6話「俺様何様フック様」
このおとぎの国とやらに辿り着いて数日が経つ。ルールが設けられていることが分かった。
別紙のルールメモにまとめてみる。
1.起床6〜7時、朝食7時半、昼食12時、夕食17時、入浴18時〜20時(男女入れ替わり)、就寝21時
2.楽しく幸せに過ごすこと
3.生まれ変わりの決まった子どもは、両親の元へ生まれるためにここを出る
4.ゼロさんは偉い人(多分)
5. 21時以降の外出は厳禁
6.前世の記憶の話は厳禁
7.ルールを破ったら記憶がリセットされる
別に守れないほどのものじゃないけど、ゼロさんに関してはピンと来てない。
2日目。
私が朝食を済ませてすぐに、食堂に変な人が訪れた。
見上げるほど高い身長、白いシャツと黒いズボンの上には白衣、よく分からない酸素ボンベを背負っていて、顔には重たくて光沢のあるガスマスク。銀色のぼさぼさの伸び放題の髪。
その周囲には数多の小さな光が飛び交っている。
迫力のある見た目と裏腹に、陽気な性別不詳の声が、くぐもって聞こえてくる。
「おっはよーーう! はじめまして100番、ゼロはゼロだよ! みんなのパパだ! よろしくね!」
「ゼロさんが来た〜!」
「パパー!」
「わーい、パパ! 久しぶり!」
「パパだー!」
そのガスマスクの挨拶を皮切りに、子どもたちがはしゃいで駆け寄る。ココやヒツジも混ざって、近くでぴょんぴょん跳ねていた。
兄さんでさえ、嬉しそうにガスマスク男に歩み寄る。
子どもたちの頭を撫でる手は、白く分厚いグローブに覆われていた。
「……よろしく……おねがい、シマス……」
「緊張しないで! ほうら、プレゼントだよ!」
ゼロやパパと呼ばれるガスマスクが片手を私の前に出す。
ぽこんと軽い破裂音を立てたと思うと、白に近い桜色の花びらを纏った、銀の簪が落ちてきた。落下する前に、慌ててそれを受け止める。
「君にはこれを!」
「花?」
「似合うと思ったんだよ!」
「はあ、どうも」
「100番にはまだ伝えてなかったね! 目が覚めた病院には基本近づかないこと! ゼロに会いたくなったら、病院の呼び鈴を鳴らしてね!」
「はい」
「他のルールは天使たちが教えてくれるよ!」
何か今重要そうなことを言われた気がする。
プレゼントいいなー、とか、俺にもちょーだい、とか周りから色々な声が聞こえてくる。
そちらに向き直り、ゼロは次々に望まれるものをぽんぽんと生み出していく。クッキー、棒付きのキャンディー、チョコレート、汽車のおもちゃ、積み木、クレヨン、スケッチブック。
どれも些細なものばかりだが、子どもたちの喜びそうなものだ。我先にと子どもたちは群がっていく。
「ゼロさん、俺さぁ一昨日城を作ったんだよ! 消されちゃった!」
「うんうん、42番のあれはダメだね〜。道の真ん中にあったら危ないでしょ?」
「はぁい、次からもっと小さいものにする!」
「パパ、僕が描いた絵を見て欲しいんだ」
「うんうん、見せておくれ。うわ〜! 23番はやっぱり才能があるよ! 生まれ変わったらきっと画家になれるね!」
ガスマスクをしているのに、そいつが居るだけで一瞬にして場が明るくなる。
でも、ゼロは、天使たちを徹底して番号で呼んでいた。いや、まあ、そもそも私たちに与えられた名前はあだ名だけど。
その場にいる天使たち全員と密にコミュニケーションを取って、ゼロは手を振る。
「さて、ゼロはお仕事に戻るよ! みんなまたね!」
「パパー! もう行っちゃうの!?」
「もっと遊んでよ〜!」
「また来るさ! さぁみんな、素敵なお父さんとお母さんのもとに生まれ変われるように、今日も一日幸せいっぱいに過ごすんだよ!」
「はーーーーい!!」
天使たちは声を揃えて良い返事をする。ゼロはがしゃんがしゃんと重たそうな音を立てて、その場を去って行った。
「……ガスマスクやば」
「ゼロさん優しいだろ? 俺たちのパパ!」
「あ、え、うん……ガスマスクが気になるけど」
「ガスマスクは大人の秘密なんだって! 俺たち見慣れちゃったけど、初めて見たらびっくりだよな〜!」
「……びっくり……したね」
びっくりと言うか、なんと言うか。
私は……多分ノリが悪い方だから、まだついていけなかった。手の中の簪を見下ろして、低く結んだ位置に適当に挿しておく。
「あのねあのね、ゼロさんの言うことは絶対破っちゃダメなんだよ!」
ヒツジがにゅっと顔を出す。
「さっきの、基本的に病院に近づかないこと?」
「うん。俺が天使を起こしに行く時も、毎回許可を取ってる。1〜3階までしか行っちゃいけないんだよ!」
ルールメモに追加。
8.病院には許可無く近付かない。
9.ゼロさんの言うことは絶対。
と言うことを書いてたら、手が疲れてきた。
ナナミは赤いメッシュが綺麗な黒髪の子。おしゃれ。
ヨナは小さい、薄い前髪と編み込みのカチューシャが可愛い栗毛。ヘアアレンジが得意。
書いた内容をココに見せてみる。OKをもらったら寝る。
追記。ココの日記は短くまとまっていた。見習いたい。
3日目。
今朝この日記の提出先を教えられた。出来れば毎朝食堂に持ってくること。ミヤがノートを回収しに来た。
ミヤから歓迎会のお許しが出た。私も大分落ち着いてきたんじゃないか、とのこと。
皆が風船や紙吹雪、クラッカーを魔法で創り出してお祝いしてくれた。やり過ぎなゲーミングカラーの横断幕に「いらっしゃい100番」と書かれていた。
モカじゃないの? と聞いたら、ゼロの意見でこの文言になったらしい。
数字呼びの徹底が少し気になって、ミヤに聞いてみたところ、
「これから新しい両親の元に生まれて名付けられるのに、天使でいる期間の名前って要るぅ?」
ど正論だなと思った。
夕飯はシチュー。今日はキッチンには、ムツじゃなくて、知らない綺麗な長身の女性が居た。目元しか分からなかった。
リリアさんと呼ばれていた。ムツは今日お休みなんだって。キッチンってシフト制?
4日目。
魔法を使ってどんぐりを創り出した。その瞬間に尻餅をついた。とことん私は魔法に向いていないらしい。
「大丈夫だよ! わたしも髪を乾かしたり、花飾りしか創れないからね」
「僕もスケッチブックやトイカメラしか創ったことないよ。魔法を使わなくても楽しく暮らせるし」
優しい励ましがありがたい。同時に少し胸も痛い。才能無いって分かるのが普通にしんどい。
海がよく見える広場でひっくり返ったまま、空を見上げた。
「なんなら手作りってのも楽しいぜ〜!」
上から覗き込んできたヒツジの手には、羊毛フェルトの羊のぬいぐるみが見える。
不恰好なそれは、ツノのサイズもバラバラ。でも丸くて白くて可愛い。
「兄さんにプレゼントしたことあってさ〜」
「うん、お守りにしてるよ。あれから上達した方だ」
「じゃじゃん! モカにもこれあげる! ラブレターはまた今度ね!」
「これだけでいいよ。……羊毛フェルトって作るの大変でしょ? ざくざくやるやつ?」
「そ! 結構大変だけど、俺は手作りも好き! 兄さんだって、絵を描く時は自分で描きたいっしょ?」
「そうだね。魔法以外にも楽しいことはたくさんある」
「……私もやってみようかなぁ……」
羊毛フェルトのざくざく……ニードルか。一生懸命思い浮かべて、欲しがろうとして、ふと気付く。
指を刺したら痛いよなぁって。
手を出しても、何も出てこなった。
「魔法が使えない……」
「ああ……人を傷付けるものは創り出せないんだ」
「……わ、私……そんなつもりじゃ」
「大方、自分の指に刺さったら痛いなぁって考えちゃったんじゃない?」
「兄さんって人の心が読めるの?」
「いや、僕も同じだったんだよ。刺したら痛そうって少し怖くなったら、何も創り出せなかった。自分が少しでも傷付ける可能性を見出したものは創り出せない」
「……傷付けるつもりなんてないけど、どうして?」
「危険だから。ここは楽しいおとぎの国だ。危ないものはなくて当たり前、例外もあるけどね」
「……なるほど」
魔法ってのは、よく出来ているらしい。
ルール追加。ルールメモの方に記載した。
10.人を傷付ける道具は創り出せない
5日目。
朝食を終えて日記を提出する。
外に出た途端、ガンガンガンと、街中を揺らすような鐘を叩く音が響き渡る。
慄然としてその場に立ち竦む。屋敷から出てきた子たちもその場に立ち止まって青褪めていた。
同時に、遠くの建物が鼓膜を潰す破裂音を立てて弾け飛ぶ。爆発が起きている。次々と建物が何件か吹っ飛んでいく。衝撃がここまで伝わってくる。思わず両耳を塞ぎふらついた。
ヒツジと兄さんが隣に駆け寄ってきた。
「大丈夫?!」
「ねえ、なに、なんの音?」
「フック車掌の襲来だ! 天使を誘拐しに来たんだよ!」
「だっ……誰!?」
「昔っからここの天使たちを目の敵にしてる大人! ゼロさんに船をぶっ壊されてから恨んでるんだって!」
「ゼロがはじめた物語じゃん……」
「船を壊されたのも、天使が誘拐されたからだよ! 船長じゃなくなったからって、汽車を乗っ取った最低な大人なんだ!」
その話は誰から聞いたんだ、という疑問を飲み込む。何かとんでもないことが起きていることだけは分かる。遠くで煙が立ち込めている。こんなの破壊活動だ。
天使たちを攫って何してるんだろう。
身構えているうちに、石畳をばたばたと蹴り近付いてくる足音が聞こえた。一人のものじゃない、複数人いる。
屋敷の前にぞろぞろと現れた男たち。全員が駅員のような服装を纏っている。しかし、その服装は着崩されているのがほとんどだ。見る者全てが顔に深く陰影を刻み、口元が裂けそうなほど笑みを浮かべていた。
その中央に、派手な赤くて大きな車掌帽を被った男が、仁王立ちしていた。
その片腕には女の子を抱えている。
「ココ!」
「いや! やめてよ! 助けて!」
思わずその子の名前を呼んだ。
さっき外に出たばかりだったのに、いつの間に。悲痛な叫び声が木霊する。
……本当にこいつは天使を攫いに来たのか。
男は死体のように青白い肌で、鼻の下から斜め上に立ち上がるヒゲは三つ編みになっている。尖った目尻をこれでもかと吊り上げて、口元ににやついた不快な笑みを浮かべていた。目の周りは窪んでいる。
真っ赤なスーツは駅長の服に似ていたが、赤過ぎてよく分からない。
男はココを抱く腕に力を込めた。その先に人間の手はない。鉄のフックがぎらりと日に当たり輝いていた。
「俺様は泣く子も黙るフック車掌! 彼の黒ひげの一員にして、バーベキューが恐れた唯一の男! この島は俺様が牛耳っている! ガキ共を攫いに来た!」
「苦しい、やめて! 離して!」
「黙れ、騒げば殺す」
声高々に怒鳴る姿は、少々素っ頓狂で間抜けに見える。
しかしその片手には猟銃のようなものが握られている。フック車掌を名乗る男は銃口を空へ向け、乾いた発砲音を響かせた。
「俺様のショータイムだ!」




