ギルドへの侵入
9話です。
ダンとマリはギルドに、登録できるのか?
ギルドの中は、昼間だというのに安酒と汗、そして下品な笑い声が充満していた。
使い古された革鎧を纏った男たちが、机を叩いて騒いでいる。
(こんな連中が、国の防衛を担う冒険者だと?)
呆れを通り越して、失笑が漏れそうになる。俺は視線を逸らし、一直線にカウンターを目指した。
だが、俺たちが歩を進めるたびに、周囲の空気が急速に冷えていく。
「……怖いよ、お兄ちゃん」
背後でマリが震え、服の裾を強く掴む。
ギルドの空気がピリつき、あちこちの視線がこちらに突き刺さる。俺を睨む、品のない眼差し。だが、俺はマリの背を軽く叩いてなだめる。
「大丈夫だ。ただの犬の吠え声だ」
その言葉が耳に入ったのか、一人の大男が机を蹴って立ち上がった。だが、俺がその瞳を冷たく射抜くと、男は鼻を鳴らして興味を失ったかのように酒を煽った。
俺はカウンターの前に立つ。
顔を上げた受付嬢は、俺とマリを見下ろすと、あからさまに鼻で笑った。
「何か用かしら? ……ここは子供が遊ぶ場所じゃないのよ。迷子なら外へ行きな」
口角の上がった、侮蔑を含んだ声。
俺は表情を変えず、淡々と告げる。
「冒険者登録をしたい」
「はぁ?」
受付嬢は大げさにため息をついた。
「冒険者登録にはギルド手数料として金貨三枚かかるの。……それに、年齢制限もあるしねぇ。あっちへ行きなさい」
……金貨三枚。
文官時代、俺が暗記したギルド法規では、登録料など存在しない。これは、足元を見たカモへの「搾取」だ。
「……俺は11歳だ。それに、登録料など制度にないはずだが?」
「だーかーらー、ガキには分かんないのよ。しっしっ」
俺の脳内で、何かが切れる音がした。
怒りではない。……もっと純粋で、底冷えするような『憤怒』だ。
俺が少しだけ、意識を解き放った。
悪魔の憤怒の殺気。
"ガタン"
店内の空気が物理的に歪んだ。
先ほどまで馬鹿騒ぎしていた冒険者たちが、一斉に立ち上がり、腰の剣に手をかける。彼らの顔からは笑みが消え、獣のような警戒心が浮かんでいた。
受付嬢は顔色を真っ青に染め、肩を小刻みに震わせている。
「す、すすすすみません……っ! 登録料、かかりません……っ!!」
震える手で登録用紙を差し出そうとした、その時だ。
カウンターの端から、重々しい足音が近づいてきた。
「兄ちゃん、それぐらいにしてくれねぇか」
その声の主は、カウンターの影からゆっくりと歩み寄ってきた。
無造作に伸びた髭、眼帯に隠された片目、そして無数の古傷が刻まれたその巨躯。周囲の冒険者たちが、蜘蛛の子を散らすように道を空ける。
このギルドの支配者――あるいは、頭領格か。
(……なるほど。他の連中とは、質が違う)
俺は内心でほくそ笑む。
他の冒険者たちが「怒り」で殺気を放つのに対し、この男は「静寂」を纏っている。獲物を前にした獣の呼吸だ。
俺の放った殺気を、この男だけは意に介さず、正面から受け止めていた。
「俺はギルドマスターのガロンだ。……お前、ただのガキじゃねぇな?」
ガロンと名乗った男は、俺の眼をじっと見据える。
俺はフッと口角を歪め、マリを庇うように一歩前へ出た。
「11歳と9歳のただの子供だ。……あんたの部下たちが、不当に金を巻き上げようとしたから、少し注意しただけだ」
「注意? 殺すような目でか?」
ガロンは豪快に笑った。
だが、その眼には笑いなどない。俺がどれほどの『格』を持っているか、値踏みするような視線だ。
「……面白い。お前には強烈な怒りを感じる」
図星だ。俺はあえて、何も答えない。
沈黙で、俺の「回答」とする。
ガロンは満足げに頷くと、怯え切った受付嬢を睨みつけた。
「おい、嬢ちゃん。この子供たちに、登録料などいらん。今すぐ手続きしてやれ」
「で、ですが、女の子は……っ!」
「あぁん? 俺の言葉が聞こえねぇのか」
ガロンの低い声に、受付嬢は悲鳴を上げて登録書類を書き始めた。
事態は一転した。俺が望んだ通りに。
俺はガロンの方を向き、短く礼を告げる。
「……借り、にしておく」
「借り? 礼を言われる筋合いはねぇよ。……ただ、お前のような『異物』がこのギルドに入れば、面白くなりそうだからな」
ガロンは背を向け、去り際につぶやいた。
「せいぜい、俺たちを退屈させるなよ、兄ちゃん」
背中越しに感じるガロンの視線。
俺はマリの手を引き、ギルドの奥へと歩き出す。
(……悪くない)
敵か味方か。それはどうでもいい。
ただ、復讐のための『足掛かり』が、今、確実なものとなった。
俺はマリを見下ろす。
これからこの場所が、俺の『駒』を磨くための最高の戦場になる。
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