8話「ピーターパン」
「……あのさぁ、あんなヤツと仲良くする必要なくね?」
「あんなヤツってだーれ?!」
「イサのことじゃないかな」
「そんな名前だったっけ、あの黒っぽい髪の」
「今朝助けてくれたピーターパンの中で、黒髪なのは彼だけだね」
ヒツジが不思議そうに、身体ごと首を傾げた。彼のベッドに座っている兄さんが苦笑する。
消灯前。ベッドに寝転がって日中の出来事を思い出す。嵐のような一瞬だった。思い出すだけでまだ胸がざわついてモヤモヤする。
フック一味はまだ良い。やってる事は全然良くないけれど。
彼は私たちを誘拐しようとする、天使たちの共通の敵。ゼロと因縁があるらしい。
私たちの誘拐も、ゼロへの嫌がらせ、自分たちの仲間に引き入れるつもり……どれも想像の範疇だが、まだ動機として納得出来る。何にせよクソだけど。
問題は『ピーターパン』とイサとかいう少年だ。
兄さんの首筋の傷を、ガーゼが覆っている。アイツの日中の言動にどうしても腹が立った。
あの後、ムツもミヤも、何も出来なかった天使たちを責めなかった。
フック車掌は定期的に襲来するらしい。隙を見て天使を誘拐するかもしれない。自分たちの反撃や魔法に巻き込む可能性もある。
天使たちは、寧ろ一箇所にじっとしていてくれた方が助かると言われた。
「フック車掌がやってる事は誘拐だ。絶対に着いていっちゃダメ、というルールもあるよ。一応ね」
「ついて行かねーよ、あんな変なオッサン」
「だよね。……時々勇敢な子が、立ち向かおうとするんだ。これまでに5人誘拐されてる……でも、誰も戻ってきていない」
「……本当に天使たちを攫いにきてるんだね、あの……ちょっとふざけたノリで」
「そそ、フツーに建物もなんでもぶっ壊して暴れ回るサイテーなヤツらなんだよ!」
「過去に誘拐という実害も出てるからね。フック車掌たちが襲ってきたら、とにかく自分の身を守ること。ゼロやピーターパン達からも、口酸っぱくそう言われてる」
正味、オッサンの話はもうどうでも良かった。私はさっきの苛立ちと疑問が収まらない。
ずっと気になっていたのだ。
「そのピーターパンって何?」
私の問いに、2人が顔を見合わせる。
沈黙が訪れた。何だ、変なこと聞いたか?
「……俺、言ってなかったっけ?」
「一番大切なことだろう、まったく……世話が焼けるなぁ」
「うっっわー! まじゴメン!」
ヒツジは両手をスパンと合わせて頭を下げる。私はベッドを弾ませて起き上がり、兄さんを見上げた。
彼は丁寧な口振りで説明し始める。
「黒い制服の天使が混ざっていたのは覚えてるね。彼らがピーターパン。天使の中でも特別な存在なんだ」
「どの辺が特別なの?」
「まず一つ、パパの直属の部下だよ。ピーターパンは、パパから与えられた役割を担っている。その役割は人によって異なる」
「ミヤとムツも?」
「ああ。ミヤは僕らの体調管理全般。ムツは僕らの食事全般。イサはあんまり見かけないけど、見る限りだとパトロールや問題事の対処かな。フック車掌に関しては、近くにいるピーターパン複数で対処してるよ」
「問題事って? フック車掌以外にもあるの?」
「天使たちが大きな夢を創り過ぎちゃったりした時なんかに、ちょっとね。発作みたいなものだよ」
「発作……」
「魔法の力を使う時に、たまーにあるんだよ! 魔法の力が暴走しちゃうことが!! 迫力あって怖いぜ!」
発作についてはあまり想像がつかなかった。役割は、職業のようなものだろうか。
私たちの生活を支えてくれる存在がピーターパンという事なのだろう。
なるほど、制服の色が異なる方が探し出しやすい。
「ピーターパンは俺たちと違って、妖精を従えてるんだ〜!」
妖精。
今まで聞いた単語の中で一番ファンタジーなものが出てきた。そういえば、イサの拳銃やナイフが、最後に小さな羽根の生えた女性に姿を変えていた。恐らくあれが妖精なのだろう。
「妖精がこの世界の魔法の源なんだって。だから普通の天使より、ずっと強力な魔法が使える!」
「あー……今日すごかったもんね。炎とか拳銃とか、羽根とか?」
「そそ! 天使の中でも武器を創り出せるのはピーターパンだけなんだ。だから、特別!」
「へえ……ピーターパンってのは、どうやったらなれるの?」
「え、え、モカも興味ある!? 実は俺もなんだよね! 生まれ変わるより、ピーターパンになりたいんだよなぁ〜!」
ヒツジがばっとベッドに立ち上がる。ただのボールペンを掲げて、雑に空を切っていた。子どもみたいだ。いや、子どもか。
「カッコいいじゃん!? 悪いヤツをやっつけるヒーローだよ!」
「ピーターパンになれる子は一握りだよ。生まれ変わりが決まった日に、妖精と適合出来たらピーターパンになれるんだ」
「そうなの?」
「うん、適合できない子がほとんど。みんな新しい親元に生まれ変わるために、現世に行ってしまうよ」
「じゃあピーターパンって少ないんだ」
「そうだね、8人しかいない」
まだ3人しか見ていない。
他のピーターパンはどんな人たちなんだろう。
……にしても、少人数精鋭で特別ねぇ。
「だからイサってヤツはあんなに偉そうなの?」
「……うーん……僕が出会った時から、ずっとあんな感じだよ。他の子たちとは極力話さない、特に僕とヒツジのことは毛嫌いしてる。他のピーターパンはあんなじゃないよ」
何もした覚えがないのになぁ、と兄さんは眉を顰めた。立ち上がり自分のベッドに向かって行く。
それを合図のように、他の子たちがわらわらと寝室に入ってきた。消灯時間が近いらしい。
「ヒツジ、寝るよ」
「せいっ! やぁ! ほっ……あっ、もうそんな時間?」
「そんな時間。今夜は静かにしてね」
「わかってるて!」
絶対分かってない。彼は毎晩うるさいくせに、気付いたら寝てるのだ。
ヒツジが布団に潜り込むのを見て、私も布団を被る。就寝の点呼のあと、ランプの灯りが消えた。
暗闇の中、ヒツジの声が囁いてくる。
「ピーターパン、カッコいいよなぁ。モカもそう思うでしょ?」
「んー……カッコいいけど、イサって人は苦手」
「そう? 俺は嫌いじゃねえよ! 怖いから苦手だけど!」
「苦手なら今日みたいに、無理に話しかけるのやめたら?」
「うーん……前に、俺の魔法の暴走を止めてくれたんだよね」
暗闇に視界が慣れる。
暗がりの中で、彼の瞳はきらきらと輝いて見えた。まるで夜空に一等星を見つけたように。
「それがカッコよかったんだ。だから俺はピーターパンになりたい。それにさ!」
煌めいた瞳は私を見て、照れ臭そうに無邪気に笑った。
「何かあった時、俺がモカを守れるじゃん!」
「……ああ、そう」
……どうにも調子が狂う。灯りが消えていて良かった。頬に熱が集まるのが分かる。
あまりにもいつも正面から好意を伝えられるもんだから、ふとした瞬間思い出す。そういえば、この子って自称私の前世の恋人だった。
「俺の未来のお嫁さん予定なんだし!」
「……今日、イサから庇ってくれた時、ちょっとカッコよかったよ」
「えっ、何か言っ」
「静かにしな!! 寝なさいッ!!」
私の小さな呟きは、ムツの怒鳴り声に掻き消された。




