狩猟会と茶会
狩猟会は王家所有の森で行われる。
その間に女性たちは茶会を楽しみながらパートナーが帰ってくるのを待つのだ。長い間、魔物が蔓延っていて行われていなかったが、久々に今年は開催されることになった。
森のそばにある王家所有の別荘の庭が茶会の会場である。
「ねえ、聞きまして?今年はあのシュヴァルツ夫人が参加されるらしいですわ」
黄色や赤に色付いた木々の葉の絨毯の上にテーブルと椅子が用意されていた。各テーブルには王家料理人が作った菓子や軽食が並ぶ。開会式のあと、男性は基本的に狩りに向かう。開会式が始まる前から既に噂の中心になっていたのは英雄騎士の妻の話だった。
シュヴァルツ侯爵家の馬車が到着したとの知らせが入ると、会場は一瞬静まり返った。
庭園に入ってきたのは暗い茶色の狩猟服を着て、騎士服の時とは違う雰囲気のシュヴァルツ侯爵であるオリヴァーだった。エスコートを受けているのはもちろん噂の侯爵夫人である。
近年の流行は夜会ではなくても首元をくつろがせたデザインだ。しかし、噂の侯爵夫人は古典的な首元までしめられたデザインを着ている。臙脂色のドレスで胸元にゆれる黒く幅の広いリボンはオリヴァーの一つに結ばれた黒髪に似て艷やかだ。
赤紫色の瞳に、よく見れば桃色がかった金髪は編み込まれながら綺麗にまとめられていた。ふっくりとした唇は貴婦人らしく小さな笑みを絶やさない。
そもそも、オリヴァーは英雄騎士としてではなく、爵位や外見でも人気が高かった。社交の場に夫人を伴うこともなかったので、既婚者ということは周知されていたものの、魔王討伐後は再婚するのではないかと噂されていたのだ。ここにきて突然王都の社交の場に出てきた侯爵夫人の存在は注目の的だった、
侯爵で王太子の騎士で英雄騎士。
この男に苦手なものはあるのだろうかと王太子アルバートですら思っていた。しかし、長い付き合いになってきてようやくわかったのは、そんなに器用な人間ではないということだ。
父である国王の指示で狩猟会の開会宣言のため駆り出された王太子アルバートは、文字通り王家の別荘のバルコニーから高みの見物を決め込んでいたが、いつまでもそうしているわけにもいかない。出番だと呼び出され、庭へと向かう。
すると、すぐにオリヴァーが夫婦揃って挨拶に駆けつけてきた。初めて顔を合わせたのは先日であるにもかかわらず、夫婦としての距離感に違和感はない。手を取るだけのエスコートではなく、さりげなくことあるごとに肩を引き寄せたり腰を引き寄せたりと忙しい。ついでにそれを見ている周りの反応が騒がしい。
「殿下、ご挨拶が遅れました。妻のアリシアです。」
「未来の王国を彩る若き太陽にご挨拶申し上げます。」
手足の先まで神経を研ぎ澄ませたかのような優雅な一礼と、思いがけず落ち着いた声音だった。アルバートは思わず微笑む。
「顔を上げてほしい。オリヴァーから話はよく聞いていた。シュヴァルツ領は我が国にとって重要な土地だ。期待以上の働きに、感謝する」
「ありがとうございます」
アリシアは微笑み何事もないことを装っていたが、一瞬の動揺をアルバートは見逃さなかった。オリヴァーを側に置かないことは今は考えられない。そのためにも、『都合の良い妻』は必要だと考えていた。
そう、都合のいい妻が…だ。
アリシアは都合がいい。
出しゃばらず、夫に頼らずとも領主代理までこなす能力がある。しかし、誤算だったのはオリヴァーの態度だ。やけに熱っぽく見つめている気がした。これでは都合が悪くなるかもしれない。
開会の宣言が終わった後、アルバートは狩猟に出かけることなく、また高みの見物を決め込むことにした。別荘のバルコニーにはそれを見越してかお茶の準備がされている。好みの紅茶を飲みながら、女性たちの『狩猟会』を眺めることにした。トラブルの防止のため、あらかじめ盗聴の魔道具を会場に仕込んである。
庭のテーブルにも王城の料理人が腕を振るった軽食や菓子類が並んでいる。貴婦人たちはそれを楽しみながら、男性たちを待つのだ。
「同じ席でお話できて光栄ですわ。オリヴァー様はいつも奥様のことをお話されませんから、どんな方かと思っておりましたの」
「まあ。私にはお話してくださいましたよ。お顔を合わせたことはなかったのでしょう?」
おそらくはオリヴァーに想いを寄せる令嬢たちの声を聴きながら、アリシアは、ゆったりと答える。
「そうですね、夫は多忙ですから、妻の私が心配ないように領地を治めるのがつとめだと思っております。」
随分と頑丈な仮面を持っているようだ。笑顔を崩さず模範解答を繰り出していく様は実に爽快である。
「シュヴァルツ侯爵夫人はもうすぐ領地にお戻りになるのでしょう?」
狩猟から男性たちが戻り始めると、女性だけの集まりもお開きになる。捨て台詞のように一人の令嬢が柔らかに毒を吐いた。つまりは、またどうせ別居だろうと言いたいのだ。その間にいくらでも相手はいるのだと仄めかしたいのだろう。
「戻っていいと言われればそのつもりですわ」
静かな声だった
次の瞬間、狩猟の終わりを告げる鐘が鳴り、魔法による合図の光の花が打ち上げられた。
「さあて、面白くなってきたね」
王太子アルバートは、静かに微笑んだ。




