閑話 聖女様の物語2
ボールドの裁判を終えて、私はこれからのことを考えたわ。神獣が引き揚げた以上、国が不安定になることは避けられない。なら、私はどう行動すればいいのか。ってね。ちなみにボールドはイ・ラプセルへの森から幻獣をさらったりもしていたようで、厳しい刑に処せられていたわ。公表はされていなかったけれど神獣がいなくなる原因の一端であったことも刑が厳しくなった理由のひとつでしょうね。
「ジェルメーヌ。君は、これからどうする?」
「教会で学び、魔を払いのける方法を探したいと思います。長年神獣に頼っていたからか魔から身を守る魔法はあっても払いのけるものは知らないので」
「ふむ。本当にそんな魔法があるのだろうか。まぁ、それなら一旦私の養女になってから神学校へ行った方がスムーズに進むだろう。それでもいいかい?」
「はい」
アーベル様の提案は本当に助かったわ。神学校は貴族の生徒が多いから平民の身分のままだと資料を漁ることも出来なかったでしょう。学校ではもちろん、普通に座学も実技もあったけれどテストなどでトップを独占し続けて何も言えなくしてやったわ。ああ、そう言えばこの頃にこの前亜空間で見せた合成魔法が完成したのだったわね。
でも、そうのんびりしてはいられなかったわ。どこから聞いたのか、国が神獣の守りから離れて無防備になっていると知った帝国が宣戦布告してきたの。神学校を卒業する一年ほど前の秋のことだったわ。
「諸君、我が国は未曾有の危機に陥っている! 正直に伝えよう。今、こちらは4ヶ月前の開戦から押され続けている。1軍人としても、諸君のような学生をも戦争に出すのは大変遺憾である! しかし、このままでは今まで築き上げてきたすべてが壊されてしまう! 諸君の奮闘に期待する!」
「「「ウオオオォォォー!!」」
「(ボソリ)……大変なことになったわね」
「本当にね。私達みたいな神学校生まで動員されることになるとはね。医療要員かしら?」
「だとしても、どうせ私は前線組でしょうけれどね」
「ああ……国立学校の魔法科の生徒よりも強かったっけ。生き残ってね」
「もちろんよ」
こんな、大義も何もない侵略で守ると誓ったこの国を奪われてたまるか。それに、今まで護ってきた神獣のやってきたことが無駄になるのも許せない。
それに、『生き延びること』は母との約束だ。
「……君がジェルメーヌだね?」
「はい」
「私は……いや、オレは魔術師団長のイーザスだ。あー、その、一応マイザー家の三男だ。父から優秀な妹ができたと聞いて会うのが楽しみだったんだが、こんな血なまぐさい場でごめんな」
「いえ……ええと、イーザス兄様と呼んでもいいでしょうか? ジェルメーヌです。メヌと呼んでくださいね」
「あ、ああ。……くぅっ! 夢にまで見た『兄様』呼び!!
……こほん。取り敢えずメヌ。前線に送られてきたってことはそれなりの腕なんだろ? どれくらいの威力の魔法を使える?」
「【炎嵐】【雷雨】など2属性合成魔法は使えます」
「へぇ。学校では詳しくやらない魔法じゃないか。独学でよく成功したな」
合成魔法は2つの属性の魔力量のバランスの調整がとても難しいのよ。周りの環境にも影響されるし。
「……メヌ。今、帝国軍もこちらも同じくらいの被害が出ている。それなのに依然として向こうの戦意は高いままだ。このまま続けていても押される一方だと幕僚室も判断している。そこで、戦況をひっくり返すために相乗魔法を使うように要請が来た。その基準とする魔法を頼みたい。合成魔法を使えるなら十分だろう。本当は君のような若い者に頼むことではないのだが、おそらく君が一番適任だからな」
イーザス兄様はそう言って私に頭を下げて頼み込んできたわ。相乗魔法って言うのはある人が発動した魔法を複数人で強化するもののことを言うの。ただの【マッチ】でも【ファイヤーエクスプロージョン】レベルの攻撃になるわ。あの時は戦時中だから選択する魔法もかなり強いものを選ぶことになるのよ。私の場合は【天変地異】ね。でもね、【天変地異】の相乗魔法となると、その被害は……非常に大きいものになるわ。私は多くの人の命を奪う覚悟を決めなくてはならなかった。
「……分かりました。決行はいつになりますか?」
「明後日だ」
「早いですね……。もっとしっかり覚悟を決めたいので少し放っておいてもらえますか?」
「ああ。……すまない」
どうして人は人と争うのだろう。『魔』という敵がいるのに、どうして人は互いに戦ってばかりいるの? どうして。
どうして、私はたくさんの人の命を奪わなくてはいけないの?
「……ふぅ。これ以上考えちゃまずいわね。国を守るには帝国軍を倒さなくてはならない。多くの人の命を奪わなくてはならないのも、ここまで来たのなら仕方のないこと。せめて、次がないように祈りましょう」
そして、決行の日がやって来たわ。その日の朝早く、私達は帝国軍の野営地が見えるところへ向かったわ。確実性を高めるにはやはり視認できていた方がいいからね。
「……いきます。
【炎嵐】【雷雨】【暴風】【氷獄】
【天変地異】!!」
「っ、続け」
「「「「【レディクト】!!」」」」
レディクトというのは魔法を強化する魔法よ。後出しの魔法だからタイミングを合わせるのが大変なの。
それで、まだ余力のある団員の全力を乗せた相乗魔法は恐ろしい光景を作り出したわ。眼下では文字通りの天変地異が起こっていた。ほとんどの帝国軍の軍人が一瞬で蒸発したでしょうね。当時の私は自分が使った魔法があんな被害を出したのを見てとても恐ろしかったわ。でも、目を逸らすことはしなかった。だって、すべて私がやったことなのよ。人の命を奪う覚悟を決めて、やったことだったもの。そこから逃避するのは不誠実だと思ったのよ。
その後私達は自国の軍が控えている場所に戻ったわ。あの魔法はそこからも見えていたようで私達の出迎えは恐れの籠った視線と共に行われたわね。
「よくぞ国を守った。帝国の脅威を退けたのも魔術師団の功績が大きい。まことに大儀であった。これからも、そなた等の手腕を期待しているぞ」
「「はっ!」」
人の命を奪ったのに、それを国民には喜ばれ、褒賞までもらっている自分がひどく汚れているように感じたわ。少し周りを見回すと貴族の騎士の多くはかなり喜んでいるように見えた。その割合は後方支援に従事していた人たちほど多かったわ。
後方支援を侮っているわけではないのよ。彼らの力もあって4ヶ月も持ったのでしょうし。でも、私は素直に喜べなかった……。
「……メヌ。後で少し話そうか」
私がどろどろの思考の海に沈んでいる時にイーザス兄様が囁いてきたわ。どうでもいいことかもしれないけれど、まだ国王様の言葉が続いているのによくやるわよね。私は頷くだけに止めておいたわ。
「あー、疲れた! まったく、こちとら戦場帰りだっての。あんな堅苦しい場に放り込むなよな。メヌもそう思うだろ?」
「イーザス兄様。でも陛下が私達を労うにはやはりあのような場にしなくてはならないのですから。……まぁ、人の命を奪ったのに笑顔で迎えられたのには少々困りましたが」
「ああ、そうだよなぁ。その辺はメヌは初めての感覚か。今から話したいことはそれにも少しかすっているな」
「話したいこと?」
「……メヌは今回の戦争は何故起こったか知っているだろう。神獣様方がいなくなり、この国の衰退が予想できたから帝国は攻めてきたんだ。でも、そのことは民間人は知らない。何故だと思う? 責任を追及されたくないからさ。貴族が神獣様のことを持ち出さないのはそういったことが関係している。
でもな、考えてみれば今までも国が衰退していることを示唆する要素はたくさんあった。辺境の村ほど姿を消し、もしくは嘆願書が提出されている。納められている税だって王宮の書庫に眠っている数字を掘り出せば確かに減っていると分かるだろうさ。
それなのに、この国の人達は何も気付いていない。いや、気付かないようにしているのかね。……オレは思った。この国は変わらなくてはならないと。もはや神獣様の守りはないんだ。自分達で立てるようにならなくてはいけない。このままでは、せっかく守ったのに、すぐに内部から崩れてしまう。王宮は積極的な対応を取れないでいる。それは、貴族のまとまりに綻びを作り出してしまうからでもあり、王宮主導では民に逃げ場がないからでもある。一度不満が出来れば爆発してしまうだろう」
イーザス兄様は何故そんなことを話すのだろうと不思議に思ったわ。でも私は疑問を挟まなかった。何故かあのときは兄様の言葉を聞かなくてはならないと感じたからよ。
「……オレは、メヌをこのまま王宮にいさせてはいけないと思っている。今回の活躍で民はいざというときにすがる先を見つけてしまった。それはいずれ国が変わる時に不和の目になるだろう。いいか、メヌが邪魔だといっている訳じゃねぇ。むしろ、国が変わるのにメヌの力が必要になるだろう。だがそれは王宮側の人物としてじゃない。
メヌがいるべき場所は王宮ではなく、教会だろう。神獣様についても理解があるし、親父がメヌを神学校に入れたのも王宮ならず国全体がメヌを頼るようになることを危惧してのことだろう」
確かに圧倒的な力を見せてしまった私が英雄扱いで国全体から頼られる羽目になる、という想像はあり得ないことではなかったわ。もしそうなった場合私がそれを受け止めれるかというと……ちょっと無理ね。
イーザス兄様の話を聞いて私は王宮から誘われる前に教会の一員になったわ。そして、戦後復興のために各地を飛び回り(文字通り魔法で飛び回ったのよ!)物資の運搬に戦争孤児の受け入れのための教会建設など精力的に仕事したわ。5年も経てば地方も活気が出てきて国も何とか持ちなおったなぁと思えるほどになったわ。
「しすたー! ライが、ライがー!」
「あら。転んじゃったの? ……スペル【キュアー】」
「うっ……うっ……ごめんしゃい」
「ルド? どうしてライが怪我しちゃったのかな?」
「ごめんなさい~。僕が突き飛ばしちゃったの……」
「もう。次やったらカレンに叱ってもらうわよ?」
「「いやだー!!」」
「あ~、よしよし。今日は叱られないからね。次から気を付けなさいね」
カレンは私の親友で、同じくシスターになって復興支援に携わっていたのだけど、派手な容姿の割に『おかん』って言うのかしら。そんな感じで怒ると恐ーくてね。二人が嫌がったのもそこが関係しているのよ。
そんな感じで、戦争でボロボロになってしまった地域も次第に立ち直っていったわ。私はその地方を中心に復興の手伝いをして回るようになった。その頃になるとスペルの方もそれなりに知識が集まってきたから重傷者も治して回ったわね。聖女って言われたのはそれが理由かしら?
また10年ほどそんな生活をして、30代になった頃だったかしら。中央に呼び出されて数段位階を上げられたわね。そのせいで気楽に地方へ出向けなくなってフラストレーションを溜め込んだりしたわね。それは教会に付けられていた聖騎士をころがすことで発散させたけれど。あの時は国の騎士団長になっていたウィスト兄様(マイザー家の長男)が頭を抱えていたわね。どうも戦争での活躍が広まって狙われるようになっていて、対応策として聖騎士をつけたはいいけれどフラストレーションが溜まった私に遊ばれて使い物にならなくなるし、かといって私を放っておいたら万が一が怖いって板挟みになってしまっていたそうよ。少し申し訳ないことをしたと思うわ。少しね。
で、その私狙いの暗殺者どもをやり過ごしたあとは私もいい年になっていたから大人しく神学校の校長を勤めたりして過ごしたわ。
そして86歳の秋に私を慕ってくれた子達に囲まれて人生を終えたわ。私の息子も娘も泣きそうな顔で、でも頑張って笑顔を浮かべて見送ってくれたわ。幸せだった。
――どうだった? そんなに聖女っぽい人生じゃなかったでしょ?
シ「……あれ? 家族だった神獣様とはまた会えたのか?」
メヌ「ふふ。ヒミツよ。でも私の故国の歴史書に載っているかもね」
シ「探せってことか。丁度いい目標ができたな」
ラ「メヌは結婚していたのよね? 旦那様はどんな人?」
メヌ「あ~、目立ちたがらない人だったかな。あまり詳しく言っちゃうと来世で会ってくれなさそうだから勘弁して」
ラ「メヌが惚れぬいている側なのね……。余計に気になるじゃない」
メヌ「ごめんね。想像で楽しんで」




