閑話 冒険者バルディックの起点1
続いては、バルディックの物語です。とても長くなったので、三回に分けて投稿します。
【地割りのバルディック】
いつから言われていたのか分からねぇがこれが俺につけられた渾名だ。俺のエモノは知っているよな? あれをこう……ちっと頭の後ろまで引き上げてから力を刃先の一点に集めるようにイメージして、その力を集めた一点が地面に当たるようにガッと降り下ろすんだ。そうすっと地面がバキバキッと割れてくれんだよな。
ん? なんでこんな話からって?
そりゃあ、俺が冒険者として活躍できたのはやはりこの攻撃を極めたからだ。あの渾名を囁かれるようになったのも、その攻撃を大勢の人の前で披露することになった事件があったからだろう。だがやっぱりジェルメーヌにならって生まれから話すか。
――俺は、ある国の第五皇子として生まれた
俺が生まれた時代はな、『飽食の時代』と呼ばれていて飢えに苦しむ民はいなかった。ほら、俺は天候魔法を使えるだろ? 実はそれは王族の殆どが同じように使えてな。俺達が各地の天候を調節することで植物もしっかり育っていたから『飽食の時代』と呼ばれるまでになったんだ。
「ほーら、ディーク。こうやってむ~とおへその辺りに力をいれてパッと空に雨雲のイメージを投射するのよ。すると……ほ~ら、降ってきた」
「おねーちゃ、ぼくもやる!! むむ~……パッ」
「おお~ちっちゃい雨雲が出来たじゃないの」
「うわぁぁあん! ちがう~! もっとお空にひろげるのー!」
まぁ、なんだ。俺が初めて天候魔法を使ったときは両手くらいの大きさの雨雲が俺の頭の真上に出て俺にだけ雨を降らせるといった、本当にショボいもんでな。『これじゃない』感に大泣きした記憶があるぜ。しかし、その頃から俺には天候魔法意外は大して適性がないと思われていたからかなり甘やかされていたなァ。
「ディーク。天候魔法はなぁ、攻撃にも転用出来んだぞ。ほら……【走れ稲妻】……な? これを魔獣に当てればすぐ黒焦げだ」
「こらー! ハーン! ディークに何て事を教えてるのよ! この、馬鹿がぁ!」
「いてぇ! 姉上、死ぬ死ぬ!」
「死にゃしないわよ、この、石頭の鳥頭が!」
「あねうえ、あにうえ……【はしれいなずま】これでいいの?」
「ん? 落ちて来ない……ぎぇ!! アババババ……」
「「あ……」」
「ぐふぅ……人の頭に当たる癖をどうにかしような、弟よ……」
「おにーちゃ……ごめんなさい」
「ある意味ハーンの自業自得ですけれどね。まさに天罰。治癒は必要?」
「うんにゃ、俺でも出来るからいい」
俺の子供時代の日常ってのはこんなもんだ。二番目の姉と四番目の兄が魔法を教えてくれるのだが、姉は基本的に無害っぽいものを、兄ははっちゃけて攻撃に使えてしまうものをそれぞれ教えてくれた。兄に教えてもらったときは遅れてやってきた姉に兄がアイアンクローされるまでがセットだったな。たぶん、と言うか十中八九姉がいない隙を狙って教えていたんだろうな。鬼の居ぬ間になんとやら、だ。あの時は一番上の兄は次期王としての仕事に明け暮れ、二番目と三番目の兄は諸国漫遊中で、四番目の兄はさっき言った通り俺に危険なことを教えて、一方で姉の方は一番上の姉は公国の1人の大公のもとに嫁いでいた。国に残った王族は国王を中心に家族で食事の席を囲み、のんびり過ごしていた。
だが、そんなのんきな生活もそう長くは続かなかった。
「姉上。ご婚約おめでとうございます」
「ありがと。まだ式は先だけどね。それにしても、ディークもすっかり王族らしい口調になったわねぇ。おねーちゃんって言ってもいいのよ?」
「流石に、この年では抵抗があります。私の成長と思ってください」
「まぁ、可愛いげのない。でも、そうねぇ。天候魔法も人の頭めがけて落ちることはなくなったし、それを考えれば成長したわねぇ」
「あ、姉上! もうその話はっ!」
「いやいや、ホントに成長したよ、ディークは。……俺の頭に雷を落としたあの頃が懐かしいなあ?」
「兄上も!? もう、人の黒歴史を掘り返さないでください!」
この時、バルディック、10歳。二番目の姉ことベティーナ、17歳。四番目の兄ことハミルトン、15歳。彼らが思い出していたのは6年前のことであった。
俺の平穏な生活が崩れたのはやはり姉の婚約が契機だったのではないかと思う。あの時、既に姉の嫁ぎ先の国はちっと不穏な様子だったようでな。俺は気付いちゃいなかったが、城の中でも姉を嫁がせるべきかどうかでまだピリピリしていたそうだ。婚約したと言っても結婚したわけではない以上、結婚回避の手段はあったからな。
「陛下……は、人……では……!」
「落ち着け……よ、しかた……。……望んだ……」
「……!! 陛下、このままでは後悔いたしますぞ。っと、バルディック殿下ではありませぬか。陛下に御用だったのかな。……では、失礼します。どうか、第二皇女様のことも考えてくだされ」
「……父上。クランベリ公爵はどのようなお話でいらしたのですか? 姉上のことを言っていましたが」
「……ディークには関係のないことだ。それで? お前は何の用だ?」
「……そうでしょうか? 先程イアン兄上から……」
姉の婚約式を控えた3日ほど前のことだったか。父の執務室から何か言い合う声がしていた。途切れ途切れで何をいっているか良くわからなかったが、去り際のクランベリ公爵の言葉、クランベリ公爵自身がいたことから姉の婚姻についてだと分かった。クランベリ公はベティーナ姉さんの母親と仲が良かった従兄弟だから姉さんを可愛がっていた筆頭だったんだよ。たぶん姉が不穏な国に嫁ぐことに納得出来なかったんだろう。例え、姉自身が覚悟して向かうと決めたのだとしても、な。
「ディーク、後で俺の部屋に来れるか?」
「もちろんです。イアン兄上」
実は父に話したのはイアン兄上が持ってきたものだった。だから父の執務室を出てすぐに合流した。ちなみに話の内容としてはベティーナ姉さんが嫁ぐ予定の国がどうも戦争の準備をし始めているとか、そういったことだった。いつもなら父は姉さんが嫁ぐのを遅らせるとか計画を立ててくれるんだが、あの時は何も動かなかったな。しかも、話の途中で追い出された。
「……そうか、やはり父上は聞く耳を持たず、か。ディーク。お前とハミルトンは皇族以外の身分を作っておけ。冒険者なら楽に登録出来るだろう。どうも父はおかしくなっている。何かに操られているような……。どこの国によるものかは……まぁ、ベティーナが調べてくれるだろう。だが、このままでは国が崩壊するのは間違いない。冒険者の身分を取っておくのは念のためだが、万が一の時はそれを使って逃げ出せ」
「皇族は国と共に在るものです。私……僕は国を見捨てるようなことは出来ません」
「皇族としては完璧な答えだな。だが、国と命運を共にするのは私だけでいい。ハミルトンやディークは若すぎる。兄としてはもっと色々な場所を見て欲しい。お前たちには幸せになってもらいたいんだ」
「兄上は傲慢だ!! 僕だって、最後まで国と共に在りたい!! 甘やかしてもらっていたこの10年、僕は間違いなく幸せでした。国が滅びるならば国と共に死ぬ。その覚悟はとっくに決めてあります」
「……私は、弟にそんなことを言わせたくはなかったのだが。私からすればお前はまだ未来がある。それを、皇族に生まれたと、たったそれだけで奪いたくはないんだよ。傲慢な考えだろう。だが……」
「僕はもう聞きません!」
「まて、ディーク……!」
本当に、イアン兄上の言い分は酷かった。俺だって皇族の端くれだ。死ぬまで国に寄り添うつもりでいたんだ。それなのに、冒険者の身分を取って逃げろだと? 納得がいくわけねぇ。
「ディーク! どうしたんだ? 兄上に泣かされたのか?」
「兄上……」
「ん。どうしたんだ?」
「イアン兄上が、僕達は冒険者の身分を取って万が一の時は逃げろって……国と共に在るのが皇族なのに……」
「そうか」
「僕達に、幸せになってもらいたいって……僕はもう十分幸せだった! 国が滅びるならば国と共に死ぬまで。そう思っていたんだ! 何で、僕達にだけ生きる道を教えるの? イアン兄上は死ぬ気なのに! 何で、僕達だけ生きろと言うの?」
「俺たちが可愛いんだろうなぁ。兄上は。それに、俺たちに期待しているのかもしれないぞ。冒険者ギルドは国と互いにバランスをとっている組織だ。万が一国が滅びたときはその国の罪のない人たちを可能な限り守ると明言している組織でもある。冒険者の身分があれば大手を振って民を守れる。それにな、フェリクス兄上とフィリップ兄上はもう既に冒険者の身分を作っている。やはり国の大事に民を守るためだそうだ。俺たちも変わらない。国のために生きるんだよ。そう考えればただ死ぬより良いんじゃないか?」
「イアン兄上は……死ぬ気でした。兄上だって、民を守るのに必要なのに」
「そうかもな。だが、イアン兄上も死ななければならない訳じゃない。あくまでも、責任問題が発生したときにすべてを被って舞台を降りるというだけだ。俺たちがそれを食い止めればいい。なにも、イアン兄上の予想通りに事態が動くと決まったわけでもない」
それを聞いて俺は少し考えを変えた。幸い姉の婚約は数年は延ばせるからその時間で何が出来るか考えるようになった。俺がやりたかったのは国の軍事力の増強だった。しかし、たった10歳の皇子が軍部の改革に乗り出すにはちっとばかし実績が足りなかった。だからその計画はハミルトン兄さんに預けることになった。
それなら俺は何をしようか? 冷えた頭で考えた。そうしたら、たまたま帰還していた第二皇子のフェリクス兄上と第三皇子のフィリップ兄上が俺の部屋に遊びに来てあっさりと告げてくれたよ。
「ディークは~、天候魔法が得意じゃん。僕らとは比べ物にならないほどだよね」
「そうそう。ハミルトンの頭に雷を命中させたあれは初めて使ったんだったよね~? そこから考えても天候魔法を極めてみるのはいいことだよ~」
フェリクス兄上とフィリップ兄上はそう言ってきた。しかし、あまり嬉くはなかったな。フェリクス兄上は【恵みの雨よ】で大嵐にするし、フィリップ兄上は【照らせ太陽】で湖を干上がらせるしで、コントロールが下手くそだったんだよ。そんな兄上達に誉められても微妙な気分にしかならねぇよ。あ、ちなみに二人は双子だ。話し方がそっくりだろ?
まあ、その言葉を聞いて天候魔法を極めるというのは選択肢のひとつに残った。実際に俺があの時に知っていたのは無害なものが多かったからな。攻撃性の高い魔法なら敵対する(かもしれない)軍国を蹴散らせるかもしれない。
「とりあえず冒険者ギルドに登録しに行こうか?」
数日後、嵐のように帰って来た2人を見送ってから俺はハミルトン兄さんの提案に頷いてギルドに向かった。
初めてのギルドは驚きの連続だったなァ。
「おい! ここはガキの遊び場じゃねぇんだぞ! 帰れ帰れ」
「いや、違うって、おっさん。俺ら冒険者登録しに来たんだよ。遊びに来たんじゃねぇよ。そんなガキでもない」
「生意気言うじゃねぇか、なぁ?」
「よせ、ガロン。相手を良く見てみろ。二人とも魔術師だろ」
「おお……? なんだ、そうだったのか。魔術師ならちっこくてもギルドに入れる。悪かったな、こんど奢ってやるよ」
「分かりゃいいんだよ、分かりゃ。ディーク、行こう」
「おらおら! 魔術師様のお通りだ!」
「ガロン……態度が百八十度違うじゃねぇかよ。分かりやすい奴だな……」
ギルドに一歩踏み入れたところで怒号に出迎えられたのには驚いた。今まで俺のそばにああやって声を荒らげる奴は居なかったから余計にな。クランベリ公爵も声を荒らげることはあったが、貴族の場合はどこか気品が漂っている感じで、恐くはない。一方で冒険者の場合は荒くれ者ということもあんだろうが迫力があって恐かったな。そんな中でもハミルトン兄さんは毅然としていたから俺も堂々としていられた。
「災難だったわね。ガロンは人望厚い人物なんだけど、たまにああやって何も考えずに行動することがあってねぇ。……そんな愚痴は聞きたくないか。ええと、初めまして。私はここの受付を担当しているキアラよ。君達は登録は初めてかな?」
俺が子どもだったからか、受付嬢は優しい女性を演じていたなァ。で、何故か頭を撫でられた。
「はい。でも、兄達に基本的なことは教わっているので、説明は要りません」
「ああ、紹介状があるのね。……基本的に君と二人で行動するのね。それなら二人とも登録は可能だけど、小さい方の子はちょっと確認しておきたいことがあるから登録を待ってもらえるかな? 奥の鍛練場で出来ることの確認をしておきたいのよ」
「俺も行った方がいいですか? 一応魔術は使えますが実用に足るものかどうかはギルド側でも判断していただきたいので」
「ええそうね……二人で行ってもらいましょうか。ガロン! ちょっとこの子達の適性を見てくれないかしら?」
そうして俺と兄さんは鍛練場に向かった。そこで、ガロンさんはちょっと待ってろと行ってどこかに行ったな。その間に俺は自分が出来ることを確認していた。城で一通り武器を使えるかどうか確かめていたから、その復習だ。城にある武器は大剣、小剣、槍など普通の物ばかりだったんだが、俺がまともに使えたのは小剣たけだったな。それだって辛うじて手から飛び出していかないってだけだった。そこはかとなく不安ではあったが、ガロンが戻ってきたときにそんな気持ちは吹っ飛んだ。
「おい、今からこの武器を一つずつ使ってみろ。それで、使えそうなものを調べる。今の時点で使えないと分かっているものはあるか?」
「大剣、小剣、槍とかです」
「オーソドックスなものは軒並みアウトか。それはそれで珍しいな! ええと、これとこれとこれは除外っと。じゃあ、これから使ってみろ」
一番始めに渡されたのは鞭だった。さすがの俺でも振ることはできたぞ。即座に使い物にならんと取り上げられたがな。次に渡されたのが鎖の両側に重りのついた武器だった。何て言うんだったか? まぁ、それは鞭よりは使えていたらしい。
そんな感じで次々と渡される武器を振り回していたのだが、適性があるものはあまりなかったな。魔法に引き続きこれもかよ、とちょっと遠い目になってしまったが、最後に差し出された物は何故か気になったな。言わずとも知れているだろうが……
それは『斧』というものだった。