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アストライト・ジャーニー ~終星の魔女と機械兵~  作者: 天野 肇
第8章 星々の彼方

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 遠くの方で叫ぶ声が聞こえた――




 そう感じた次の瞬間、僕はそこに突っ立っていた。

 ハッとして、辺りを見回す。ボディが溶けていない。損傷もしていない。……なんだこれは。


「どういうことだ……」


 まるで、これは、人間が見る夢というものみたいじゃないか。

 僕は、今の今までタナトスの大群の中で戦い、敗れたというのに。

 なぜ僕はハッチの内側にいる。

 そして、なぜ彼女が、外側に出ているんだ。

 この立ち位置は、さっきの逆じゃないか。


「巻き戻しって…………こういう使い方もできるんだよ……っ」


 ノルニルは息を乱しながら、弱く笑った。


「ライ君が、ぼくを船に乗せたところまで時間を戻して……少しだけ、止めたの……」


 機体の床に、小さな手をついた跡があった。這って自力で外へ出たのか、なんでそんなこと──。


「いつも、うまくできないんだけど……成功して、よかった……でも、もう……できないけどね」

「ノルニル、今のは君が……いや、それよりなんでそんな場所に――」


 肩を大きく上下させ、汗まみれになった顔。満身創痍《まんしんそうい》なのをなんとか誤魔化したような彼女の笑顔の後ろで、破壊の音が広がる。

 壁を突き破って、先ほどとまったく同じ光景が、タナトスの群れが、まっすぐこちらにやってくる。

 何をやっている。早くこっちに――。僕が彼女に手を伸ばそうとすると、それも巻き戻しの効果なのか、僕の目の前でハッチが勢いよく降下し、あろうことかロックがかかった。


「ノルニル! なにを考えている‼︎」

「それは、テクナが造った船だよ。マギアのぼくじゃない。きみに用意された船だ」


 向こう側から震えた声だけが聞こえる。なにをするつもりなんだ。


「ふざけたことを言うな! 死ぬ気か!」

「ライ君、ぼくねえ……ほんとうは、もうとっくの昔に死んじゃうはずだったんだよ。お姉ちゃんの箱庭に守られてはいたけど、病気はどうしようもなくて、体の方が先に限界がきた。……だからぼく、神様に嫌われるくらいのズルをしたの」


 なにを……


「一人で死にたくないから、誰にも気づかれずに死にたくなかったから……っ、自分の時間を、止めたの……」


 言葉が小さく途切れ途切れになっていく。彼女はそこで泣いているようだった。


「そこまでしても誰もぼくを迎えに来てくれなかった。だから、気が遠くなるくらい長い時間を一人で過ごすことになったのは、きっと神様はぼくに怒っていて、みんな生きたかったのに、わがままでズルしてる罰なんだってずっと思ってた…………。でもそしたら、ライ君がぼくのところに来てくれて、目を覚ましてくれた……。それで思った。神様はぼくを憎んでなかったって。だからもう、これでいいんだって」


「なにがいいんだよ」


「ぼくもう、寂しい思いしないで命を終わらせられる。死ぬのは怖いし、痛いのは嫌だけど……でもきみがいたから、ぼくはここに生きたっていう証を残すことができた。きみはぼくのお願いを叶えてくれるって言ってたけど、ライ君が目を覚ました時から、ぼくの望みはもう全部、叶ってるの」


「そんな……そんなつまらないものが望みだと! そんなんでいいっていうのか‼︎ いいわけないだろ!」


 いくら叩こうが蹴ろうが、ハッチは分厚くびくともしない。こうなったら、砲撃を浴びせるしか――。


「大丈夫、きみみたいには戦えないけど、魔法で、少しは足止めできるから……っ」


「やめろ!」


「ライ君、ぼくを心配してくれるなら、その船に乗ってよ。ぼくが乗るよりも、きみが乗った方が絶対にいいって……ぼくわかるもん。きみはちゃんと動ける、戦える。なにもできない、荷物のぼくとはちがう、から……」


「ちがう、荷物とか、そんなことない! なあ、頼むノルニル、ここをもう一度開けてくれ!」


「…………ありがとう、っ、ライ君……よかったよ、初めて見つけた時、きみをぶっ壊さなくて……。短い間だったけど、今までほんとうに楽しかった……ぼくのこと嫌いなのに、いっぱい助けてくれて、ありがとう……カレー、まずかったけど、おいしかった……作ってくれて……嬉しかった……っ」


「ノルニルッ‼︎」


「……ぼくのこと、忘れないでいてほしい。できたら、だけど。……ぼくがここで生きて、ここで、死んだこと。…………きみにだけは、覚えていてほしいよ」


 ――さよなら、と。

 聞こえたきり、彼女はなにも言わなくなった。


「おい! ノルニル! ふざけるな! 黙るな‼︎ おい‼︎」


 なんて身勝手な。

 散々人の背中でキャアキャア騒いでおいて、死にたくないくせに死に急いだり、子供のくせに、そんな根が腐ったようなことを並べて――何様のつもりだ。

 ふざけるのも大概にしろ……‼︎


 僕はハッチを叩きまくるのをやめ、乱暴な手つきで箱舟の扉をこじ開けた。

 クソッタレが。このままで済ませられると思うなよ。


『お客様! ご出発でございマスか⁉︎』

「まだ発進するな! それよりも、エンジンを温めてすぐにでもハイパードライヴに移行できる状態にしておけ!」

 ノアに告げて、僕は機内に乗り込む。

 操縦用のハンドル、その他の精密そうな機器に囲まれた、ただ一つの座席。

 どう考えたって二人は乗れない。

 だが――。


 考えろ。考えろ! 考えろ‼︎

 偏った機械の頭で、ショートするぐらいに考えろ──‼︎


 こんな時、人間ならマシな考えが思い浮かぶはず。

 トート博士なら。彼なら、どうする。


 ――テクナもマギアも、皆等しく乗り込む権利がある――

 その意味、今ならわかる気がするんだ。


 ――最後まで諦めないでくれ! 私もまだ諦めてはいない!――

 ああ、僕も、このままなにもしないのは絶対に嫌だ。


――君に直接命令を下す者はもういない。でも、君の中にはまだ彼らが残した枷がある。だからこそ、考えるんだ。自分が、ほんとうはどうしたいのかを――


 もし本当にそうならば。

 セシャットの星命ノ輝石(アストライト)を運ぶ役目だけではない。なにかを望むことを、博士があの時、本気で許してくれていたのなら。


 僕も選びたい。


 これ以上なく、それを今、望んでいる。

 誰の願いでも、約束でもない。

 自分のために──。


 ノルニルのために──。


 選びたいんだ……‼︎


 彼女を抱えて飛んだ時の、あのうるさいくらいの奇声と弾んだ笑い声が蘇った。


 僕は、もう一度、彼女と――。



 その時。

 僕の奥底でなにかが、ブツッと千切れたような、激しいシグナルが駆け抜けた。

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