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瞳の契約者3

扉を開いた先は、宿屋家族の居住スペースとなっていた。

生活感の溢れるそこは、旅の中では感じることのない温かさが満ちている。

そして、エルステリアが待ちわびた美味しそうな料理の匂いが鼻腔をくすぐった。

リィズリットは部屋の真ん中にある木のテーブルに案内すると、椅子を引いてお辞儀をする。


「こちらで少しお待ちください、すぐに料理を運んできますので。」

「ありがとうございます、お願いします。」


微笑を返してみるも、リィズリットは視線を合わせずに奥の部屋へと引っ込んでしまう。

仲良くしてみたいと思うものの、姉や妹がいないエルステリアには接し方もわからない。

恐らく歳は近いと予想しているエルステリアとしては、できれば楽しくお喋りに興じたいと思うのだ。

この町を出るまでには仲良くなってみたいと小さな目標を立てていると、奥の部屋からマリーが顔を出した。


「いらっしゃいエルステリアさん、汚い所でごめんなさいね。」

「そんなことありませんよ、とても居心地が良くて落ち着きます。」

「そう言って貰えると嬉しいわ。お夕食、すぐに用意しますからね。」


マリーが引っ込むと、すぐに食器が立てる音がこちらへと響いてきた。

心躍る音だとエルステリアは思う。

この音と匂いを嗅ぐだけで、楽しさと幸せが心に溢れてくる。

どんな料理なのだろうと待っていると、マリーとリィズリットが次々と料理を運んできた。

炒め物や煮物、何かの肉を焼いたものなどが湯気を立てて並び、最後に籠にたくさん積まれたパンが置かれると、二人も向かいの席に着く。

マリーがナイフとフォークをエルステリアに差し出すと、優しい微笑を浮かべて言う。


「さぁお待たせしました、お口に合うか判らないけれど、どうぞ召し上がってください。」

「ありがとうございます、いただきます。」


そうして念願の食事が始まった。

エルステリアは数日ぶりのまともな食事に、零れる笑みを隠そうともせず料理を自分の皿に盛りつけていく。

自業自得であったとはいえ、干し肉や簡易食料を食べる日々には辟易していたのだ。

こうして温かい湯気の立つ料理を食べられることに感謝しながら、早速料理を口へと運んでいく。


「わぁ、美味しいですね!今まで食べたことのない味です。」

「うふふ、気に入ってもらえたなら良かったわ。それはこの地方に古くからある郷土料理なのよ。私やリィズもこれを食べて育ったの。」

「良いですね、こういう料理は食べるたびにワクワクしますよ。」


子供のように食べるエルステリアに、マリーはとても嬉しそうに笑う。


「失礼なことを思ってしまってごめんなさいね。でもこうして嬉しそうに食べてくれるのを見ると、娘が増えたみたいで嬉しいわ。」

「こちらこそ、家族の団欒にお邪魔してしまってすみません。それにマナーとは無縁の所で育ってきたので、失礼なことしませんでしたか?」

「大丈夫よ、失礼どころかとても丁寧でしっかりしていらっしゃるわ。ご出身はどちらなのかしら?」

「私はシュタイン国のハーミット地方の村から来ました、村の名前もないような小さな所ですけど。」

「あらあら、随分遠くから来られたのね。ここまで来るのは大変な道程だったでしょう?」

「えぇ、それなりには。でも色々な所を見て回るのは楽しくて、いい旅ですよ。」


料理を食べながらエルステリアはここまでの旅路の経験を語る。

大きな森の中で獣と戦ったり、とある村では村人と一緒に祭りに参加したり、砂漠には目印がなく危うく迷子になりかけたりといった話だ。

感心したように話を聞くマリーとの会話は弾み、気がつけば随分と長話をしてしまっていた。

あれだけあった料理はエルステリアによって綺麗になくなっており、マリーは満足げに空になった皿をキッチンへと引き上げる。


「エルステリアさんがたくさん食べてくれて助かったわ、調子に乗って作りすぎてしまったから。」

「いえいえ、美味しいからつい食べ過ぎてしまいました。」

「うふふ、エルステリアさんはスリムだから大丈夫よ。もう夜も遅いですし、あとはゆっくりお休みになってくださいね。」

「はい、そうさせて頂きます。」

「よろしければ明日の朝食もこちらにいらしてね、一緒に食べる方が楽しいですから。」

「喜んでご一緒させていただきます。」


マリーは淑やかな笑みを浮かべてキッチンへと消え、部屋にはエルステリアと、テーブルを拭くリィズリットだけが残る。

食事中一言も口を利かず細々と食べていたリィズリット。


「あの、良かったら何かお手伝いをしますけど。」

「だ、大丈夫です。お客様にこんなことはさせられませんから。」


俯いてこちらを見ようともしないリィズリットに、エルステリアは苦笑する。

聞かれたことに答え話し続けてしまったが、きっと面白くはなかっただろう。

やはり家族の団欒に見知らぬものが邪魔したのは良くなかっただろうかとエルステリアが悩んでいると、リィズリットが口を開いた。


「…あの、旅はやっぱり大変ですか?」

「え?」


初めてかけられた言葉に動揺するも、すぐに笑顔を浮かべて答えた。


「そうですね、大変なことも多いです。辛いことや苦しいことも多いです。でも、それよりもたくさん、楽しいことや嬉しいこともありますよ。」

「………そうなんですね。」


そう言って再び黙ってしまうリィズリット。

しかし、会話と呼べるほど言葉は交わせなかったが、僅かにでも距離が縮まったように感じて、エルステリアは笑顔のままだ。

できればもっと仲良く話してみたいが、急に距離を縮めようとしても嫌われてしまうだろう。

邪魔をしてはならないだろうと席を立つと、エルステリアはキッチンに向かって声をかける。


「それではマリーさん、ごちそうさまでした。また明日。」

「はい、また明日お待ちしてますね。顔を出せずごめんなさい。」

「大丈夫ですよ。リィズリットさんも、また明日。」

「あ、はい、おやすみなさい。」


耳まで赤く染めて縮こまるリィズリットにも声をかけて、エルステリアは部屋を出た。

流石に食べすぎたかもしれませんねと、苦笑しながら腹部をさする。

空腹が続くといつもこうだと反省しつつ、部屋へと続く階段を上がっていく。

少しだけ軋む廊下を抜けて部屋に戻ると、彼女はすぐにトレーニングを始めた。

筋力トレーニングやストレッチ、旅をしていく上で欠かせない運動能力を維持するために、彼女は熱心にそれに励む。

女性ではどうしても男性に体格で劣るが故に、怠ければ命を落とすこともありうる。

丁寧にしなやかな肢体を伸ばし、全身を過不足なく鍛えていく。

流石にダガーを使った格闘鍛錬はここでできない、だからこそきちんと日課をこなさなければならない。

どれくらい経っただろうか、一通りのトレーニングを済ませたエルステリアは、タオルで薄っすら滲んだ汗を拭いながら、部屋のテーブルに用意してあった水瓶からコップへ水を注ぐ。

一息でそれを飲み干すと、体に失われた水分が巡っていくのを感じる。

程よい疲労感に満足し、そろそろ床に入ろうかとタオルを畳んでいると、不意に部屋の戸が控えめに叩かれた。

マリーだろうかと首を傾げて扉を開くと、そこには思いがけない訪問者が佇んでいた。

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