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12話「おめでとう兄さん」

 追記。

 金輪際、この日記を提出することはない。

 ここから先は、提出用の日記とは別のものだ。私たちが生きた証を綴ろう。




「兄さんの生まれ変わりが決まったよ!!」


 魔法で駄菓子屋を創り終えた途端、力尽きてひっくり返ってる少年がいた。彼、ハチロウを見下ろしていた時に、ヒツジが大声で駆け寄ってきた。


 ハチロウとは、私が魔法を使って気絶した時に紹介された少年だ。サングラスを襟に引っ掛けている、86番目に来た天使。今日は珍しく一緒に居た。

 天使たちは殆どが仲良しで、皆が家族という認識だ。だから、普段話さなくても、見かけたら自然と声をかけてくれる。私からも声を掛けるようにしてる。


 閑話休題。

 兄さんから生まれ変わりの話を聞いていた私は、反応に困った。


「マジぃ? 生まれ変わりってあれ、現世? 行けるんだっけ? よく知らんけど、おめでとうじゃーん……はぁ、……ひぃ……とりま……パーティーしとく?」

「おめでとう! 新しい両親の元に生まれるんでしょ!? お祝いしなきゃ!!」


 地面に大の字になって、息も絶え絶えになっているハチロウ。彼の言葉に便乗することにした。少しわざとらしかっただろうか?


「ね、ね、お祝いしよう! あのね、俺の計画はーー」


 喜び勇むヒツジに、私のわざとらしさは伝わらなかった。良かった。

 彼の大きな瞳がきょろきょろと周りを見渡した末に、古びた木造の駄菓子屋の前で留まる。


「これ!!」


 そのまま駄菓子屋を指差した。お祝いの計画に駄菓子屋とは。 




「兄さん、目開けていいよ」

「ほんと? どこに連れこられたの、ちょっと怖いんだけど……」


 兄さんが子どもたちに連れて来られた。目元を隠していた赤いハンカチを取り外す。

 途端。

 ぱん、と小さな金色のくす玉が割れた。ふわふわと紙製のリボンが弧を描き落ちてくる。はらはらと桜のように、七色の紙吹雪が舞い落ちる。

 くす玉からは、「兄さんおめでとう」と書かれた紙が垂れ下がる。非対称で不器用な文字は、ヒツジが頑張って筆で書いていたものだ。

 くす玉の向こう側には、昔ながらの木造の駄菓子屋が建っていた。

 軒先の下に、低い位置で沢山の商品が並んでいる。くじ引きの箱や、アイスを取り出せるスライド式の箱。上から吊るされたカゴには、にんじんと書かれた包装が溢れそうなほど入っている。

 ノスタルジー溢れる駄菓子屋が、白い建物たちに紛れて異質さを放っている。


「……これは……」

「兄さんが前に夢っだァッッッ……ぁえ、っと、本で読んで行ってみたいって言ってたっしょ? 懐かしい感じがするってさ!」


 前世は禁句。ヒツジが夢とか言い出すから、反射で足を踏んでしまった。……あとで謝ろ。

 当の兄さんは、当惑して眉を下げる。けれど駄菓子屋を見渡すうちに、口元が綻んでいく。最後には堪えきれなくなったように、くしゃりと笑っていた。


「ありがとう……! そうか、そっか……ああ、夢が叶ったんだ……すごいな、本当に……はは、あの頃のままだ。あははっ!」


 目尻に涙が滲んでいたのは、多分気のせいじゃない。声を上げて喜ぶ姿は、小さな子どもそのものだった。




「ハチロウ、そんなに持っていったら皆の分が無くなっちゃうよ」

「俺が!! この店!! 創ったの!!」

「はー!? 俺が飾り付けて豪華にしたんだよ!」

「大丈夫、大丈夫……わかってるよ。ああ、ココ……そんなに抱えて大丈夫?」

「あ、あのね……兄さん、これ何でにんじんっていうの? にんじん入ってないよ」

「それは見た目から名前をつけたんじゃないかな」

「ねえ見てこれ! ちっさいドーナツ! これしってる?」

「美味しいやつだね、持って行こうか」


 あちこちで子どもたちの黄色い声が上がる。兄さんが世話を焼いていた。

 ヒツジとハチロウが喧嘩したり、ココはやたらとにんじんを抱えていた。ナナミとヨナはドーナツを分け合って笑っていた。

 私も幾つか手に取る。とんとん焼き、何焼きさん太郎……読めないな。

 ビニール袋の箱が置いてあった。皆が袋に駄菓子を詰める。


 兄さんは一際嬉しそうに、袋3つをぱんぱんにしていた。全種類持って行ってた気がする。落ち着いてる兄さんがはしゃぐ姿は、ちょっとだけ珍しかった。やっぱり子どもなんだな。


「ねーねー、アイス食べたい!」


 誰からともなく声がした。

 皆が軒下のクーラーボックスに集まって行く。私は大きいモナカのアイスを選んだ。兄さんはソーダ味の棒付きアイスを手に持っている。爽やかな色が似合っていた。

 そんなことを考えていたら、視界にヒツジが割って入って来た。


「ねえねえ、俺何にしたと思う? ねえねえ」

「え、なに。スーパーなカップ?」

「じゃーん! アイスボックス〜! 好きな子と分けっこは定番じゃん! 分けてあげるね!」

「ああ……」


 テンションが高い彼の手元を見る。

 絶対他の子にも取られるよ、それ。

 ……言いかけた言葉を飲み込んだ。楽しそうだから、そっとしておこう。


 駄菓子を抱えたまま、子どもたちはぞろぞろと海へ向かった。兄さんが、近くで海を見たいと言ったからだ。

 アイスを食べながら、列を成して歩く。小学校のピクニックみたいだ。

 私にはひとつだけ懸念があった。隣り合う兄さんに聞いてみたが、


「フック車掌が来たらどうするの?」

「奥までは行かないよ、見つかったら面倒だ」


 さらっと言われて……フック車掌ってもしかして、ちょっと嘗められてる?

 昨夜のように、砂浜までは行かなかった。白い砂と、空のように澄み渡る海が広がっている。涼しい風が吹き抜ける。

 気温は過ごしやすいのに、少しだけ頭とお腹が重たかった。急にアイスを食べたせいかもしれない。

 海の上に、走らない寂れた汽車をみつけた。私が目を覚ました日には煙を上げていたのに。

 アイスボックスを容器ごと持って行かれたヒツジが、隣でしょんぼりしていた。モナカを割って差し出すと、ぱあっと眩しい笑顔を咲かせる。単純なヤツ。


「汽車はいつ走るの?」

「モナカうまーー……あ、ふーふふぁふぉーほひはふへはほ」

「……飲み込んでからもう一回」

「フック車掌の気まぐれ。何回か走ってるけど、ピーターパンたちによく止められてる」

「……何で止めるの? 汽車はどこ行き?」

「わかんない。ゼロさんが言ってたよ、わかんないから止めるんだって。あのおっさん危険なことばっかりするっしょ? 誘拐、爆破、発砲」

「確かに危険だわ」


 やっぱり危ないおっさんだ。発砲はこっちもやってたけど、正当防衛だと思う。

 当たり前のような口振りだった。この島では日常なんだろう。


「そんな事よりさぁ」


 モナカを頬張りながら、ヒツジが笑いかけてくる。


「生まれ変わるんじゃなくて、兄さんがピーターパンになれたら最高だよな〜!」

「あー、ここに居られるもんね。役割は増えるけど」

「そういうこと!」

「……転生、するんだよね?」

「うん!」

「最近転生した子は?」

「クーニャ、クミ、ハチク、イツミ……」

「あだ名で呼ばれても居ない子はわかんないよ」

「えーっと……数字の方忘れるんだよな……92……えー……93、89……53!」


 連番かと思えば急に下がったりする。数字もあだ名も、聞いてもわからなかった。


「転生する順番に規則性はないの?」

「……むっずかしいハナシしてる?」

「無いね。ピーターパンになる子の規則性もない、単純に魔法が上手だった子が多いかな」


 頭を抱えているヒツジを挟んで、返答が来た。兄さんだ。

 23番目から見て来た人が言うんだから、そうなんだろう。


「たしかに! じゃ、俺ピーターパンの才能あるんじゃね?」

「ヒツジはなれると思うよ、こんなにいい子なんだ」


 兄さんがヒツジの頭を撫でる。嬉しそうに彼は頭を擦り寄せていた。本当の兄弟のように。


「本当に……ずっと前から、こうしておけば良かった」

「俺が来てからずっとじゃん」

「……そうだったね」


 兄さんがヒツジを抱き寄せる。身長は既に反転していた。小さくなった兄さんは、世界一幸せそうに見えた。

 モカもおいで、と呼ばれる頃には、子どもたちが集まっていた。

 私を含めた23人の子どもたちがここで笑っていた。


 仲睦まじい兄さんとヒツジを見たのは、これが最後だった。

 

 

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