5話「1日目」
案内に従って歩くと、中は欧州の家屋にしては童話のような場所だった。
木製でアーチ状の扉が通路沿いに並ぶ。奥の両開きの扉の先には、木材の長いテーブルが中央に設置されている。
テーブルの上には、籠に入った沢山のバケットと、人数分のトレイに乗ったポタージュ、赤と緑が中心のサラダ、側には焼いたチキン、ガラスのコップが置かれていた。数本並ぶ透明のウォーターボトルが眩しい。
木の小さな椅子は向かい合って何脚も並んでいる。
私が立ち尽くしている後ろから子どもたちがわらわらと、当たり前のように席に着く。
「席の場所は決まってないよ! こっちで食べよ!」
ヒツジに手を引かれて、中央寄りの席に着く。
私だけ病衣のままなので、非常に違和感があった。うう、視線が痛い……周りの子たちは私を見てはヒソヒソと囁き合っている。ただ、悪意のある視線でないことは感じ取れた。新しい子への興味や好奇心なんだろう。
逆に一切気にしない子もいた。食事にしか視線を注がなかったりと、反応はばらばらだ。
お誕生日席には、兄さんが座っている。ミヤはこの中にはいなかった。私を除く皆が白いセーラー服姿だ。
「食事の前のお祈りをします」
兄さんはアルトソプラノを響かせ、皆に向かって声を掛ける。
子どもたちは一切に、ぱんと両手を合わせた。
「いただきます」
短い一言と共に食事が始まる。
皆が思い思いにパンを取ったり、チキンを頬張ったり、パンの取り合いや野菜の押し付け合いをしてる子たちもいる。
「この世界観なのに、いただきますは共通なんだ」
「どしたん? 何か言った?」
「……いや別に」
「それより俺のトマト食べてくれない?」
「好き嫌い良くないよ」
私のふとした小さな疑問は賑やかな食事に溶けて行った。
食事を終えたあとは、皆が各々皿を運んでいく。運んだ先には、広めのキッチンと棚状の返却口がある。
「ムツごちそうさま!」
「あいよ」
「ごちーそさまぁ!」
「はいよ」
「ムツー、ピーマン入れないでよ」
「うるさいよ、黙って食いな。残したのかい」
広いキッチンと食堂を仕切る返却口から、ミルクティーブラウンの髪が覗く。
その目は私に気付いたようにバタバタとキッチンから出てきた。
黒いセーラー服の上に白い割烹着、髪を無理矢理押し込んだ白い頭巾、顔を覆うマスクが外されると、陶器のような白い肌が出てきた。少し吊り目気味の丸い瞳と、真っ赤なリップを塗った唇を覗かせる。
私より頭ひとつ分は小さい女の子が現れた。その女の子の隣では、宙に浮いたボードと紙、忙しなく何かを記すペンが動いている。魔法の力だろうか。
ムツと呼ばれていた少女は、朗らかな笑顔を浮かべている。
「あらあらいらっしゃい、新しい子だろう? 今夜の夕飯当番で顔を見に行けなかったのよ、ごめんね」
「いえ。私は……モカって呼ばれてる、よろしく」
「名前ね。あたしゃ6番。その子が来てからムツってあだ名がついたんだ、好きに呼んどくれ」
またヒツジか、と隣を見る。私から少し離れて返却口に空っぽの皿を乗せていた。
「ムツ〜! ごちそうさま! 今日も美味しかった!」
「はいよ。全部食べたね」
「トマトも我慢した〜!」
「当たり前だろう、好き嫌いすんじゃないよ。で、アンタは?」
「私? 全部食べたよ、ごちそうさま。チキンがパリパリで美味しかった」
「そりゃ何より。あたしゃ料理の腕は自信があるんだ。……また食器が来たよ。ああ忙しい、またね!」
捲し立てるような口調で、さっさとキッチンへ戻っていく。何というか、逞しい後ろ姿だった。
「あの人も黒いセーラー服……」
何かしらの役割がある人は、皆黒いセーラー服なのだろうか。
ぼんやりと考えていると、視界で黒い髪が揺れていた。
「あのぉ……モカちゃん?」
その子は白いセーラー服、私たちと同じだ。ベージュのカーディガンを羽織っていて、黒い綺麗な髪を三つ編みにしている。丸いメガネが特徴的な、くりっとした瞳の大人しそうな子だった。
「えっと……」
「あ、わたしね、ココって言うの。55番目で……さっきヒツジくんが紹介してくれた子のひとり。よろしくね」
「ああ……」
3人ぐらい一気に紹介されてる中に居たような。急だったから話を止めてしまったけど。
全体的に、言ってしまえば無害で真面目で大人しそうな、いい子だった。
今までの子で一番、親近感に近い安心感のようなものが沸く。
「モカです、よろしく。どうしたの?」
「あのね、お風呂は男女分かれてて、基本は女の子が先なの。兄さんの代わりに案内するように頼まれたの」
「ありがとう。あ、タオルとか着替えってどうすればいいの?」
「ネグリジェと下着以外はみんな自分で用意するの。でもモカちゃんって魔法苦手なのよね? わたしが代わりにタオルと歯ブラシを……魔法で創ってみたの。私も魔法は得意じゃないけど、良かったら……使って。お風呂一緒に行こう?」
「……や、優しい……」
はにかむ笑顔が非常に眩しかった。天使と聞いたら真っ先にこの子が浮かびそうな優しさと眩しさを感じる。
兄さんと並んで、私の感覚的な常識を感じ取れた。しかも女の子、安心しかない。
「行こう、ココと一緒がいい」
「ほんと? やったぁ! ふふ、よろしくね。新しい家族が出来て嬉しいなぁ、女の子は3人振りなの」
「ああ。そっか、私より前に沢山の子が来てるもんね」
「うん。あ、こっちだよ。ちょっと広いお家だけど、食堂からすぐ近くだから迷わないと思う」
食堂から数メートル、アーチ状の扉に「bathroom」と文字が彫ってあった。風呂場とか書いて、のれんを下げてくれたら分かりやすいのに。
脱衣所は、出入り口にフリーサイズのネグリジェと下着が置かれている。
滑らないようにしっかりした足場と、籠が並んだ棚がいくつか設置されていた。鏡の前には洗面台と椅子も置かれている。綺麗な銭湯の脱衣所のようで、変わったところといえばロッカーがないことくらいだった。
ココのくれたタオルはふわふわで触り心地が羽根のようだった。反面歯ブラシが独特。小さすぎて、子ども用というより、歯を一本一本磨く用のワンタフトブラシ。
どうかな? とはにかみながら聞いてくるので、ありがとうしか言えなかった。歯ブラシに文句をつけるのは野暮ってものだ。
三つ編みを縛るリボンを一本分けてもらって、長い髪を結い上げた。
風呂場は快適だった。シャワーがついた身体を洗う場所は多くて、全てに岩のような固さの仕切りがついている。四角くて広い浴槽が五つはあったと思う。十数人の子どもが一斉に入るには十分な広さだ。
風呂に入る間、何人か女の子が声を掛けてくれた。私より少し背の高い子から同じくらい、ずっと小さい子まで、子どもでも成長は様々だ。
お風呂を上がったら、説明された通りに真っ白なネグリジェを纏う。
緩い襟周り、袖周りはふんわりと余裕がある。袖口はゴムで腕を捲れた。裾にかけて広がるスカートにレースが施されている。
普通に温泉施設を楽しんでしまった気分だ。
ひとつだけ困ったのは、どの女の子も魔法で髪を乾かしていた。一瞬で水滴を吹き飛ばしたり、じっくりと温い風をかけたり、個人差はあるけど魔法を使いこなしていた。
「モカちゃん、あのね……」
「魔法使えないんでしょ?」
「髪乾かしてあげるー!」
「座って!」
ココの小さな声が、元気いっぱいの子たちに掻き消された。わらわらと私より小さな子たちが数人詰め寄ってくる。
「ココが案内係なんだし、ココに任せてあげなよぉ」
間を割って入るように、間延びした声が聞こえた。浴室を覗いているミヤの姿が見える。でも、黒いセーラー服姿のままだった。
「ミヤ。まだお風呂入ってないの? 今は女子の時間なんだって。終わっちゃうよ」
「あー、アタシはまだ仕事あるからねぇ。モカの様子見に来ただけよぉ。それより髪はココに乾かしてもらいな、いいでしょ? 他の日に他の子が乾かせばいいよねぇ」
「ん、私も今日はココにお願いしたい」
ココはその言葉にぱあっと笑みを浮かべて、私を椅子に座らせる。細い指で恐る恐る私の髪に触れると、温い風を手のひらから放出させて髪を梳かし始めた。壊れ物を触るように、あんまり優しく指が通るものだから、ゆっくりと重たい眠気が襲ってくる。
気付いたらミヤも他の女の子たちも、みんな脱衣所から居なくなっていた。
「モカちゃん、ありがとう。わたし、誰かのお世話をするのが好きなの。でも、いつも鈍臭いから……自分の意見をはっきり言えなくて……皆に先を越されちゃう」
「いや……私の方こそ。目が覚めて色々起こり過ぎて人もいっぱいで、頭がパンクしそうだった。ココぐらいのんびりしてる方が助かるわ」
「ほんとう? 嬉しいなぁ。ねえ、わたしたちもう家族だよね。困ったことがあったらいつでも声を掛けて。もちろん、わたし以外もみんな優しいの。わたしが魔法使えない日は、ナナミちゃんに一瞬で髪を乾かしてもらったりしてるんだ。ヨナちゃんって子も髪弄るのが好きなの」
「じゃあその2人を明日紹介してよ。魔法の使い方も聞きたいし」
「うん、うん! みんな助け合って楽しく暮らしてるんだよ。私も初めて来た時不安だったから、モカちゃんの気持ち分かるの」
「……ありがと」
照れ臭いのと心が休まる時間をもらえて、気が緩む。のんびりとした話し方につられて、私も心なしか素直に言葉を紡げたような気がする。
ようやく髪を乾かし終えて部屋を出た時には、男子がわっと入れ違いに風呂場へ駆け込んでいった。すれ違い様に、
「ココおせーよ、のろま〜!」
「モカも亀じゃん!」
クソガキみたいな揶揄が幾つか飛んできた。その中で、
「ゆっくり乾かすなら外の方がいいかもね、皆せっかちなんだよ。ごめん」
と兄さんが声を掛けて優しく微笑みかけてくる。頷くと、兄さんは浴室に消えて行った。
「兄さん待って〜!」
ヒツジが楽しそうな声をあげて追いかけていく。すれ違う私に気付いたようで、
「ネグリジェ似合い過ぎじゃね? キュートで即キル〜! また寝る時にね!」
と頬を紅潮させてでれでれ手を振ってきた。あ、ココもまたね! と一言付け足し兄さんを追って行く。
私が呆れた顔で見送っていると、ココは風呂上がりの頬をりんご色に染め上げてヒツジの後ろ姿を見つめていた。……どうしたんだろう。直感的に深くは聞かない方が良い気がしたので、私は視線ごと話題を逸らした。
「ココ、日記つけなきゃいけないって聞いたんだけど」
「……え? あ、そうだよ! みんな今日あったことを詳しく書くの。えっとね、消灯が9時だからそれまでに書けばいいんだ。食堂で書く子もいるし、玩具部屋で広げて絵日記みたいに書く子も、寝室で書いてる子もいるよ。わたしは食堂で書くのが日課なの」
「そっかぁ……私のノートって今どこにあるか分かる?」
「兄さんが寝室に運んだ時に持ってたから、それかも」
「ありがと。私は寝室で書くよ、結構眠くてさ」
「一緒に書かないの? 寂しいなぁ……」
「はは、もうちょっと頭が起きてる時に日記見てほしいんだよね。明日一緒に書こうよ」
「ほんと? 約束ね、明日一緒にだよ。おやすみ」
「おやすみ」
寂しがり屋な子なんだろうな。名残惜しそうな顔で食堂に向かうココを見送って、私は目を覚ましたベッドへ戻って行った。
自分が寝ていたであろうベッドのサイドテーブルとランプの下に、ノートとペンがぽつりと置かれている。
ベッドに寝そべり、うつ伏せでノートを開く。……日記って、どれくらいの詳細を書くことになるんだろう。
眠い頭で考えながら、今日あったことを事細かに記していく。
数ページ書いてるうちに、にゅっと横からヒツジの顔が現れた。
「ーー!」
「びっくりした? すごい集中してたね、もしかして才女?」
「何言ってんの?」
「横顔も好きだなって思っただけ〜! 日記書いてた?」
「まあね。魔法の記録と……どこまで書けば良いのかな?」
「詳しいほど助かるらしいよ!」
「へぇ……」
じゃあもう十分な気がする。どんな人とどんな話をしたかまで、きっちり書いた。
そう言えば夢って書いて良かったのかな……ただの夢だし、問題無いか。
「私もう眠い……」
「じゃあ寝る? 寝る? 俺実は〜、これもデスティニーなんだけど、モカの隣のベッドで」
「おやすみ」
「ベッド並べて寝るなんてもうそれカップルじゃね? そう思う? やっぱり」
最後に聞こえたのがこの台詞まで。ヒツジの声がうるさくて眠れなかったら困る。
今の眠気に意識を預けて、私は眠ることにした。
ようこそ私、おとぎの国へ。ルールは明日メモにまとめること。




