4話「黒服の天使」
「やばいやばいやばいマジでマジでマジで、ウケるウケるウケる」
私は、広いリビングに立っていた。
革製のソファ、大きなスクリーンのテレビ、幾何学模様のアイボリーの絨毯。
その上に広がる、恐らく濡れた丸い形状と、割れた白いガラスの破片。花びらが欠けた薄桃色のブーゲンビリア。
「あっはははははは!! うは、ははははっ!! ははははは、ひひひひひ、はははははははははははははははははは!!」
誰かが狂ったように叫ぶ笑い声が、壁一枚隔てた音量で聴こえてくる。少し鈍く、でも熱烈に刻まれるほど鮮明に。
「親ガチャ失敗なんだけどマジでさぁぁーーーーーーーー!!」
喉の奥が張り裂けんばかりの絶叫が響いて、私の意識は途切れた。
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瞼を開くと、見たばかりの顔が心配そうに覗き込んでいた。
「……ヒツジ?」
「……!! モカ〜〜〜〜!!」
大きな瞳が丸く見開いた直後、ぼろぼろ大きな濡れた粒を溢れさせる。その水滴は頬に当たって、私の唇にたどり着いた。
しょっぺえ。
続いて、視界が羊色の髪一色に消える。重たい身体が覆い被さるように私を抱き締めていた……あ、やばい。思ったより力が強い、苦しい。
……泣かせてしまった、ようだ。
「……ごめん、私……どうしたんだっけ」
「ノートとペンを作ってすぐに倒れちゃったんだよぉぉ……心配した……すげえ心配した……」
「ああ……心配かけてごめん、だいじょう、ぶ」
「大丈夫?」
「大丈夫そう?」
「大丈夫かな」
「へーき?」
「だいじょぶ?」
「顔色悪くない?」
「ミヤ呼ぶ?」
「平気でしょう」
「ダイジョーブ?」
「だいじょばねえって」
「大丈夫そうに見えるけど」
「やっぱ呼んだ方が」
「さっき来てたよ、まだ寝てる時見たもん」
「じゃあ大丈夫だ」
「待って、多い」
次々と、子どもが私を覗き込む。かわるがわる思い思いの感想を口にした。
覗き込んだまま動かない子、呆れたような顔をする子、泣き出しそうな顔の子、嬉しそうに笑う子、つまらなそうな表情の子、個性豊かな反応を見せてくれた。
「あ、天使のみんなだよ!」
思い出したようにヒツジが離れて手を広げる。
起き上がって見回すと、子どもたちが私を取り囲むように十数人……否、二十……三十は……居ないかな……えらい数の子どもが居た。どの子も皆一様に白いセーラー服を纏っている。カーディガンを羽織ってる子、パーカーを羽織ってる子、スカーフが無い子、長いスカート、逆に短いスカート、長いズボン、短いズボン、どの子にも個性が表れていた。
「この子はココ!」
「大丈夫……? よろしくね、ツクモちゃん」
「こっちはナナミ!」
「頭打ってなかった?」
「あの人はハチロウ!」
「びっくりしたぜ、無事か?」
「あっちはーー」
「待って待って待って!!」
ヒツジが当たり前のように紹介し始めるから、慌てて声を上げてストップをかける。
「寝起きにこの数は多い! しんどい!」
「えっ」
「驚かせてごめんねぇ」
思い思いに子どもたちがざわめく声の中、間延びしたハスキーな声が耳に届く。一瞬にしてその場が波を打ったように静かになった。
子どもたちを押し退け、桜色のウェーブの髪を揺らす少女が現れた。
ここに居る皆とははっきり異なる真っ黒なセーラー服。丈の短いスカートから、ガーターベルトが覗く。その上に羽織った白い白衣を翻し、私につかつかと歩み寄ってくる。
「アタシはねぇ、ミヤ。よろしくねぇ。君ねぇ、倒れちゃったんだよ。夜までぐっすりだったねぇ。兄さんから聞いてるよ〜。大丈夫、さっき診たけど、ただの魔法の使い過ぎね」
子どもたちの中にいるのに、服装のせいか、その姿は不気味なほど大人びて見えた。
「ノートとペン出したりする変な能力?」
「そう。それねぇ、魔法。魔法は無限じゃないのよねぇ。夢が大き過ぎると身体が耐えられなくなったり、悲しい気持ちだと上手く魔法が使えなかったり、……魔力がとっても弱い天使は何人振りかしら」
「……魔力が弱いって、やばい?」
「あー、全然。そのうち適応して楽しく過ごすから。みーんなそうだったもの。時間は個人差があるけどねぇ」
「良かった……城とか出せるようになる?」
「ちょっと厳しいかなぁ、建物を創る子は大抵その後ひっくり返っちゃうのよねぇ」
ヒツジが得意気に隣でピースしている。ああ、この子がちょっと特例なんだ。
「ていうか城なんて出したい?」
「いや、あんまり……」
「でしょうねぇ。あ、ここ寝室ねぇ。みんな一箇所で寝ることになってるの」
「……そういえば、ベッドがいっぱい……並んでる」
秘密基地を連想させるような、暖かい色の木目の壁と床、丸い白の絨毯。
壁に頭側が来るように、ずらりと木製のベッドが並んでいる。子どもたちは、その上に乗ったり、将又床に胡座をかいたりして、私とミヤのやり取りを眺めていた。
「ハイハイみんな、解散ですよ〜。今日新しい子が来るから、みんなで驚かせようってパーティーの準備してたんだけどねぇ、倒れたでしょう。だから日を改めてにしようねぇ」
「何で言っちゃうの!」
「ミヤのいじわるー!」
「駄目だよ!」
「あんまり刺激を与え過ぎないでねぇ、来たばかりの天使にも色々な子が居ますよ〜」
手をぱんぱんと叩いて、子どもたちの文句を聞き流しながらミヤは振り返る。
「ごめんねぇ、これから皆で夕飯。一緒に仲良く食べるんだよ、またねぇ」
のんびりした喋り方に似合わない、猫のように鋭い眸が弧を描いて、作り笑いを浮かべた。そうして、靴音をかつかつ響かせてこの部屋を去って行く。温厚な口調と不釣り合いな、急かすような動作が印象的だった。
何というか、なぜかおっかない人だ。
子どもたちに混ざり、ケチー! と野次を飛ばすヒツジの腕を引っ張る。
「ねえ、さっきの人も天使? 一人だけ黒い服なの?」
「うん、天使だよ! でも役職持ち!」
「何の?」
「あの人はーー」
「モカ! ミヤに見てもらったんだ。呼びに行って良かった」
「兄さん……」
「これから夕飯だよ。食べられそう? 食堂まで案内するよ」
入れ違いで兄さんが微かに息を切らして入ってくる。
人の良さそうな笑顔を見ると、ひどく安心した。同時にお腹が鳴って、自分の空腹を自覚する。
聞きかけた言葉を飲み込んでベッドを降りることにした。
今は、難しい話を聞く気にはなれなかった。




