偽りの箱庭
ご拝読ありがとうございます。
本作品は、最愛の裏切りから始まる、ドロドロとした愛憎と復讐の物語です。
※一部、精神的に辛い描写(NTR・残虐描写等)が含まれます。
復讐の果てに何が待っているのか――主人公の行く末を、最後まで見届けていただければ幸いです。
「……良かった! お兄ちゃん! 死んじゃったかと思った。うぇぇぇぇん!」
視界がぼやけている。
耳元で、か細く、しかし耳障りなほどに震える泣き声が響いていた。
……重い。身体が酷く重い。泥と草の匂い。そして、鼻を突くような安っぽい洗剤の香り。
俺はゆっくりと瞼を持ち上げる。
視界に入ってきたのは、煤けた天井と、涙でぐしゃぐしゃになった子供の顔だった。
「俺は……どうなったんだ?」
自分の声が、異様に高く、頼りないことに驚く。
言葉の響きに、前世の威厳など欠片もない。
「お兄ちゃん……っ! 私の帽子を取ろうとして、高い木から落ちたんだよ! ずっと動かないから、怖くて……うぅ、良かったぁ……っ!」
少女は俺の胸に顔を埋め、わんわんと泣き叫ぶ。
……木から落ちた? 帽子を取るためだと?
俺は、彼女を突き放すことも、抱きしめることもできなかった。
ただ、この小さな心臓が、自分の感情とは無関係に早鐘を打っているのが分かる。
(これが……俺の新しい「器」か)
記憶を辿る。この身体は、貧困層の子供だ。
家族のために働き、無謀なことをして死にかけていた。そこに俺の魂がねじ込まれた。
少女が俺の服を握りしめる。その温もりが、今の俺には酷く冷たく感じられた。
かつて俺が愛した妻も、こんな風に無垢な瞳で笑っていた。あの優しさが、嘘と裏切りに変わった時の絶望を、俺はまだ忘れていない。
(……温もりなど、ただの錯覚だ)
俺は無意識に右手を握りしめる。そこにはもちろん『悪魔の憤怒』のスキルが潜んでいる。この小さな身体であっても、本気になればこの少女の首を折るなど容易いことだ。
――やめろ。
脳内で警鐘が鳴る。
ここで殺してどうする。ここで感情を露わにして何になる。
俺の復讐は、王城にいるあの女を、社会的に、精神的に、物理的に解体することだ。こんな名もなき泥の中にいる子供を傷つけて、何の慰みになる?
俺は冷徹に状況を判断する。
この「妹」という存在は、今の俺にとって王都で生き抜くための「仮面」だ。
家族という共同体は、社会的な信用を得るために必要不可欠な要素に過ぎない。
俺は、引き攣った笑顔を浮かべ、震える手で彼女の頭を撫でた。
「……すまなかった。心配をかけたな」
俺の演技に、少女は安堵したように泣き笑いを浮かべる。
その顔を見て、俺は心の奥底で舌打ちをした。
俺は生きている。
だが、この生は俺のものではない。復讐という名の、長い長い舞台の始まりに過ぎないのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この冷徹な男が、妹の無垢な情愛にどう対峙していくのか、あるいはどう利用していくのか。泥沼の復讐劇の裏で、小さな亀裂が生まれ始めています。
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