魔の抱擁
ご拝読ありがとうございます。
本作品は、最愛の裏切りから始まる、ドロドロとした愛憎と復讐の物語です。
※一部、精神的に辛い描写(NTR・残虐描写等)が含まれます。
復讐の果てに何が待っているのか――主人公の行く末を、最後まで見届けていただければ幸いです。
呼吸が荒い。喉の奥に鉄錆の味がする。
リリアナ・ヴァレリウスは膝をつき、震える指で泥濘を掴んだ。
視界が血の色に染まっている。周囲を見渡せば、さっきまで鬨の声を上げていた部下たちが、今はただの肉塊となって屍の山を築いていた。
「……何なんだ、これは。どうして……」
騎士団長としての誇りも、最強の剣士という自負も、この凄惨な光景の前では無力だった。
戦場に不似合いな、鈴を転がすような笑い声が響いたのは、その時だ。
「おっと、美しいお嬢さんが生きていましたか」
リリアナが反射的に顔を上げる。
戦場などという汚れた場所には到底似つかわしくない、美丈夫な男が立っていた。優雅な貴族の装束を纏い、人間離れした整った顔立ちをした魔族。
圧倒的な“格の違い”に、リリアナの全身から冷や汗が噴き出した。
「ふふ、これは殺すには惜しい」
男は優雅な所作でリリアナの顎を掴み、その瞳を覗き込んだ。リリアナが抵抗しようと剣に手をかけるが、男の指先が額に触れた瞬間、彼女の神経が焼け焦げるような激痛が走った。
「あ、あああぁぁぁああ!」
黒い泥のような魔力が、血管を伝い、脳髄を侵食していく。
かつてカイラスと交わした抱擁の記憶、城での穏やかな日々、愛した男の名前……。すべてがどす黒い憎悪と服従心に塗り替えられていく。
「さあ、刻んでやろう。君の魂に、死ぬ時まで解けることのない“忌避の楔”をね」
男の言葉は、絶対的な命令として彼女の精神に焼き付いた。
リリアナの瞳から光が失われ、深淵のような黒に染まる。
「……承知しました」
彼女の口から出たのは、もはや騎士の言葉ではなかった。
「まずは、私の……一番の“獲物”から、壊せばいいのですね?」
◇
夕暮れのレガリア王国の城下町。
カイラス・ヴェインは、食卓に並べられた料理を眺めながら、満足げに微笑んでいた。
リリアナの好物、温かいスープと焼き立てのパン。彼女が帰ってきたら、この疲れた顔を癒してやろう。文官として、ただ彼女の帰りを待つことしかできない男の、せめてもの愛の形だ。
不意に、玄関のドアが乱暴に開かれた。
「お帰り、リリアナ! 待ってたよ」
カイラスは満面の笑みで立ち上がった。
しかし、その笑顔は、次の瞬間、凍りついた。
そこに立っていたのは、戦場から戻ったはずの英雄ではない。
鎧に返り血を浴び、虚ろな瞳でただ「何か」を見つめる、冷酷な人形だった。
「……リリアナ? その血は……どうしたんだ」
カイラスが恐る恐る手を伸ばす。
その瞬間、リリアナの細い指が、カイラスの首を掴んだ。
騎士団長としての圧倒的な腕力。文官であるカイラスには、防ぐ術などなかった。
「あ……が……っ」
彼女の手は冷たく、そして何の躊躇いもない。
リリアナは、かつて愛した夫の顔を、まるで死体でも見るかのような無機質な眼差しで見つめていた。
「ただいま、カイラス・ヴェイン」
その声はあまりに冷たく、そして死の臭いがした。
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