第17話「前世」
私たちは食堂に集められていた。
「1ヶ月経ったから、明日健康診断よぉ。分かってる子の方が多いと思うけど、改めて説明するねぇ」
食堂に集められた子どもたちが、おとなしく座っていた。ミヤは立ってバインダーを持っている。
何かを読んでいるようだった。
「明日の朝ごはんはナシ。終わるまでお水しか飲んじゃダメだよ〜。あと、朝に尿検査が──」
ごく普通の健康診断の説明だ。そこで気付いた。本当に今更。私には、当たり前と呼ばれる程度の知識は残ってる。
それじゃあ前世の記憶とやらは、どこまでの記憶を奪われているのだろう。さっきの今だ、病院でどこまでの情報が得られるか──……。
頬杖をついて話し半分に聞いていると、消しゴムがこつんと当たった。
「聞いてる? 半分モカのためにやってんだけどなぁ」
ミヤが怪訝そうな顔をして首を傾げている。10代前半か中盤くらいのこの子は、多分ゼロ側の人間だ。今はおとなしく振る舞わなきゃいけない。
「聞いてた。朝はご飯食べない。尿検査がある」
「あーね。それだけ分かってればおっけ〜。じゃあかいさーん。みんな遊んでおいでぇ」
「なー、半分は俺のため!?」
「遊んでおいでー」
ハチロウがガタガタ椅子を鳴らして手を挙げている。それを無視してミヤは去って行った。
子どもたちはぴょんと椅子から降りて、わらわらと食堂から消えていく。
まず口止め、と思う前に、ココの方から声をかけてきた。
「ねえねえ、モカちゃん。あのね、兄さんにお守り渡せた?」
「…………」
一瞬だけ、見た全てを話してしまいたくなった。ココは引っ込み思案なりに、私に沢山世話を焼いてくれた家族だ。
でも、同じくらい言う気になれなかった。私はこの1ヶ月、子どもたちを見てきた。中途半端な情報だけ伝えたら、きっとココは混乱して泣いちゃう。
ぐっと唇を引き結ぶ。大きく息を吸って、ぺらっぺらの嘘をついた。
「病院まで行ってみたけどダメだったよ。誰も居なかった。今度ゼロに会えたらお願いするつもり。きっと兄さんはもう生まれ変わったんだよね」
「そっかぁ……ごめんねぇ、もっといっぱい起こせば良かった」
「いーや、気にしないで! 私たちの寝坊が悪い。そうでしょ、おい」
「え!? うん? そう、多分?! ごめん聞いてなかっ」
「今日は私と一緒に遊ぼ!!」
話の流れで強引に、隣にいるヒツジを巻き込んだ。椅子に座ったまま考え込んでいるなんて、らしくない。少しでも異変を見せたら怪しまれるかもしれないのに、こいつ。
本当は私から彼を誘う方が、よっぽど珍しい。客観視できなくなるほど、朝の衝撃から、まだ抜け出せていなかった。不思議そうなココの視線から逃げるように、ヒツジを引っ張って食堂を出た。
人目につかない場所を考えた時、青の洞窟が真っ先に思い至った。
しかし、全くもって青くなかった。ただの足場の悪い道が、海水を挟むように続いている。暗い砂浜の砂利と岩の道は、潮の香りが漂っていた。数多いる妖精の姿も見えない。あの青い光は、妖精のものだったのだろうか。
壁には兄さんが刻んでいた身長がそのままになっている。ジョージ、イト、ニーニャ、ロック、クロエという名前と『Be proud of who you are. And live.』、よくわからない英文もそのまま。
身長を刻んだ岩場の近くに座り込み、私とヒツジは肩を寄せ合う。内緒話でもするように。こんな残酷な秘密じゃなければ、きっと胸が高鳴っただろう。
私から口火を切る。
「兄さんも私たちも騙されてた」
「……ゔん」
ヒツジは思い出したのか、泣き出しそうに声を詰める。私よりずっと居た時間は長かったはずだ。私だって辛い、彼はもっと悲しいだろう。
でも、だからこそ。
「兄さんとここで最後に話したの。ネバーランドは死んだ人が来る場所なのか、ずっと疑問に思ってたみたい。私もそう、違和感が多すぎる」
「俺、何も考えてなかった。……兄さんもモカも頭いーんだね」
「どうだろ、警戒心強いだけかな。……今までピーターパン達がどれだけの力を持ってるか、見せつけられてきたよね」
「うん、みんな強い武器をぽんぽん創り出すよ。俺らじゃ多分勝てねえ」
「そうなると、逃げる方が現実的。でも皆を連れてどうやって逃げ出すかって話になってくる」
「俺さぁ、結構長く住んでるけど……外に出られる場所の心当たりねぇよ?」
兄さんなら知ってたのかなぁ、小さく寂しそうな声が続いた。
そうだろうと思っていた。ネバーランドは、島としてあまり広くない。
そうなると、必要なのは情報だ。私たちが置かれている状況を正しく把握しなきゃいけない。そうしなきゃ、皆にも説明できない。
私は目の前の蜂蜜色の眸を見つめた。ヒツジは難しい顔をしていたけれど、私の視線に気付くと眉を下げる。
「ん?」
「ずっと気になってたの。ヒツジの前世の記憶ってのを、詳しく教えてくれない?」




