第10話:【激闘】VS 騒音の破壊者
白華はガーデニアのコックピット内で、自分の肩を抱くように身を縮めた。
「……うぅ、凛音ちゃん。やっぱりこのパイロットスーツ、スースーする感じがして落ち着かないよ」
企業案件の新型パイロットスーツは、集音効率を追求した結果、主要なバイタル計測部位が半透明の極薄素材になっている。肌に吸い付くような感触は、動くたびに衣擦れの音をこれまでにない鮮明さで拾い上げ、白華の心音をダイレクトに配信へと流していた。
「……我慢しなさい。その『生体共鳴ファブリック』のおかげで、あんたの声は今、銀河一綺麗に聞こえてるんだから」
通信画面の凛音は、頬を赤くしながらも、必死にコンソールを叩いている。
【ライブ配信:白華の案件テスト中】
同接数:210,000人
『このパイロットスーツ、神すぎる……。白華ちゃんの肌の震えが伝わってくるようだ』
『音質が良すぎて、唾を飲み込む音まで聞こえるんだが……脳が溶ける』
『運営、今日は一段とノイズ除去が完璧だな。執念を感じるぞ』
だが、その平穏は突如として破られた。
遺跡の深部から、地響きと共に巨大な影が姿を現したのだ。それは全身をスピーカーと巨大なドリルで覆ったような、異形の鋼魔――『ノイズ・メーカー』。
「ギィィィィィィィィン!!」
敵が放ったのは、鼓膜を抉るような耳障りな高周波と、神経を逆撫でする重低音の嵐だった。
「――っ、あ、ああああっ……痛い、体が……痛いよぉっ!」
白華は悲鳴を上げてうずくまる。
新型パイロットスーツが仇となった。全身を覆う超高感度センサーが、敵の撒き散らすノイズを物理的な振動として拾い上げ、白華の肌に直接叩き込んでくる。
まるで、汚泥の中に素肌で放り込まれたような不快感。
『――警告。音響回路の過負荷を確認。配信データの汚染率、80%を突破』
「やめて……! せっかく凛音ちゃんが綺麗にしてくれたのに、こんなの……っ」
『うわぁぁぁぁ耳が死ぬ!!』
『ノイズ酷すぎ! 白華ちゃんの声が聞こえない!』
『最悪だ、至高のASMRが台無しだよ!』
通信ウィンドウから、冷徹な、けれど煮え繰りかえるような怒りを含んだ声が漏れた。
「……よくも。……よくもやってくれたわね」
凛音の声だ。彼女の瞳には、狂気にも似た『調律師』の執念が宿っていた。
「私の白華の音を……彼女がみんなに届けようとしている『純粋な鼓動』を、そんな汚いゴミで汚すなんて……万死に値するわ!!」
凛音の指が、光の速さでキーボードを駆け抜ける。
「エコー、全リソースを逆位相演算に回して! 敵の発する周波数を完全に解析、リアルタイムで打ち消すわ! ノイズキャンセリング・フィールド、最大展開!!」
『了解。マスター凛音の執念および情念を確認。演算限界を突破します』
「あっ、演算限界って意外と簡単に突破できるんだ! 自分でやっててビックリ」
次の瞬間、嵐のような騒音が、嘘のように消え去った。白華の周囲だけが、まるで真空の宇宙のように、静寂に包まれる。
「白華! 今よ! あんたの音で、その醜いノイズを粉砕しなさい!」
「……っ、うん! 凛音ちゃん、ありがとう!」
白華は機体を立ち上がらせ、右腕のパイルバンカーを構えた。
静寂の中、極薄のスーツ越しに響く、少女の『ドクン、ドクン』という力強い鼓動。そして、覚悟を決めた瞬間の、熱い吐息。彼女の発する音と、機体の駆動音だけが、水晶のように澄み渡って響く。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」
――ドォォォォォォォォォンッ!!
放たれた一撃。それは汚いノイズを全て掻き消すような、どこまでも高く、美しい打撃音だった。
敵が崩れ去る音さえも、今の白華には心地よいリズムに聞こえていた。
『――勝負あり。ノイズの消失を確認。配信の満足度、測定不能です』
――戦闘終了。
白華はふぅ、と長い吐息を漏らし、透けたスーツ越しに自分の胸元を押さえた。
「みんな、大丈夫だった? 耳、痛くなかったかな?」
『最高だった……最後に聞こえた一撃の音、一生忘れない』
『凛音様の執念の逆位相、マジで神懸かってたな』
『白華ちゃんの「いっけぇ!」で全てのストレスが消えたわ』
勝利の余韻に浸っていると、突如、配信画面に真っ赤な『挑戦状』の通知が割り込んだ。
「えっ……? コラボの申し込み?」
凛音が不審げにその通知を解析する。そこには、一人の女性パイロットのアイコンと、挑発的なメッセージが添えられていた。
『湊白華。あなたの「音」、聞かせてもらったわ。……でも、そんな甘っちょろい音じゃ、すぐに飽きられる。プロASMRパイロットである私が本物の「官能」というものを教えてあげるわ』
「……プロASMRパイロット!? この界隈、そんなのまでいるの!?」
凛音が呆れたような声を出す。
差出人の名は、音無メロ。企業所属のプロASMRパイロットであり、後に白華の最大のライバルとなる少女だった。
「何よ、こいつ……。こういう変な輩には関わらないのが一番よね」
「……凛音ちゃん。この喧嘩、買おう!」
凛音が振り向くと白華の目はいつになく真剣だった。
「白華、本気で言ってる……!? こんな奴の言うことなんて気にしなくても……!」
「私のことは別にどうでもいいんだ。でも、凛音ちゃんが支えてくれて、リスナーのみんなが喜んでくれた音をこんな風にバカにされるのは許せないよ……!」
本格的なバズりと、次なる戦いの予感。白華と凛音の『音』を巡る物語は、ここからさらに加速していくのだった。




