修羅妹
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マリが先陣を切る。
彼女は兄から教わった「死角」を突き、懐に飛び込む。けれど、機巧人形が予期せぬ変則的な軌道で腕を振り回した。
――ドォォン!!
空気を裂く重い打撃音が響き、マリの小さな体が吹き飛ぶ。壁に叩きつけられ、ガラガラと瓦礫が崩れる音が静寂の中に響いた。
「……まぁ、仕方ないな。あれは強敵だ。パターンに修正が入ったか」
ダンは淡々と呟き、前へ出る。
文官の頭脳を持つ彼にとって、目の前の敵は「倒すべき脅威」というよりは「修正すべきバグ」に過ぎない。彼が右手を上げ、敵の制御コアを狙いすましたその時。
「――待って!!」
瓦礫の山から、その声が響いた。
額から鮮血を流し、白目を剥きかけた少女が、それでも強引に立ち上がる。
マリだ。彼女はふらつく足で立ち、右手を槍のように突き出して、兄を制した。
「……お兄ちゃんは、下がってて。……そいつは、私が殺る!」
その瞳には、痛みも、恐怖も、そして妹としての甘えもなかった。
ただ、自分を吹き飛ばした強者に対する「獲物」としての欲望と、兄に邪魔させまいとする冷徹な独占欲だけが宿っていた。
ダンは、一瞬だけ妹の瞳を覗き込み、そして口元に薄い笑みを浮かべた。
「――左だ。三歩目の後、駆動音が0.5秒遅れる。稼働部を狙え!」
「……うん!」
兄の言葉は、完璧な道しるべだ。妹にとっては、神の啓示にも等しい。
マリは血の混じった唾を吐き捨て、死にかけの肉体を鞭打って地面を蹴った。
機巧人形が巨大な腕を振り回す。通常なら回避に専念するタイミング。だが、マリはあえて突っ込んだ。
ザクッ――!!
鈍い音が洞窟に響く。ダンが見抜いた「遅延」。その一瞬の隙間に、マリのナイフが腰の稼働部に深々と突き刺さった。
火花が散り、人形が断末魔のような軋みを上げて崩れ落ちる。
マリは冷たい機械の死体を踏みつけ、息を荒くしながらダンを振り返った。額から流れる血が目に入り、片目を赤く染めている。
「……殺ったよ。お兄ちゃん」
心臓が、わずかに跳ねた。
今の動き、俺の教えた『パターン』を……あの子は完全に逸脱していた。
(なんだ、こいつは……)
一瞬、背筋に冷たいものが走る。俺と同じ魂の重さを持っているのか? それとも、俺の知らない何かがこの体に宿っているのか?
だが、その疑念を思考の奥底へねじ込む。今はまだ、それを解明する時じゃない。 「あ、ああ。悪くない、マリ」
その言葉は、どんな褒め言葉よりも甘く、マリの渇いた心を潤す。
ダンはそのまま、汚れた彼女の頭をポンと軽く叩いた。
「怪我は、それだけか?」
「……うん。これくらい、すぐ治るよ」
マリは照れくさそうに、でも最高に嬉しそうに目を細めた。
地獄のような遺跡の中。
死と隣り合わせの殺伐とした空間で、二人の間には、世界で唯一の、温かい空気が流れていた。
兄さえいれば、どんな地獄だって平気。
マリは血に汚れた手を服で拭い、平然と次の獲物を探し始める。その横顔は、先ほどまでの修羅から、健気な妹へと戻っていた。
ダンはその後ろ姿を見つめ、静かに歩き出す。
復讐が終わるその日まで。俺たちは二人で、この地獄を歩き抜く。
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