閑話 冒険者バルディックの起点2
斧……それは遠心力によって相手を叩き切る武器だ。剣や槍とは違い、専門教育を受けずとも使うことが可能。重心が先端にあるため取り回しに癖があるのが難点と言えば難点か。
「これか? これは、戦斧という物だ。わりと大きい刃が取り付けられているからお前じゃ持てねぇと思うぞ。……持ってみるか?」
「はい!!」
「おおう……なんだ、やけにやる気だな。そんなに気に入ったのか? ほら、ここを持って……足に落とすんじゃないぞ。こんなところでスプラッタは勘弁だ」
「はい。意外と重いのですね……とと」
「振り回せそうならちょっとあの的に叩きつけてみたらどうだ?」
「……いってみます」
スタン……と呆気ないほど簡単に的が真っ二つに割れた。それを見て、すばらしいと思ったね。俺がまともに使えたのは小剣だけだったと言ったと思うが、実は城でそれを知って適性のある武器が現れることを諦めていたんだ。その中で使えそうな武器が現れた。しかも、容易く的を壊せんだ。俺の心はこれに決まった。
「……ディーク。ようやく自分に合う武器が見つかったんだな。よかったな」
「うん。でも、今の僕だと十分に力を引き出せてない。もっと特徴を知らないと」
「それだけ分かってりゃ後は地獄の鍛練を乗り切るだけだ。扱えないと思っていたが、そんなこたぁなかったな。お前が納得のいく武器を紹介できて安心したぜ」
「ありがとうございます!」
そのあとは魔法を見てくれると言われたからハミルトン兄さんが使える魔法をどんどん使っていた。俺は適性がないから大人しく見学していたぞ。天候魔法は使えると話したら同情されたな。一般的には天候魔法は攻撃には使えないとされているみたいだったなァ。
それから5年ほど俺は自分のバトルアックスを作ってもらい、どうやったらよりいい攻撃が出来るか試行錯誤した。斧と小剣以外の武器は適性がなく、魔法も天候魔法以外はろくに使えない俺だったが幸い体術はかなり才能があったようで、日々鍛練していたら体もがっしりしてきて、斧がひどく軽く思えるようになった。
「おお~。ずいぶんとごつくなったねぇ。あの可愛かったディークがねぇ……」
「丁寧語が外れるともう冒険者にしか見えないよね~。それも、札付きの」
「喧嘩売ってんですか、兄上達」
「「いやいや、弟の成長に感動していただけだよ?」」
「そういう兄上も随分とエゲツナイ魔法をマスターしているそうですが?」
「おや、ハミルトンもいたんだ。そうだね~えげつないと言えばえげつないけどね。来る戦に必要な要素を満たすものだよ~?」
「愛しい妹のためなら、全力でマスターするさ~」
「もちろん、俺も敬愛する姉のためならば、人に魔術をむける覚悟は決まっておりますよ」
「僕……俺も、戦を仕掛けるなどふざけた真似をする軍国を叩き切るつもりです……つもりだ」
「ディーク、口調はもう少し頑張ろうね~」
「冒険者として紛れるならもっと粗野に見せないと~」
「「「「ふふふふふ……」」」」
5年、俺達はベティーナ姉さんの結婚を引き延ばした。もちろん、それと同時に軍国の状況を改善させようと働きかけたりもしたが、向こうは一切聞く耳を持たず、時が経つにつれてその状況は最早どうにもできないくらい悪くなっていた。軍国は戦争の特需で潤っていた国だから、平和になった世界に対応できなかったんだ。あの頃はもう、大戦なんてものは起こらなかったし、武器の需要も人相手のものより魔物相手の物の方が高かった。だが、あの国は何かに取り憑かれたかのように対人兵器の作成に拘っていた。
世界の状態を知れば知るほどベティーナ姉さんの輿入れは軍国に人質を与えるようにしか見えなかった。
そしておよそ1ヵ月後のことだった。
「『貴国は~皇女の輿入れを名目に~我が国の~技術を盗んだ~疑いが~かかっている~。手引きした~皇女を裁くために~身柄を~引き渡してもらおう~。この要求を~受けないならば~我が国からの~武器輸出が~無くなると思え~。良い対応を~期待している~』
……ゲホッゴホッ。以上が軍国からの 書状であります。イアン陛下。受けないのであれば、戦争を覚悟していただきたく存じます」
「……うむ。しかと、受け取った。大臣以下は下がれ。使者殿も楽にせよ」
「はっ。ご配慮痛み入ります。お言葉に甘えさせていただきます」
王族のプライベート空間に使者のシグザーウェルを招いた。彼はベティーナ姉さんの婚約者でイアン兄上の信頼を得ていたからだな。
「うむ。……相変わらずあの訳の分からん口調で言わなくてはならないんだな。笑いを耐えるのが大変だったぞ。ミリタリ陛下もとんだ精神攻撃を仕掛けてくれたものだ」
「アハハハハ!! イアン、その精神攻撃、僕にも、有効、なんだけどっ。アッハッハッハ!!」
「もう……シグ様、笑いすぎよ。気持ちは分かりますけれど」
「やぁ、ベティーナ。君は今日も綺麗だね。
……君は笑いすぎって言うけどね、あの口上は僕でも『こりゃないな』と思うんだよね。話している僕自身ももうアホらしくて。でも一応公式の場だったから笑えなくて大変だったんだぞ。それをさ、場が緩んだとたんにイアンが指摘するんだもん。決壊しても仕方ないよね」
「それにしてもシグザーウェル。軍国は正気か? ベティーナの婚約者であるお前を使者に立てることも含めてな」
「いやいや、あの国のどこが正気に見える? 上層部なんかはとっくに狂ってるよ。あと、技術者もダメだね。僕が数年留学した後国に戻ってみて愕然としたよ。あの時はもう他国は新しい波に乗っていた。それは、政治のやり方だったり、対魔物を想定した戦略の組み立てだったりするんだが、その中には武器の需要の変遷もあったんだよね。どの国も対人兵器はある意味捨てていたんだ。戦を起こすより魔物の被害の方が深刻だったからね。でも、軍国は違ったみたいだ。どの技術者も対人兵器しか頭になかった。
僕の国は、時代の波に乗り遅れ、取り残されさてしまっただけでなく、変化を受け入れられなくなっていたんだよね。どれだけ僕が他国の状況を伝えても、魔物の被害が目に見えて増えている自国の状況を伝えても、聞く耳を持ってはもらえなかった。まるで国全体が洗脳されているようだよ」
「洗脳とは、穏やかではないな……まぁ、その辺の愚痴は後で部屋で聞こうか。お前達も解散していいぞ」
そう言ったイアンのそばに公国から様子見に来ていたベルンハルトが来てささやいた。
「……イアン。このあと少し二人で話せないか?」
「ベルン。別に構わない。そう言えば第2子ができたそうだな。おめでとう」
「あ、ああ。ありがとう。次はシャルに似た女の子だといいと思っている。もちろん、男の子でもしっかり愛情を注ぐがね」
「妹も、君のような人と一緒になれて幸せだろうな。それはそうと、話があるならこのまま私の執務室へ向かおうか。こちらだ」
イアン兄上とベルンハルト義兄上は共に執務室へ消えて、その他のメンバーは各々のやりたいことをやりにいった。俺とハミルトン兄さんはベルン義兄上に稽古をつけてもらいたかったからイアン兄上の執務室の前で少し待っていた。シグザーウェル義兄上? ベティーナ姉さんといちゃついてくるってどこかへ行ったな。
「あ、ベルン義兄上。稽古をつけてもらえますか?」
「おお、ディークか。いいぞ……と言いたいところだが、少し待ってくれ。先程シグザーウェル殿が軍国は洗脳されているようだと言っていただろう。その原因に思い当たるものがあってな。取り敢えずこの城の皇族には知っておいてもらいたいから、また集まってほしいんだ」
「それなら、僕達が皆を呼んできますよ。集まる先は談話室で良いですよね?」
「そうだな」
「それで、ベルン義兄様。一体何の話ですか?」
「シグザーウェル殿の国の話だよ。先程、貴殿は軍国の状況がまるで洗脳されているようだと話していただろう。多分それの原因は『狂華』だと思われる。貴殿からは微かにあの狂気の華の香りがするのだ」
「そんな、まさか……狂華だって!? それじゃあ、下手したら国の上層部は皆取り込まれているのか」
「おそらく、技術者もだな。完全に取り込まれてしまった場合、その人自身がまるで狂華の化身のように匂いを振り撒き被害を拡大する。技術者全体が貴殿の言葉を聞かなかったというならばもうその頃には取り込まれていたのだろうな。あの国の技術者は横の繋がりが強いことで有名だからなぁ。
それに、さらに悪いことを言うようで申し訳ないが、貴殿の国に猛威を振るっている狂華は『紅狂華』だろう。狂華の中でも特に被害が大きくなる種だ。もう国の人民を諦めた方がいいレベルであろうな。シグザーウェル殿。今、貴殿も狂華の香りを纏っているのだが、浄化してしまってもいいか? 私が開発した魔法だ。危険なものではない」
「へぇ……お願いします」
「【浄化】……うむ。これで大丈夫だろう。貴殿も国に戻るならこの魔石を使って1時間ごとに掛けるといい」
「……本当に、もう国は救えないのかな?」
「貴殿の鼻でも明らかに甘い匂いが感じられる人物はもうダメだろうな。それと、町全体で匂いがする場合はスラムの人さえも取り込まれているだろう。その場合は諦めた方がいい。代表の一族である貴殿には辛いだろうが、な……」
「シグ様。一旦休憩しましょう。ここで過度な心労を重ねてはこれからが大変です。私は、ずっと側に居りますから」
「そうだね。僕のベティーナ。明日、僕は国に戻るよ。紅狂華がどこに生えているか調べたらこの国に帰ってくる。少しだけ待っててくれ」
ベティーナ姉さんとシグ義兄さんがいつも仲がいいのは知っていたが、あの時はシグ義兄さんはベティーナ姉さんを置いて国と死んでしまいそうな気がしていた。だが、姉がシグ義兄さんにずっとついていくと宣言したら少し持ち直していたな。あの人も強い人だったよ。
「ね~ベルン義兄上~。狂華って一体どこからきたの~?」
「魔の森からだ。フィリップ。だからこそ、我ら公国が動かねばならん。軍国については気付くのが遅れてしまったようだがな……」
「ベルンハルト。お前もあまり気に病むな。軍国の状況が分かっていなかったのは私達も同じことなんだからな」
「そうそう~。ただでさえ公国は魔の森を押さえているのに、こちらまで気にしている余裕はないでしょ~?」
「まぁ、そうなんだがな。シャルに縁がある国がそんな状況になってしまったと知ったら落ち込むと思ってな」
「ああ、シャル姉上は軍国との外交を進めていましたね。なるほど、ベルン義兄上が動いたのはシャル姉上のためでしたか」
「……相変わらず、夫婦仲がいいようでよかったよ」
その翌日、シグザーウェル義兄上は軍国に戻った。俺達も軍国との戦争に向けて準備を始めた。イアン兄上は国に戦時体制令を出し、兵士を集め、フェリクス兄上とフィリップ兄上は魔術師団をまとめ、俺とハミルトン兄さんは冒険者からの有志を集めにいった。
『コルト軍国との戦争に参加してくれる有志を求む。詳しい説明は3日後の朝に城の中庭で説明する』
「これでよしっと」
「なんだ、ディーク。お前、やっぱり皇家の関係者だったのか」
「久しぶりだな、ガロン。やっぱりってことは皆気付いていたのかよ」
「登録ん時やけに丁寧な感じだったからなぁ。あのままだと変な事件に巻き込まれそうだったから皆してお前の言葉遣いを変えさせようとしたんだよ」
「そうだったのか。知らずに助けてもらっていたんだな……」
「まぁ、もう過ぎたことだ。俺達だってお前らの面倒を見るのは嫌だった訳じゃない。お前とハーンは俺達の家族だ。俺の立派な弟たちだよ。
感慨深いもんだなぁ。この5年、お前は誰にも負けないほど努力してAランクのライセンスを取ったんだからなぁ」
「誉めすぎだ。ガロン」
「ふっ、頑張ったのは間違いないだろう? 狂うことなく、よくぞあそこまで極めたものだよ」
「狂うって……」
「たまにいるんだよ。力を得て、その力に溺れてしまうやつがな。技術をモノにしたのに、その先を見れないやつが。確かにいるんだ。お前は狂わずに強くなっているよ。それは、素晴らしいことなんだ。
あー、恥ずかしいこと言っちまった。ディーク、俺は戦争に参加するぜ。あの国は狂っているからな。止めてやらないと」
冒険者ってのも侮れないもんだよなぁ。俺は心の底からそう思った。ガロンはこの国を拠点として、めったに外国へいかないのにちゃんと情報を得ていた。
ガロンの言葉を聞いて、俺の中にあったもやもやが消えていったのが分かった。軍国は狂っている。でもそれは、苦しいから狂ったんだ。狂華は確かに元凶だ。だが、軍国の人達が狂ってしまったのはやはり『苦しみ』があったからだろう。ここまで狂華の汚染が進んでしまった軍国に俺達が出来るのは出来る限りその苦しみを長引かせないことだ。




