染とかいうメカニックの『情念』が混じった、濁った周波数」
メロは扇子で、モニター上のノイズをピシャリと指し示した。
「私たちが提供しているのは、計算され尽くした究極の『悦楽』。バイタル一つ、吐息一つに至るまで、プロの調律師が磨き上げたダイヤモンドのような音よ」
彼女が一歩、白華に近づく。ふわりと、人工的な花の香りがした。
「あなたの音は、ただの放送事故。偶然の産物でしかないわ。……はっきり言って、汚れているのよ。そんな汚物でリスナーの耳を汚すのは、パワードスーツASMR界隈に対する冒涜だと思わないかしら?」
「……っ!」
白華が言い返せずにいると、凛音の肩が怒りで激しく震え始めた。
「汚物……? 白華の、あの懸命な音が……汚物だって言うの?」
「ええ。プロから見ればね。……一週間後、第十六区画の『深層ホール』で、合同配信を行いましょう。どちらの音が本物か、リスナーの『脳波測定値』で決着をつけるの」
メロは冷たく言い放つと、優雅に背を向けた。
「負けた方は、二度と戦闘ASMR配信をしないこと。……せいぜい、その型落ちの鉄屑と一緒に、静かに眠っていなさいな」
嵐のように去っていくトランスポーター。あとに残されたのは、重苦しい静寂と、かつてないほど『冷たい炎』を瞳に宿した凛音だった。
「……白華。……聞こえた?」
「凛音ちゃん……?」
「私もこの喧嘩、買ってやるわ。あんな……配信を『商品』としか思ってないような女に、あんたの一生懸命な生き様が負けるはずない。……絶対、見返してやる。私の全技術を注ぎ込んで、あいつの鼻っ柱を叩き折ってやるわ!!」
凛音の手が、白華の肩を強く掴む。その手は震えていたが、そこには借金取りを追い返した時以上の、凄まじい愛と執念がこもっていた。
【ネット掲示板:白華 VS メロ 頂上決戦スレ】
1: 名無しさん
マジかよ! プロASMR操縦士の音無メロが、白華ちゃんに宣戦布告!?
2: 名無しさん
白華ちゃんの「天然音響配信」は確かにすごいけど、メロの音は完璧だからなぁ。
3: 名無しさん
メロの背後には超一流のミキサーチームがついてるしな。
ガチの音響勝負になったら、素人整備のガーデニアじゃ勝ち目ないだろ。
4: 名無しさん
俺は白華ちゃんのあのひたむきに頑張る姿勢を信じてるぞ……。
5: 名無しさん
>>4 精神論じゃねーかwww
「……白華。特訓よ!」
凛音は、もはや白華の返事を待たずに、ガーデニアのハッチを力ずくで開いた。
「残り一週間、一秒も寝ようと思わないで。あんたの音を、あんな女が二度と汚物なんて呼べないくらいの、『神の音』に変えてあげるんだから……!」
「凛音ちゃん、なんか私よりやる気になってない……? あ、あはは……。私も頑張る、ね……」
プロの洗礼。そして、これまでにない『音』のプライドを賭けた戦い。白華の日常は、さらなる混乱と、そして凛音の加速する愛の中へと飲み込まれていった。




