第18話「誘拐されに来い」
レジに立っていた。バーコードに合わせて値段を表記する。何番はどの煙草で、ホットスナックの種類は期間限定が増える。おでんはまだ煮足りないから売っちゃだめ。
俺はきっと、コンビニの店員だった。見下ろしたらよく見たことのある青いストライプの服を着ていた。多分これが制服で、
「この前、ありがとうございました」
ハスキーな声がして顔を上げる。今さっき、俺が会計したばかりのポッキーの箱がある。赤い箱をカウンターに置いたまま、女の子は受け取らない。その子は、ブルーグレーの長い髪を巻いた女子高生だった。ブレザーの上には黒いマフラーを巻いて、スカートの下にはジャージ。
目が大きくて鼻と口が小さくて、顔もマフラーに埋もれてる。お人形みたいに綺麗な顔だった。
俺は、ポッキーの箱を受け取った。
次にその子を見たのは、コンビニの前だった。
俺は冷たいガードパイプに座って、ほんの少し目線が低くなっていた。目の前に、紺色のコートを着た女子高生が立っている。マフラーはしていない、ポッキーをもらった日みたいに髪は巻いてない。くしゃくしゃに乱れていた。薄い唇からこぼれる吐息が、白く濁っていた。きっと冬だったんだ。
その子の白くて小さな手が差し出される。
「ねえ、来てよ」
俺は何でか、すごく迷っていた。
それでも、最後にその手を取った。
「──ってのが、俺の前世の記憶!」
「その女子高生が私に瓜二つ?」
「瓜二つも何も本人に見えたよ!」
「…………ふうん」
「冬に手を繋ぐってことは恋人同士じゃね? きっとデートの待ち合わせしてたんだよ!」
ヒツジの言う記憶を疑ってはいない。少なくとも、彼が夢で見たその女子高生と、私の顔はそっくりなんだろう。
「でも私そんな記憶ないよ」
「それを消されてるんだ!」
そうだよ絶対、そうだ、と意気込んでいる。
その夢で見た女の子に一目惚れしたのであって、私に一目惚れしたのは違わないか……?
「夢で出会った子が好きなんじゃん、それ」
「んな事ない! 俺は今のモカも好きだもん! 話しててわかるんだよ! 絶対前世で──」
「わかった、わかったよ。もう100回聞いた」
問題なのは、その記憶だか夢が消されると言うことだ。
話を聞く限り、別に覚えていても危険じゃない。
「……この大切な記憶を消されるってことはさ、ネバーランドに都合が悪い何かがあるってことじゃね?」
「……私、そう言えば消されたって子から話を聞いたことが……」
「その前世とやらもどこまで信じたものかな」
私たちの会話が遮られる。空洞内に反響する小鳥のような声に、私は視線を向けた。
洞窟の入り口に、ひとり少女が立っていた。逆光で見えにくいが、ボブの金髪を揺らしている。頭には赤い迷彩のヘアバンドを巻いていて、服は駅員のような服を随分と着崩していた。
「クロ!?」
「その名は捨てた。わたしはクロエ。フック車掌が新たに付けてくれた名がある」
クロエ。
洞窟の壁を見る。岩壁に刻まれた名前のひとつだった。
「ネズミの気配がしたと思えば……ヒツジと、新しい天使か?」
この子は服装からしてフック一味の一人なんだろうけど。
ヒツジの方は、口も目も真ん丸にして固まっていた。数拍の間、いきなりヒツジがその子に駆け寄る。
「大丈夫!? フック車掌のところから逃げれられたの?!」
「違う。誘拐はわたしの意思だ。話は聞いていた。お前、名前は?」
「わ、私? モカ、です……」
「そうか、モカ。教えてやる」
カツカツと靴音を立てて、クロエは詰め寄ってくる。ヒツジの横を通り過ぎて、私の眼前で指を立てた。
「記憶を奪われたのはハチロウだ。大方兄さんが口止めしたんだろうが、わたしは奴らの思い通りにはならない」
「………………」
私の疑問に急に切り込んできた。彼女の言葉に、しばらく呆然としていた。
ヒツジが重たい口を開く。その顔は泣き出しそうに歪んでいた。
「クロエ、兄さんはもう……」
「……転生させられたか。あんなに優しかった兄さんまで……転生、転生な」
クロエは吐き捨てるように呟いた。
声と裏腹に、全てが大人びていて刺々しい。
「わたし達は転生なんてしてない。ゼロの実験に付き合わされた被害者だ」
「実験って……まさか、あれを見たの?」
「あれ? 何のことだ」
兄さんが受けた仕打ちじゃないらしい。じゃあ、その自信はどこから来るんだ。彼女は何を知ってるんだろう。
「わたしの家族は奴らに奪われた。ハチロウは記憶を消されて、クオンはゼロの手下になった。フック車掌は全て話してくれた。今からでも誘拐されに来い、真実を知りたいのなら」
クロエが私に手を差し出す。
奇しくもそれは、先ほど聞いた『前世』の状況に似ていた。




