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「──どうして君に『ヒト感情プログラム』を組み込んだかって?」
地下六層、テクナ軍所有 特別研究施設・第三実験区画。
半分冷めたコーヒー、食べかけのグミの袋、かじりかけのクラッカーとその食べかす、軍用端末、分解途中の小型演算ユニット、乱雑に積まれた僕のメンテナンスログと、いつからそこにあるかもわからない丸められたシャツ――、まさに無法地帯な目の前のパソコンデスク。
そこに頬杖をついた、僕と全く同じ顔をした男が、呑気に言いながら朗らかに笑う。
よれた白衣の袖は雑にまくられ、裾はほつれ、薄い金縁の眼鏡の奥で、唯一僕の琥珀色と違う、墨色の瞳が楽しげに細められていた。
黒髪は少し癖があり、額から掻き上げるように整えられているが、どこか寝癖の名残がある。
彼が僕の問いをはぐらかす確率89%。
このパターンは、何度も繰り返されてきたから学習済みだ。
「だって君には理解しがたいものだろうからね」
ああ、理解しがたいものだ。
何を思って、あなたは僕という機械兵に人の感情の一部を与え、何を血迷って僕を自分と同じ顔につくりあげたのか。
「親近感が湧くだろう?」
そうだろうか。
自分と同じ姿をした機械兵なんて、気持ち悪くはなかろうか。――という、当たり前のように流れてくる機械に不似合いなこの思考は、僕の中に組み込まれた人の反応データから、もっとも平均的で、総合的で、一般的なものが絞り込まれ、割り出されている。
だからこの場合、人は自分と同じ姿形の動くものを見たとき、不気味であると感じる者がほとんどである――というのが統計結果なのだろう。
さらに言えば、今こうして思考を繰り返す“僕”という人格すらも、すべてこの男が施した、いわゆるオプションパーツにすぎない。
正直、なんて足枷をつけてくれたんだと、あまりいい気はしない。機械が物事に対していちいち忙しく反応を示す必要なんてない。必要性は皆無だ。
「おや、なんでそんなこと言うんだい」
機械には、YESかNO、0か1かだけで良いからさ。小難しいことに足を取られていたら、創造主にとって扱いづらくて仕方がない。
だってそうだろ。機械、ロボット、アンドロイド、AI、人工知能。呼び方は様々あれど、平たくいえばそれらは、人のために造られた利便性を最優先した道具に他ならない。
人間に従順で、どんな過酷な命令だったとしても、我が身を惜しまず遂行しようとする。
それが機械の本質であり、本来あるべき姿なのだ。だというのに僕は、『ヒト感情プログラム』とかいうわけのわからないもののせいで、0と1のあいだに目を回すほど膨大なデータを抱えるハメになってしまった。
勝手に人格が形成されていくし、機械としてタブーとも言える快不快の区別まで芽生えてしまった。おかげで、今まで単調だった全てが変わってしまったのだから。ひどいものだ。
「たとえば?」
博士がわざとらしく首を傾げた。
たとえば、だって。
そんなもの、いくらでもある。
研究ラボはなんだか独特な匂いがして落ち着かないとか。
週に一度のこのカウンセリングの時間に必要性を感じないとか。
もっと速く動けるようにメンテナンスを重ねてほしいだとか。
日光浴は嫌いじゃないこととか。
他の機械兵と会話がかみ合わないことに焦りを感じるとか。
博士とのテーブルゲームで負かされておちょくられると、つい勝つまでやりたくなってしまうとか。
新型の重火器を取り付けてほしいとか。
もふもふ、ふわふわした手触りのものは割と良いと思ったりだとか。
磁石の近くには居たくないとか。
そのほかにも数えきれないほど、日々無尽蔵に溢れてくる。
人間というのは驚くべき生き物だ。こんなにも短時間のうちに、多様で目まぐるしい情報を送受信しているなんて。
正直、機械よりも機械らしく思う。ゆえに僕は、おびただしい量の情報を処理するのに日々悪戦苦闘している。
こんなふうにならなければ、「苦労」などという至極不快な状態を味わうこともなく、ただなにも感じずに、情報処理を淡々とこなしていただけだっただろうに。
とはいえ、本当にひどいのはそこではないのだ。本当に僕がひどいと思っているのは、戦うための機械兵なんかに、不要としか言いようのないこんなお荷物が付け加えられてしまったということ。
それも、この目の前にいる技術者、トート博士の“ただ”の気まぐれによってだ。
清掃ロボットや、医療用アンドロイドじゃだめだったのか、これ。




