理外の足音(リリアナ視点)
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ガレリア王城。白亜の石材で築かれたその城郭は、夕闇の中で不気味なほど白く浮き上がっていた。
かつてカイラスが文官を務めたその場所は、今や王国の守護者たる騎士団の本拠地だ。
騎士団長室。
重厚な執務机に向かい、一心不乱にペンを走らせる女がいた。
リリアナ。
磨き抜かれた白銀の鎧を傍らに置き、軍服姿で書類を捌くその横顔は、かつての「聖女」のような微笑みなど微塵も感じさせない、冷徹な指揮官のそれだった。
コン、コン。
静寂を破るノックの音に、リリアナは視線を上げることなく短く応えた。
「入れ」
入室してきたのは、副団長のロイだ。彼は入り口で足を止め、規律正しく敬礼を捧げる。
「団長、失礼いたします。明日の予定について、ギルドより連絡が入りました」
「国境への人員移動の件か? それなら既に――」
「いえ、入城許可の件です。明日より、騎士団の鎧および備品のメンテナンスのため、町の職人たちが城内に入ります」
「……職人の、入城?」
リリアナの手が、ピタリと止まった。
彼女はゆっくりと顔を上げ、ロイの顔を無機質な瞳で捉える。
「ええ。国境付近の警備増強に伴い、城内の技師だけでは手が足りないとの判断です。ギルドが推薦する腕利きの職人とのことですが」
「…………」
リリアナは答えない。
ただ、その胸の内に、ざらりとした正体不明の違和感が走った。
それは喉の奥に冷たい刃を突き立てられたような、あるいは、暗闇の底から見えない何かに凝視されているような、薄気味悪い感覚。
彼女はふと、窓の外に広がる暮れなずむ空を見やった。
かつて、自分がその首を刎ねた男。その血を吸った大地。
死んだ人間が戻ってくることなど、この世界の理においてあり得ない。 幽霊も、奇跡も、死者が蘇るおとぎ話も、この合理的な強者の世界には存在しないのだ。
だからこそ、この胸騒ぎの正体が掴めない。
死んだはずの男を思い出すこと自体が、彼女にとっては「有り得ない思考のバグ」でしかなかった。
「団長、いかがなさいましたか?」
ロイの声に、リリアナはハッと意識を引き戻した。
彼女は一つ、深い呼吸を置くと、その違和感を「連日の激務による神経の昂ぶり」として強引に思考の隅へ追いやった。
「……何でもないわ。ただ、この時期に外部の人間を入れるのは、少しばかり不用心だと思っただけよ。……わかったわ、通しなさい。騎士団の『綻び』は、早めに直しておかなければならないものね」
「はっ! 了解いたしました!」
ロイが退室し、再び部屋に静寂が訪れる。
リリアナは再びペンを手に取ったが、先ほどまでのような集中力は戻らなかった。
どうしても、あの憎き(愛した)男の顔が脳裏に浮かぶ。
(……馬鹿げてるわ。あんな鉄屑のような男、死体すら残っていないはずなのに)
彼女は自分に言い聞かせ、無理やり歪な笑みを浮かべた。
「死んだ人間は、二度と現れない」。その絶対的な常識が、彼女の目を曇らせる。
その職人の中に、理を飛び越えて戻ってきた「死者」が紛れ込んでいることなど、想像する余地すら持たぬまま。
復讐の刃が、静かに、確実に、その首筋へと近づいていた。
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