第21話「羊を数える夜」
消灯した後も、寝室では啜り泣く声が聞こえていた。子どもたちが泣いている。兄さんとの別れを惜しんでいるのか、健康診断の注射が怖いのか、ヨナの発作に怯えてるのか。
どれに対して、何に対して泣いているんだろう。今日だけで色々なことが起きた。
胸が痛くなる子どもの泣き声に、耐えられなくなって寝返りを打った。
その先で、ヒツジが両手を後頭部に回して天井を見上げている。
消灯時間以降も毎日うるさいくせに、今日はやけに静かだった。薄暗い室内は、柔らかい月明かりで満ちている。彼の横顔が見えた。何か考え事をしているらしく、心ここに在らずだ。
私も眠る気になんてなれない。こういう日に限って話しかけてこないなんて。
私から声をかけたことがない。照れ臭い。そんな場合じゃないんだけど。考え込んだ末に、
「……ヒツジが1匹、ヒツジが2匹……」
「…………」
「ヒツジが〜……3匹……」
眠れないふりを装うことにした。
「ヒツジが……4匹……」
「……ねーねー、そんな眠れるまで数える羊より、俺のこと呼んでよ〜。俺の方が眠れるまで付き合えるよ!」
思った通り反応してきた。普段よりずっと声を潜めて、でもいつもみたいに笑っている。うつ伏せになり、頬杖をついて私を見つめてきた。
「……あー、起きてたんだ?」
……思ったよりわざとらしい声が出た。声を掛けるのが気恥ずかしかった、なんてバレたら終わる。
「うん、めっちゃ起きてた! なーんか……考え事しちゃってさぁ」
「無理もないよ。1日だけで……色々あったもん」
「……そだね。俺さ、あの……あの瞬間は、自分の中でブワッて膨れ上がるものがあったんだ。怒りとか、恐怖とか、悲しみ……たくさん」
言葉を探して、できるだけ誰に聞かれてもいい単語を選んでる。私には分かった。兄さんのことだ。
私は小さく頷いて、続きを促した。
「でも今は……そっちじゃねーかなって思う。もちろん悲しいし辛い。やり返したい。でもそれ以上に、知らなきゃいけないって気持ちが強い」
「……いい子だね」
「へへぇ、そう思う? 自分に言い聞かせてるだけかもしんないよ?」
「それでも、いい子だよ。それに、私もそう思う。感情に左右されるより先に、やらなきゃいけないことがある」
気付けば啜り泣く声たちは、安らかな寝息へと姿を変えていた。
この子たちは、記憶のない私を受け入れて、家族として接してくれた。兄さんもそうだ。
私はこの世界を知って……知って、何ができるだろう。少なくとも、兄さんみたいな目に遭う子を、1人でも減らさなきゃいけない。
ドタドタと遠くから足音が響いてくる。寝てるかどうか、ピーターパンが定期的に確認しに来るんだ。夜抜け出すことはできない。
このうるさい足音は聞き慣れた。ムツだな。
私とヒツジは目を見合わせて、瞼を閉じる。
「……おや、みんな寝てるのかい」
ははあ、珍しいね、と独り言が聞こえてくる。足音は静かなものへと変わり、ゆっくりと去って行った。
ヒツジがゆっくり瞼を開けた後、肩を竦めて片眉をはね上げる。彼も、今日一日でとっくにピーターパンに対して懸念を抱いていた。
「寝よ」
「うん」
「おやすみ、モカ」
「おやすみ、ヒツジ」
記憶を消されないように、お互いの唇だけが動いた。私は無意識に、小指を差し出していた。それをヒツジの小指がすくい取る。
私たちは、気付けばゆびきりげんまんをしていた。
手を解いて、私は瞼を閉じる。やけに全身が重たくて、体重が2倍になったように怠かった。お腹がちくちく痛んで、頭がぼうっとする。緊張が解けたのか、それとも風邪を引く前触れだろうか。
私は急速に眠りに落ちていった。
次の日、私は再び血の海を見ることになるとも知らずに。




