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視界がクリアになり、停止していた処理機能が再稼働を始める。
微弱な電流が体内の回路を走り、僕は顔を上げた。彼女は首を傾げて、僕の鼻先につくぐらいすぐ目の前にいた。
四肢を投げ出した状態のまま、僕は木の椅子に座らせられ、さらにロープでぐるぐる巻きにされていた。そんな僕を見て彼女は、困り顔をしながらも、僕が目を覚ましたことに安心したように胸を撫で下ろす。
「やっと起きたー、また寝ちゃうのかと思ったよ」
動くのはどうやら、首と頭だけみたいだ。ショートしているあいだにまたあの妙な技で四肢を潰されたらしい。全く力が入らない。
「ごめんね。さっきみたいに暴れられると、家がほんとうに壊れちゃうと思ったからさ。腕と脚だけ、ちょっと叩いて止めさせてもらったの。……ねえ、痛い?」
「僕は人間じゃないから。痛覚は存在しない」
「そっか。よかったぁ。……あ……動けなくしておいて、よかったって言うのは違うか」
あどけない柔和な笑みに、笑い返すことなどできなかった。
「ライ君……?」
最悪だ――。
テクナの最後の機械兵として、恥ずべき、とんでもなく愚かな個体だ、僕は。
こんな小さなマギアごときに、手も足も出ず、あろうことかフライパンで決着をつけられるなんて。
役目を全うする以前に、僕はこれから、テクナ側最後の敗者として、停止の寸前までマギアに弄ばれ、その最悪の観測記録を永久保存し続けなければならないのか。
これが、屈辱というもの。あまりにも許容し難い。胸部中枢に、処理しきれない熱が蓄積されて、今にも内部から焼き切れてしまいそうだ。
そもそも、そもそもだ。
僕など、製造ラインの段階からすでに出来損ないだったんだ。物好きな機械工学者におかしなプログラムを組み込まれたせいで、戦場ではシステムエラーを連発し、ろくに動けず、戦う前に補給場へ回され、任務も果たせず、敵の一体も倒せず。役に立った記録より、不具合の記録の方が圧倒的に多い。
「……機械兵として……いや機械として完全に終わっている……」
「ちょ、ちょっと待って。なに、さっきからブツブツ言ってるの。きみの言ってること、難しすぎてよくわからないよ」
ただ道具として役に立ちたかっただけなのに、そんな最低ラインにまで届かない機械兵の絶望というものがどんなものか、敵であるマギアにわかってたまるものか。
「ノルニル。もういい、もう終わらせよう。僕の、いや、テクナの負けだ。勝ったのは君、マギア側だ……これ以上、僕を存在させておく意味はない。決着をつければいい。さっさと僕を破壊してくれ」
萎れた声でそう促すも、彼女は口をぽかんと開けて、僕の最初で最後の願いには応じてはくれなかった。
「なに言ってるの、きみ。そんなこと、ぼくはしないよ」
「そうか。僕をこのまま壊れるまで晒し者にして、死んでいったテクナを永久に辱めたいのか、君は」
「はずか、しめ……って、なにそれ。どういうこと?」
「とぼけるなよ、そういうことだろう。君が勝者だ。そうする権利は充分にある。ならば僕も敗者としてそれを受け入れることにする。叶えられる範囲ならなんでも従うことにしよう。だがその代わりに、望みを叶えたあかつきには、僕を君の手で破壊してくれないか」
できることなら、今すぐにでもこの身を失いたい。自害できるなら別だが、機械兵には自ら機能を停止させる術はないのだ。
「……ひえ。きみ、機械兵なのにすごいこと言い出すんだねぇ」
「どうだっていいだろ。それよりも、僕を今すぐ破壊する気があるのか、ないのか。それだけまず聞かせてほしい」
しゅんと眉を下げて、彼女が下した判決は。
「ないよ、そんなの。いッッッちミリもない」
がっくりと、僕は脱力する。
「なっ、なんでそんなに落ち込むのさ! わっけわかんないなぁ、もう! きみって、叩かれるとなんか嬉しくなっちゃう感じの機械なの?」
わけがわからないのはこっちの方だ。敗者と勝者が決まった時点で、戦争は終了を迎えようとしているのに。あと一手加えればいいのに。なぜそこで躊躇う。白黒はっきりつけたくないのか。僕には理解不能なんだよ。
なんて愚痴っぽく吐けば、困り果てた彼女の顔の全てのパーツが一瞬、鼻の中心に寄り集まって。
「あーもう……」
くしゃっと潰れたかと思えば、次にはさながら火炎放射器のように咆哮を上げた。
「あーーーーーーーッ、もうッ‼︎」
もう! もう! と、なぜか頭をばりばりと掻き乱し、僕の胸ぐらを掴んだかと思えば、大音量で叫んだ。
なんの前触れもない。突然のことだった。
「わかんないよ、もう! そんなの知らないよ! だから何度も言わせないでってば! 終わったのはケンカで、きみとぼくは敵じゃないし、戦争だってはじめからしてないんだ! ぼくが勝って、きみが負けた! ただそれだけ! それだけなのに、どうして、なんで! ぼくがきみを壊さなきゃいけないの! わざわざきみの複雑怪奇な体を直し続けて、やっと動き出したきみをさ! どうしてぼくが壊さなきゃなんないの! 苦労して完成させた何万ピースもあるパズルを、糊づけして額縁に飾る前にぶっ壊す気に、きみなれるの⁉︎」
なんなんだ、その独特な表現。
「うるさぁい! 外の時間じゃ三百年だよ、三百年! 寝て、起きて、また眠って、それでも起きるたびにきみを直して! どれだけ大変だったと思ってるの! どれだけ苦労したと思ってるの! 諦めようかと思った時なんて数えるのもやめるくらいあったし! だけど、ぼく、もう、ひとりぼっちでずーっと喋ってるのなんて嫌だったんだよ! だから頑張ったんだよ‼」
爆撃機のような声量に、聴覚ユニットが過負荷を起こす。
「それなのに……ああもう! やっと起きたと思ったら、とっくのとうに終わってる戦争がどうのって騒ぎ出すし! 殺すとか言ってくる! 物騒すぎ! 怖すぎ! ていうか、三百年もきみが起きるのを楽しみに待ってたっていうのに……なにこの展開、ひどすぎ! ほんとにもぉおおおおおおおっ……‼︎」
さっきまでの彼女とは別人のようだった。
彼女の眼の色はめらめらと燃え盛る焔の色に変わり、僕に食らいつくように大声で喚きたてまくる。
「終わったことなんだからいいじゃないか! きみがガタガタ言い出したって、ぼくはきみと戦争しないし! きみを粗大ゴミなんかにしない! これは絶対! わかったらハイって言って! さあ!」
口を動かそうとすると、彼女はいつの間にその手に握ったのか、先ほど対峙した時に持っていたフライパンで、遠慮なしにボゴォオンと僕の頭を殴った。
いや、まだなにも言ってないのに──。




