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安息なき憤怒

いつも読んでいただきありがとうございます!

少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。


 ギルドの重い扉を開けた瞬間、俺たちを包んだのは祝杯の喧騒ではなく、水を打ったような沈黙だった。

 視界の端で、多くの冒険者たちが息を呑む。彼らの視線は、俺とマリの背負う戦利品、そして血に汚れた装備に釘付けになっていた。

「おい、冗談だろ……? その魔物、まさか『黒霧の巣窟』の首領じゃねぇだろうな!」

 顔面に痛々しい一文字の傷跡を持つ男が、引きつった笑みを浮かべて叫んだ。

「誰が攻略したんだよ! あそこは過去十年間、誰も生きて戻れねぇんだぞ!」

「どうやったんだ? 魔法か? それとも隠し通路でも見つけたのか?」

 騒ぎ立てる冒険者たちの人垣をかき分けて、ギルドマスターのガロンが現れた。だが、彼が俺たちに視線を向けた瞬間、その顔から余裕が完全に消え去った。

(……なんだ、この二人)

 ガロンの視線がマリに止まり、硬直する。彼の脳裏に焼き付いていたのは、ほんの数日前まで見せていた『年相応の可憐な少女』の姿だった。強くなった訳ではない――だが今、目の前に立つマリの顔つきはどうだ。あの頃の面影は微塵もない。張り詰めた緊張感、虚空を切り裂くような冷徹な瞳。

 ――この数日間で、一体何があった?

 さらに背後、受付カウンターのローナに至っては、すでに限界を迎えていた。二人の全身から立ち昇る、濃密で悍ましい殺気に当てられ、声も出せずにその場へへたり込み、ただガタガタと震えることしかできない。

 ガロンは喉を鳴らし、獲物を眺めるのではなく、深淵を覗き込むような怯えをその瞳に湛えた。

(化け物だ)

 ガロンの内心は戦慄で塗りつぶされていた。

 (目の前の子供たちは、確かに十年程度の時間を生きただけの小さな肉体をしている。だが、彼らが纏うのは歴戦の猛者さえ鼻で笑うような、淀んだ死の臭いだ。この冷徹な目、一切の迷いがない殺気。……俺は、取り返しのつかないものを見てしまっているのではないか?)

 ガロンの額には、冷や汗が浮かんでいた。俺は淡々と依頼達成の証をカウンターに叩きつけ、報酬を要求する。その事務的な態度が、彼らの恐怖をより深めたようだった。

 依頼達成の金貨を受け取り、俺たちは安宿の扉を叩いた。

 マリは無言で隣のベッドに潜り込む。俺も服を脱ぎ捨て、泥のように眠りに落ちた。

 ――そして、地獄が始まる。

 夢の中で、俺はリリアナと笑い合っていた。

 陽光が差し込む穏やかな城の一室。彼女の髪の香りが鼻孔をくすぐる。かつて、俺がすべてを懸けて守ろうとした、愛おしい日常。

 だが、唐突に色彩が反転する。

 扉が開かれ、そこには悍ましい魔族の姿があった。

 リリアナは俺を背に隠すのではなく、その魔族に身を委ね、甘く喘ぎ、淫らな光を宿した瞳で俺を見下ろした。彼女の肌を這う魔族の異形の手。俺の魂を、精神を、物理的に噛みちぎるような屈辱と背信。

 夢の中の彼女は、俺を嘲笑っていた。

「カイラス、あなたは何も分かっていなかったのね」

 そう囁いた直後、俺の視界が激しく回転する。

 冷たい鋼の感触。噴き出す鮮血。自分の首が、無様に床を転がる光景。

「ああああぁぁぁぁッ!!」

 絶叫と共に、俺は跳ね起きた。

 全身が脂汗でびっしょりと濡れている。心臓が胸を突き破らんばかりに鼓動を刻み、耳元では自分の荒い呼吸だけが響く。暗闇の中、俺は震える手で自分の喉元を押さえた。まだ、感覚が残っている。あの日、愛した女に裏切られ、魔族の手で蹂躙され、最後に断頭台の露と消えた、あの惨めな死の感覚が。

 俺は枕元に隠していた短剣を握りしめた。

 薄暗い部屋の中で、殺意が鎌首をもたげる。

 マリが眠る隣のベッドを見つめる。彼女は何も知らない。だが、俺は知っている。

 俺が今、何のために生きているのか。

 俺が今、この忌々しい子供の身体を維持しているのは、成長のためではない。復讐という名の毒を、一滴残らず完成させるためだ。

(忘れるわけがない)

 リリアナへの愛憎も、魔族の嘲笑も、己の首が落ちた時の冷たさも、何一つ忘れてはいない。

 この身を蝕む『悪魔の憤怒』は、一日たりとも休むことなく、俺の心臓を燃やし続けている。

(待っていろ、リリアナ。待っていろ、ゼノス。俺が貴様らを地獄の底へ突き落とすその日まで、俺のこの復讐心は、決して、死ぬことはない)

 俺は口角を吊り上げ、暗闇に向かって、誰にも聞こえない声で呪詛を吐いた。

 殺してやる。あの二匹を、この手で八つ裂きにして、その魂を泥に沈めてやる。

 復讐こそが、俺の呼吸であり、鼓動であり、存在意義そのものなのだから。


ここまで読んでいただきありがとうございました!

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