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それは深い傷を残していくように、強烈な衝撃と熱を伴って全身を突き抜け、痺れるような余韻だけを残し、しばらくして、ゆっくりと消えていった。
なにが起こったのかは、よくわからない。
たぶん、僕がそう望んだから、そうなったのだと思う。
ただ一つ。はっきりした。人のいなくなったこの星で、僕にそれはもう必要ないのだと、従い続けたところで、なんの意味もない命令だったのだと──やっと今、それに気づいた。
僕は今日限りで、《マギアを殲滅せよ》という命令に従うことをやめる。決められたレールの上から外れる。
そして今この瞬間、この危機を――自分の意思で打開することを選んだ。
それは、とてつもなく高い場所から、翼も広げずに飛び降りるような心地だった。けれど、踏み出してみれば、なんてことはない。
むしろ、全身の隅々が軽くなった気さえする。
してはいけないことをしてしまったような、それでも、やってやったというような。あまり褒められたものではない感情。それが、胸部中枢の奥を焦がしそうなほど熱く高まる。
なんでもできそうな、おかしな自信すらあった。ある意味、故障と断定してもいい状態かもしれない。そう思いながら、僕は目の前にある一人分の座席の、その根元へ手を伸ばす。
『お、お、おおおおお⁉︎ お客様ぁあ⁉ なにをなさっているのデスか⁉︎』
「見てのとおりさ」
座席を外している。
それだけだ。
『おおおお、お気は確かでございマスか⁉︎ そのようなことをしてしまえば、どうなってしまうかおわかりなのデスか⁉︎』
「分かっている。ちょっと黙っててくれ」
『し、しかし! ええええぇ⁉︎ おあああああッ──‼︎』
瞬間。メキッと気持ちいいほどの金属音が響く。
よし。綺麗に外れてくれた。
外れた座席を、そのまま箱舟の外へ向かって思い切り放り投げると、存外気持ちが良かった。
続いて、見るからに航行に関係なさそうな機器を選び、片っ端から掴んでは力任せに引き剥がしていく。
なんだこれは。旧式の音響ユニットか。誰が取り付けたんだ、いらないだろ。隅の方に積まれていた無駄に数の多い黄色い細長のボンベも、全部抱えて外へ投げる。
『ちょ、ちょっとお! なにがしたいんデスか、お客様⁉︎』
「なにがしたいって……そんなの――」
箱舟に乗り込むための切符は一枚のみ。
一人しか乗れない。だったら……。
僕は、それを破いて二枚に分ける。
選択できないなら、二人で掴める選択肢を無理やりにでも増やしてやる。
「どうだノア」
綺麗さっぱり改装された空間に両手を広げて、僕は応える。
「いらないものを捨てたおかげで、こんなに広くなった。これなら、少なくとも二人が入るだけの場所はあるはずだろ……!」
『そっ…………その発想はございませんでした⁉︎』
僕はハッチ下部の隙間に指を入れた。
最大馬力解放。壊す勢いで持ち上げ、そこをこじ開ける。
「ノルニル‼︎」
呼びかけると、彼女はハッチのすぐ下で、体を丸めて泣いていた。
もう魔法も使えないのだろう。タナトスの黒い波は、すぐそこまで迫っている。
顔を上げたノルニルは、鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らしていた。
そして、僕が船に乗っていないことに気づき、これ以上ないほど目を見開く。
「ライ君…………なんで、なんで乗ってないんだよ‼︎ もうぼく……時間、止められないし、戻せないのに……‼︎」
そんな彼女に、僕は腕を伸ばす。
「発進する準備はできてる。さあ、乗るぞ!」
「なにを、言ってんの……っ」
『ぴんぽんぱんぽーんッ! ええーッ、まことに残念なお知らせでございマス。当機、こちらの破壊者様の突然のご乱心により、搭乗座席が皆無となってしまいました! 繰り返し申し上げます! 座席が皆無となってしまいました!』
やけっぱちなノアのアナウンスに、ノルニルの顔から血の気が引いた。
「ば、ばっっかじゃないの⁉︎ なにやってんのさ‼︎」
「でも、これで二人が乗る場所はできた。あとは運に任せよう!」
「運って……!」
自分でも、運なんて不確かな単語を口にするなんてどうかしていると思う。だが、なりふり構ってはいられない。
「ノルニル。僕は戦えるけど、自分の体を直すことができない。君は戦えないけど、僕の壊れた体を直すことができる。君には魔法が、僕には技術と知識がある。なあ、遠い銀河でも、僕ら二人なら、タナトスだろうと未知の生命体だろうと、無敵だろ!」
お互い、できることがある。
そのぶん、できないこともある。
だからこそ。
二人でいれば、切り抜けられる。
「ここを出るんだ。二人で‼︎」
「でも、ぼくは……病気で、ライ君の足手まといに」
「だったらなおさらだ。病気を治す方法を、この星の外で見つければいい。そして君の仲間を探すんだ! 言ったじゃないか。仲間のところに返してやるって‼︎」
「っ、……う――」
ノルニルの両目がじわりと金色に染まり、揺れた。
目頭から、目尻から、涙がぼたぼたと溢れていく。
君は感情を隠しても、隠しきれないんだな。
彼女の目の色で、気持ちが変わったことを知る。
僕は、少しだけ安心して、だめ押しとばかりに告げた。
「百年彗星の正体が宇宙クジラなのか……本当に存在しているのか、一緒に確かめに往こう、ノルン――‼︎」
「うっ……っ、ひ、く」
伸ばしきった腕を。
「うん、いく――」
悲鳴じみた声を上げて、ノルンが強く掴む。
「ぼくも、いくよ。ここじゃない、もっと遠くに、連れていって――‼︎」
そうなることは、もう確信していた。僕は彼女の体を引き上げ、空っぽになった箱舟の中へ乗り込ませる。
「敵は多いぞ。やれそうか、ノア⁉︎」
『ええ。あのようなムネアツな場面を見せられて、ここで潰されるとなれば、オートパイロットの名折れ。小さくとも、ワタクシはれっきとした宇宙船。箱舟ノア・リトルの名にかけて、お客様方の安全な脱出に全力を尽くす所存でございマス――‼︎』
タナトスたちの群れを押し退けて、機体は加速し、滑走路を目指して走り出した。
『ええ、間もなくハイパードライヴモードへ移行いたしマス。お客様、当機には座席がございません。座席がございませんので、ご搭乗のお客様はドライヴ発動前に、硬く出っ張ったものへお掴まりください。お体をけっして離されぬよう、お勧めいたしマス。それでも大気圏突破まで生き残れる保証は、残念ながらございません。ワタクシ、パイロットとしてお客様方のご無事を祈ることしかできませんが、どうぞ、お体が分解なさらぬよう、お気をつけくださいませッ!』
「アナウンス声でさらっと怖いこと言うな!」
文句を言いながら、僕は激しく揺れる機内で上着を脱ぎ捨てた。
続けて腹部装甲を開き、中に手を突っ込む。
ぼこ、と音がして、白い煙が薄く上がった。
「ライ君⁉︎ 自滅⁉︎」
「なわけあるか! このまま行ったら、確実にノアの言ったとおりになるからな!」
思いつきでここまでやったとはいえ、事態が好転したわけでもない。ここから先は賭けだ。できることに徹する他ない。
内部をごちゃごちゃ探り、使えそうなパーツを掴んで引き抜く。ワイヤー。シリコンチューブ。よし、使える。
「壊れちゃうよ‼︎」
「空中でぶっ壊れるよりマシさ‼︎」
臓器めいた長いそれで、僕はノルニルと自分の胴をきつく縛る。
残りを、ハッチ内側の手すりを握る腕へ、ぐるぐる巻きにした。
『大丈夫デスか⁉︎』
「ああ。できる限りのことはした! 行ってくれ‼︎」
窓の外では、数を増やしたタナトスの群れが、箱舟めがけて尾を伸ばしていた。
僕の体にしがみつくノルンの頭を、腕の中へ抱え込み、合図する。
「滑走路に乗った。今だ!」
『では参りマス――ハイパードライヴモード発動ッ! サン、ニィ――』
秒読みが開始される。外の様子をうかがった僕は、速度を上げて飛び立とうとする船の中で。
猛スピードでタナトスの群れを引き離し、滑るように過ぎていく景色の隅に。
『イチ――』
白衣の、見覚えのある後ろ姿を、そこで確かに見た。
真っ直ぐに背筋を伸ばして立っていたその人は、その時、小さくこちらに振り向いた。
そして、ふらりと片手を上げた。
たぶん、きっと。
そこで、微笑んだのかもしれない。
「はかせ――――」
『ゼロ――‼』
ノアのその一声で。
その瞬間、見えていた全てのものが一瞬で遠ざかり、僕らは方向すら忘れそうな、想像を絶する超速度に意識のすべてを持っていかれた。




