13話「転生なんて」
ヒツジは夜中までずっと喋っていた。ミヤが来て、何か魔法をかけられてすぐに、無理矢理眠らされた。
ほんとうに酷い寝起きだ。瞼が重くて身体が怠い。頭がくらくらした。隣でいびき声がする。事の要因が呑気に寝ていた。ヒツジのばかやろう。
朝起きたら、兄さんのベッドはもぬけの殻だった。
お腹気持ち悪いなぁ、朝ごはん食べられるかな。どうでも良いことを考えながら、私は朝の支度を済ませる。
朝食の席に行けば兄さんが、食べ終わったら兄さんが、日記を提出して外に出たら兄さんが。
どこにも居なかった。
外に出てざっと周囲を見渡す。ココがふわふわと浮いたような足取りで歩いていた。その腕を掴む。
「ねえココ、兄さんは?! 私、寝坊した!?」
「え、え? あ、モカちゃんね……あの、30回はゆさゆさしたけど起きなくて……ムツがおはようのカンカンもしたけど本当に起きなくて……」
「うんわかったごめんそれは私が悪いな! で、兄さんは?!」
「もう行っちゃった……」
申し訳無さそうにしゅんとするココを、責めようなんて思えるわけなかった。寝坊したのは私だ。
今度は私が抜け殻になった。魂が口から抜けていくような虚脱感を覚える。身体がその場に崩れ落ちた。
お別れも出来ないなんて、そんなのってないよ……何時にどうやってネバーランドから居なくなるか、何で聞かなかったんだろう。勝手に、お別れの時間ですよー、みたいなのを想像していた自分を呪った。
絶望していると、食堂から絶叫が聞こえてきた。
「ウワーーーーーーーーーーーーーー!!」
私と同じ状況のヤツがもう一人いた。
「やべえ何でマジでホントに俺起きなかったと思う!? ねえ!!」
「アンタが夜更かししてたからだろ!!」
「ごめんねえええ!!」
縋り付いて泣きじゃくるヒツジを怒鳴り飛ばした。同じ勢いで謝罪が飛んでくる。
夜更かしにしたって、そんなに起きないことあるか? 魔法で寝たのが良くなかったのかな。
もう行っちゃったのなんて、どうする事も出来ない
「ねえ、どうしよう!!」
今度は何だ。
八つ当たりと分かっていながらヒツジを睨んでしまった。
「兄さんこれ、お守り忘れって行っちゃったみたいなんだよぉ……」
べそべそ泣いているヒツジの手元に、不恰好な羊毛フェルトの小さなぬいぐるみがあった。それは、私が前にヒツジに貰ったぬいぐるみによく似ていた。
……兄さんがお守りって言ってたな……。
「行っちゃったってば……」
「ゔん……」
私たちの間に沈黙が訪れる。時折どちらともなく、啜り泣く音だけが響いた。
完全に空気はお通夜だった。
「あのぉ……」
気まずい沈黙を、控えめな声が止めてくれた。ココが軽く手を挙げて、私たちを覗き込んでいた。
「パパに聞いてみたら……何かわかるかも……」
「それだ!! 天才だよココ!」
一瞬、何を言われてるか分からなかった。
ヒツジが先に大声で同調した。私が首を傾げていると、
「生まれ変わる子はみんな、パパが連れて行くでしょう?」
一筋の光のような天啓が注いだ。ゼロ、そうだ。ガスマスクの男。みんなのパパ。
私は積極的にあの男とコンタクトを取っていなかった。彼の印象がどうしても薄かった。大人というだけで、少し警戒していたのかもしれない。
ネバーランドで一番偉い人。この世界の始まりが、知らないはずがない。
「あのね、お別れした後だし……会えるかわからないけどね、せめてぬいぐるみを渡してってお願いしたり……出来ないかな」
「ありがとうココ!! ヒツジ、行こう、すぐ行こう!」
「よっしゃ、ありがとうココ!! あと、おはよう! あとー、行ってきます!!」
ぐだぐだしているヒツジの首根っこを掴んで、私は病院へ走り出す。急げば、まだ会える可能性だってあるかもしれない。
あ、でも今日ね、と遠くで小さな声がした。しかし、立ち止まっている暇はなかった。
何分経っただろうか。
病院の厳かで頑丈な柵の前で、呼び鈴を鳴らしていた。さっきからもう10回ぐらい鳴らしている。扉は固く閉ざされていた。錠前は、花が咲くような奇怪な形をしている。
誰からも返答はなかった。ミヤ辺りがいつも3回目にはひょいひょい取ってくれるのに。
「おっかしいなぁ〜〜! 何でぇ!?」
ヒツジが紐を下に引っ張る。黄金色のベルが、カランカランと無機質な音を何度も鳴らした。
私は全力で走っていたせいで、息を整えるのに必死だ。
「なんっっで……誰も、出ないの……」
「今日いない日かな……何でだろ〜〜!!」
「……いない日とかあるの?」
「うん、いつも忙しそうだよ。呼んで話聞いてくれても、すぐ居なくなってさ」
「…………」
さっき全力で走ったせいか、頭が冷静になってきた。「諦め」の二文字が脳裏にちらついている。
鋭い柵で出来た扉なんて開きようがない。軽く引いたり押したりしても、開かない。
「魔法で何とかならない?」
「この柵はすり抜けられた事ないよ」
もう試していたらしい。頼みの綱も切れた。危険な物は創造出来ない、どうしろと。
だんだん自棄になってくる。思い通りに行かないものだ。気付けば、強く頭をぐしゃぐしゃと掻いていた。緩く結い上げた髪が、項や肩に滑り落ちる。
呼び鈴の音の合間を縫って、カランと冷たい音が鳴り響く。
私の髪の簪が落ちていた。目を瞬く。花びらは酷く細かく、精巧に創られている。
無意識に、錠前に視線が向いた。
……こんな物くれてやる。
簪の花びらを無理矢理捩じ込んで、そのまま右にひねってやった。
かちゃり。
それはあまりに呆気なく開かれた。玩具の箱でも開けたように軽い音と手応え。ぎょっとして手を引っ込める。
U字型の金属が、本体から外れる。ずらして、穴から引き抜いて行く。
目を見開いているヒツジと視線が合う。私は小さく頷いて、扉をゆっくり押してみた。
鎖のように重たい扉が開いて行く。小さな隙間を作り、私たちは間に体を滑り込ませた。
病院の敷地内に入れてしまった。無断で。
「どゔじよ゛ゔ……」
私が零した声は、驚くほど掠れて震えていた。ルールを破る後ろめたさが背中を這う。
ヒツジが私の手を握った。そっと横顔を覗くと、丸く色淡い瞳こちらを見つめている。
「……鍵開けてくれて……ありがとう。俺は、行く。兄さんに、ちゃんとさよならを言いたい」
「うん……」
「モカを巻き込もうとは思わない。今なら戻れるよ。この手に簪を渡してくれたら、全部俺がやったことになる」
「…………」
私は黙って手を握り返した。兄さんは、前世がどうこう言ってた子は、記憶が消されるって言ってた。
でも、私はその子が誰か知らない。
病院に入って食らうペナルティを、誰も知らない。
何もしないで指を咥えて待つより、行動した方がマシだ。それで罰を受けるとしても。
私たちは身を寄せ合って、芝生の上の石畳を進んで行く。隠れる場所なんてありはしないのに。
病院の中は、酷く静かだった。私が目を覚ましたあの日と、内装は何も変わらない。
普段ミヤが居る一階に人はいない。たしか病院は一階から三階まで。
「どうする……?」
「うーん……ひと通り、全部探すしかないよなぁ……」
病院の一階で縮こまって、私たちはひそひそ囁き合う。
その静寂を裂くように、ずん、と床が下に響くように揺れる。
「ァア゛、お゛、ォ、オォ……」
聞き覚えのある、声がした。
その声は、遠く、下方から響いている。
「モカ……この声、ねえ」
「ちょっと待って、ヒツジ。……病院って何階しか行っちゃいけない?」
「……一階から三階しか、行っちゃいけない」
「てことは、他の階がある」
「地下……?」
寒気がした。背筋が凍りそうだ。ただの病院なのに、室温がやけに冷たく感じる。
ここにいても何も始まらない。動くしかない。頼みの綱を、もう一度握るチャンスは今だ。
「ヒツジ、お願いがあるの」
「な、なに? 地下の道なんて見た事ないよ……」
「壁をすり抜けられたことは?」
「ある、街の中の建物だったら」
「……床、とか……」
「試したことないな……!」
「兄さんに会いたいって強く願ったらさ、どうなるかな……?」
小さな喉が、ごくりと鳴る音が聞こえた。そもそもこの世界での『魔法』は、夢を叶えるものだ。
近くに兄さんがまだ居るなら、叶えられる範囲じゃないか。
ヒツジは羊毛のぬいぐるみをポケットに滑り込ませた。私の手を取って、両手を包み込む。
私も一緒に願ってみる。魔法の下手な私が足しになるかわからないけど。目を閉じて、兄さんの笑顔を思い浮かべた。
兄さんに会いたい。まだ近くにいるなら、優しい兄さんに会いたい。
また怪物になってしまっていたら?
私たちは生まれ変わるんじゃないの?
私は真実を知りたい。
急に、足元の感覚がなくなった。
夢でしか感じたことのない、身体が落ちていく浮遊感。あの感覚が全身を襲う。次の瞬間、どん、と鈍い打撲音が響いた。痛みが臀部に鋭く走る。痛い。痛い。落ちた。落ちたんだ、痛い、痛い、痛い。
思わず絶叫しそうになり、奥歯を噛み締める。驚いて目を開けた。その途端、視界ごと世界が変わっていた。
仄暗い闇が訪れる。
視界の上方で、細い明かりが点滅していた。細長い蛍光灯が、ちかちかと室内を照らしている。
そこは廊下だった。病院の一階とは異なる、入り組んだ通路だ。閉塞感がある。
私の手指は、ずっと体温を感じていた。隣を見ると、ヒツジがこちらを凝視していた。蜂蜜色の瞳は濡れている。焦点が合っていない。
そこで漸く気付いた。私を見ているんじゃない。私の向こう側を見ていることに。
背に感じる冷たい感触は壁だ。固い壁が、振動を伝えてくる。
振り返るまでもなく、先ほどの呻き声が鼓膜を直接駆け抜けていく。
「オ゛ォぉぉ……あア゛ぇ、ん、ン゛ぅう……あぁアア゛ァ!!」
もはや聞いたことのない音のようだった。幾つもの獣の声を重ねて再生したかのようなノイズがする。
恐る恐る振り返る。
開けた部屋の壁に沿う形で、棚のような物がずらりと密集していた。空いている壁には、イサが寄りかかっている。
部屋の中央には、電子的なモニターが置かれていた。
側の手術台に繋がれている。手足を拘束するような器具がある。しかし、その拘束具には手も足もなかった。
泡立つような凹凸の激しい肉塊が、台の中心にいた。ぎちりと音が鳴る度に、伸びたり縮んだりしている。
微かに残る頭髪と、床に落ちた白いセーラー服は、確かに兄さんのものだった。肉塊の周囲を、白熱電球のように眩しい明かりが回っている。輝く粉が宙を舞っていた。長い髪の輪郭が見える。イサが連れていた妖精の形によく似ている。
その傍らに立っているのは、ガスマスクをした男だった。妙なボンベを変わらず背負っている。
ガン、と揺れるような乱暴な音がする。イサが急に近くのワゴンを蹴り飛ばした。
「2.9%!!」
刃物のような怒声が反響する。
「2.4!! 1.7!! 0.29!!」
イサの顔はモニターを見ている。数字を読み上げているように見えた。
「終わりにしろ!! こんな低いヤツ見たことねえ!! 分かるだろ!!」
ガスマスクを着用した顔は全く見えない。ゆっくりと顔を上げて、イサの方を向く動きだけが見えた。
「言われた通り全部やった! さっさとしろ! そいつを見ろ、もう無駄だ!! 手の施しようがねえ! いい加減”それ”を俺に渡せ!!」
ぱちん、と電子音が切れる音がした。モニターの明かりが消える。
肉塊だったものは、ぎゅるりと渦を巻くように縮んでいく。小さく細い手足の輪郭が見えた。
いつの間にか、小さな身体が手術台に仰向けになっていた。
「……そうだね。もう少し調べたかったんだが、低すぎる。終わりにしよう」
淡々として生きた心地のしない声が、ゆっくりと紡ぐ。ゼロの声なのに、本人とまるで別人だった。
彼が言い終わるや否や、イサの手元に眩い粉塵が散る。
「ひ、つ、じ」
「さっさと!! 死ねッ!!」
小さく事切れそうな淡い声が、名前に似た音を出す。
それを掻き消すように、叫びながらイサは手術台に飛び乗る。
兄さんの声が聞こえなくなった小さな身体に、鋭い光が振り下ろされる。
ぐちゃり。
柔らかい肉に刃が沈む音がした。
「死ねッ!!」
ぐちゅり。
肉を内側から抉り取る音がした。
「死ねよッ!!」
ぱきっ。
細い骨が割れる軽い軋轢音がした。
「死ね、犯罪者っ!!」
噴水のように溢れ出す鮮血が指先まで届く。
自分の小さな肩越しに振り返る。
少年が馬乗りになって、何度も腕を振り上げる。その後ろ姿が見えた。
傍らに立つガスマスクをした男は、ただ静かに死体と少年を見下ろしていた。
小さな人間の肉を断つ音。
室内に反響する憎々しげな悲鳴。
興奮した荒々しい呼吸。
繰り返し繰り返し聞こえてくる。
隣に座るヒツジの瞳は涙に濡れていた。
その子が声を上げてはならない。私の手で必死に塞いで堰き止める。
何がおとぎの国だ。
何が天国だ。
何が転生だ。
全部全部嘘っぱちだ。
いや、本当は分かっていた。最初からずっとおかしかった。なぜ誰もこの違和感に言及しない? 私が気付かないふりをしていただけかもしれない。
私たちは騙されていたんだ。
ネバーランドというこの場所で。
幕間
次章から身体描写や精神的に追い込まれる描写が増えていきますのでご注意ください。残酷系統にチェック入れる予定です。
主人公の名前はモカです。途中変更で【ツクモ】にしたあと、最初に戻した【モカ】になっていて、誤字のようなものがあるかもしれません。
今まで出てきたキャラと13話で亡くなったキャラ、未登場含めて、
モカ(100)
ヒツジ(42)
兄さん(23)
ココ(55)
ミヤ(38)
ムツ(6)
イサ(13)
ハチロウ(86)
ナナミ(73)
ヨナ(47)
ゼロ
キューゴ(95)
クオン(90)
イツ(52)
ロナ(67)
ヨイチ(41)
ナツ(72)
トウコ(15)
ヤオ(80)
ハチヤ(88)
ナナ(77)
ミーナ(37)
ツクミ(93)
サンゴ(35)
フタバ(28)
キユナ(97)
ハト(81)
ツクモ(99)
ハク(89)
ゴロウ(56)
キュッパ(98)
フック車掌一味(複数)
誘拐された子?(5人)
車掌一味除き37人居ますが、全員の掘り下げはしません。全員出すことも無いと思います。数字に規則性はありません。名前の付けやすさから多少選んでます。
次章もよろしくお願いします。




