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7話「ピーターパン参上」

「そこのガキ! 見たことねえツラだなァ!」


 やばい。

 出会って数秒、目が合ってしまった。自慢じゃないが私は体力もなければ魔法も使えない。

 もう一発銃弾を空へ撃ち上げ、フック車掌は振り返り指揮を取る。


「かかれぇい野郎ども! 新参のガキ諸共、全員縛り上げろ!!」

「イェッサー!」


 ノリが海賊だ。こいつら絶対元海賊だ。

 銀色に光るナイフやサーベルを構えた駅員達が、合図に合わせて飛び掛かってくる。子どもたちは身を寄せ合い縮まって動こうとしない。私も怯んで咄嗟に動けない。

 終わりだ、そう思った瞬間。


 パチン、と指を弾く音がした。


「ウェルダンで!」


 その頭上で、割烹着と黒いセーラー服姿の少女が黒い翼を広げ浮いていた。ムツだ。

 地面から熱風と赤い柱が立ち上る。炎の壁が、円を描くように私たちを取り囲む。


「あ゛ぁあ!!」

「あ゛ぁあぢぃ!!」

「ひぇえ!!」


 壁の向こうで野太い悲鳴が次々と上がる。襲い掛かる駅員が炎に触れたようだ。気付いた時には、”それ”は始まっていた。

 先程よりも鋭い破裂音が、数発空から降り注ぐ。

 思わず見上げた先。翼を広げた少年が宙を舞っていた。

 拳銃を片手に、躊躇なくフック車掌へ銃口を向ける。──引き金を弾いた。

 炎の壁が一瞬にして、光の粒のように弾ける。


 フック車掌は、どろりとした粘性の高い黒い液体を、胸元から滴らせていた。


「ひ、ヒィーー!! 俺様の血がァァ!! 血だけはやめてくれぇえ!!」

「あは、仕事増やすなよぉ、雑魚おじさん♡」


 絶望感に満ちたフック車掌の絶叫が辺りに反響する。手元からは猟銃が滑り落ちた。

 その瞬間、ミヤが、翼を広げて滑空しココを掻っ攫っていく。こんな場面なのに、馬鹿にしたようにけらけらと笑っていた。

 ココは泣きじゃくりながら、ミヤの黒いセーラー服にしがみついていた。


「失せろ。この世界の秩序を乱すなら──死ね」


 低い獣のような唸り声。

 その声の正体は、拳銃を構えたままふわりと地上に着地する。

 黒い翼と黒いセーラー服に身を包む彼は、ダークブルーの短い跳ねたウルフカットを揺らす。

 冷や汗を垂れ流しガタガタと震えるフック車掌に向かって、周囲の駅員服の男は次々に叫びを上げる。


「フック車掌が出血しちまったら終わりだぁあ!」

「もう帰りましょう!」

「ピーターパンなんかと戦ってたら、心臓が幾つあっても足りねえ!」


 胸元からどす黒い体液を流すフック車掌に肩を貸して、次々と背を向けて走り出していく。


「覚えてろォ、ピーターパン!!」


 おっさんの情けない涙声が聞こえてきた。

 そんなに安易に背中なんて見せたら返り討ちに、と思ったが。それ以上、空を飛ぶ黒いセーラー服の少年少女たちは、何もしなかった。


「怖かったよぉ、連れていかれちゃうかと思ったぁ……」

「よーしよし……怖くないからねぇ、だいじょーぶ」


 腕の中であやすように抱き締めたあと、ココは地上に下される。私たちのもとに駆け寄ってきた小さな少女を、私は力いっぱい抱き締めた。


「ココ! ごめんね、怖かったよね……! 何もしてあげられなくてごめん!」

「怖かったよぉ、モカちゃん……うう……うわぁぁぁん」


 大きな声を上げて泣き出す彼女をみんなが取り囲む。慰めの言葉や反対に揶揄の言葉が飛び交いながらも、皆が仲間の無事を喜んでいた。

 安心するのも束の間、鋭い舌打ちが響く。


「チッ……」


 先ほど拳銃を発砲した少年のものだった。

 彼の手元の拳銃は光の粒子を小さく散らしながら、サバイバルナイフへと姿を変えていく。


 私の傍らでココの無事を喜んでいた2人の少年が、その舌打ちに身を固くしていた。


「……あの、あのね、俺らを助けてくれて……ありがとう、イサ」


 ヒツジは怯えたような顔色を浮かべる。それでも彼は懸命に、イサと呼ばれた少年に上擦った声で称賛の言葉を贈っていた。


「その名前で呼ぶな」

「ご、ごめん! でも俺、本当に! ピーターパンはカッコいいと思ってて……」

「そうか、あの場で一歩も動けないテメェには適正ゼロだな」

「…………そ、そうだよね! あはは、ごめんね! 俺って臆病だからさぁ……」

「イサ! そんな言い方ないだろう、僕ら天使はあんな大人たちに太刀打ちできないって知ってるくせに──……」


 顔を顰めていた兄さんが声を上げる。ヒツジとイサの間に割って入り、庇おうとしていた。

 瞬間。

 イサが容赦無く腕を振り上げる。白銀の鋭いナイフの切先が、兄さんの首筋を掠めた。彼の白い首筋から、細い切り傷が刻まれる。傷口からは、筋のような細い鮮血が溢れ出した。


「兄さん……!」

「……これは、何のつもりかな」


 兄さんが目を見開いて息を飲む。静かにため息をついて、動揺を隠して言葉を絞り出す。


「人語を喋るフリするな、人間以下のクズ野郎。家族ごっこも大概にしろ、気持ち悪ぃんだよ」


 嘲りに満ちた邪悪な笑い声が耳に届いた。兄さんの顔が痛みに歪む。視界の端で、首筋から伝い落ちる赤が踊る。


「……やめろよ!!」


 目の前がカッと赤くなる。

 我慢ならなかった。私は言葉と勢いに任せて、彼を突き飛ばす。

 さっきココが捕らわれた時、親しい家族を前に動けなかった自分が嫌だった。コイツの言葉は正論だ。

 でも兄さんもヒツジも、そこまで罵倒される謂れはない。

 少年の身体は軽く、呆気なく吹っ飛んだ。同じくらい、私もそのまま地面に転がる。


「……い゛っ……たぁ……」

「モカ!! 大丈夫!?」


 ……今、この人……あえて避けなかった?

 カランとナイフが落ちる音がして、急速に視界が明瞭になる。相手は刃物を持っていたのに、私は……とんでもないことをした。フック車掌の時は、動けなかったくせに。コイツが次に何をしてくるかわからないと思ったら、今度こそ、本当に動けなくなった。

 直後、ヒツジが駆け寄ってくる。羊毛みたいな髪をふわふわ揺らして私の前に座り込んだ。

 

「お、俺の、好きな子を……傷付けるのは……許さないからな!」


 情けなく泣き出しそうな声に、顔を上げる。小さな白い少年は両手を広げ、涙で潤む瞳で吹き飛んだイサを睨み付けていた。


 当のイサは無表情で埃を払って立ち上がる。私とヒツジの方にゾッとするほど冷たい視線を向け唇を開いた。次の瞬間。


「こーらこらこら! 終了終了!! 何をしてんだい。ガキ共の喧嘩に付き合ってる暇はないよ! あたしゃ休みなのに何で駆り出されたかねぇ、まったく!」


 ムツが小さい身体でずかずかと間に割って入ってくる。イサは無表情で視線を逸らして、ヒツジも申し訳なさそうに小さくなっていた。


「本当よぉ、仕事増やさないでくれるぅ? あ、ココはこれからアタシと一緒に病院に行こうねぇ」


 頭上から、ミヤの声も注ぐ。心底怠そうに私たちとイサを見下ろしていた。泣き声が落ち着き始めたココには優しい声で付け足す。


「……二度と俺に話しかけるな」


 イサが小さく、誰に向けてか分からない言葉を残す。その途端、手元のナイフが発光したかと思えば、人のような姿へ形を変えた。

 長れるように腰まで長い髪と、大きな虹色の羽根。子どもの手のひらで覆えてしまえそうなサイズの女性。まるで妖精のような彼女は、ふわりとイサの周囲を飛び回った。


 黒い羽根をばさりと広げ、その場を飛び立つ。空に舞い上がる姿はまるで、まるで。


「彼らは……黒いセーラー服の子達はピーターパン。この世界において役割を与えられた存在だよ」


 気付いたら、兄さんが側で空を見上げていた。

 私も一緒に、再び空を見上げる。

 どこまでも白い入道雲と青い空。その中を飛び回る黒い翼は、まるで悪魔のような姿に見えた。

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