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死んだ非常灯。壁の配線は剥き出しになり、足元には砕けた金属片や、用途の分からない部品が散らばっていた。一寸先の闇からタナトスが飛び出してくることを警戒しつつ、僕はノルニルを背負ったまま歩を進める。
やがて、通路の先に下へ続く非常階段のようなものが見えた。壁に残った外れかけの標識をこすって、文字を確認する。
『五〇〇メートル先、中央ターミナル』
願ったり叶ったりの展開。思わず息を吐く。
「ターミナルって、ここから近いの?」
「ああ。もう少しの辛抱だ」
長い長い非常階段を一気に下り、崩れた段差を跳び越え、崩れた壁を押し除け。そして、ようやくたどり着いた。
ターミナルは、最下層とは思えない、広い広い空間だった。
手前からずっと先まで、縦長の滑走路の直線が続いている。
その奥には、地上へ出る場所に繋がっているのか、巨大なトンネルの入口のような穴が口を開けていた。
左右の壁には、規則正しく並んだ巨大なハッチがぽかりと口を開けている。
覗き込むと、中はがらんと空洞になっていた。大きさ的には、大型の箱舟が一機分が収納できるくらいだろうか。
他のハッチも見てみたが、どうやらずっと奥まで、ほとんどの格納庫が開け放たれていた。
そして、ターミナル内は想像以上に酷い有様だった。
床のあちこちが陥没し、天井は崩落し、何か巨大なものが激しく暴れ回ったような傷跡が生々しく残されている。
壁には銃撃の痕が散り、焼け焦げた跡や、抉られたような深い爪痕もあった。
いくつかのハッチは開かれないまま、外側から押し潰されたようにぐしゃりと歪み。開いているハッチの中も、崩落した瓦礫で埋もれていたり、内部設備ごと破壊されていたりする。
やはり、タナトスたちはここまで攻め込んできたのだろう。
床や壁に刺さった錆ついた武器。散らばった弾丸や折れた杖のような残骸が、ここで繰り広げられた生存者たちの決死の闘いを無言のまま物語っていた。
中には、滑走路の手前で壁や床に叩きつけられ、粉々に潰されたと思われる箱舟の残骸もあった。
それを見て、ノルニルが声を小さくし、僕の背中をぎゅっと掴む。
「なんか、ここ、こわいよ……」
確かに、ここは生存と死亡の分岐点だったのだろう。
敗北していった者たちの無念がいまだ濃く漂っているような、墓地に近い寂しさがあった。
とにかく、一つでも正常に動くものを探さなくては。僕たちは、端から端までしらみ潰しに格納庫を確認していく。だが、そうそう都合よくはいかない。大型、中型と、サイズ別に区切られたハッチの中身は、どれもまともに飛べそうな状態ではなかった。
タナトスの気配はまだしない。けれど、かつてこのターミナルが襲われたというならば、奴らが掘り進んで通った道もどこかに残されているということだ。時間はかけられない。
最悪、滑走路の先に続く、地上と繋がっているであろうあの穴に向かって飛び込んでもいい。
だが、星に生存する者を探すには、なんとしてでも箱舟をここで確保したかった。
中型艇の区画も終わりかけ、小型艇用の格納庫に差し掛かったころ。
『――センサー作動。サーモグラフ解析。生体反応を確認。ロックを解除いたしマス。』
「うそだろ……」
二十四番目のハッチで、ようやく無傷のまま閉ざされたものを見つけ、さてこいつをどうやって開けようかとノルニルと話し合っていた時だった。
頭上から、ポーン、と軽い音が鳴り、続けて高い声のアナウンスが入った。
ハッチの上にあった緑色のライトが点灯し、閉ざされていたシャッターが、するすると持ち上がっていく。
奥の格納庫に残っていたシルエットが、ゆっくりとこちらへ押し出されてきた。
姿を現したのは、卵型の小型艇だった。
小型艇は格納床からせり出し、車輪を回してスロープを下り、僕たちのすぐ目の前までやって来た。
「すごいや……」
無期限非常食を見つけた時点で、もしやとは思っていた。
けれど、まさか本当に動くとは、全くもって恐れ入る、テクナの持つ技術と可能性には。
思わず、僕の声も弾んでいた。
大きさは小型車両ほどだが、翼はしっかりついていて、機体に傷もない。本当に今、外に出されたばかりの新品同様だった。
乗り込む場所はどこだろうと、正面から翼のつけ根へ回り込むと――。
『――ンピー、ンガガ、ガガッ、ンガガッ。んえぇー、ただいまマイクのテスト中、テスト中、テスト中でぇございマッス。……、……、…………感度良好。スピーカー異常なし。テスト終了ゥ、んぁあ致しマス。』
小型艇が、いきなり喋り出した。
「シャベッタ⁉︎ 中に誰か乗ってるの⁉︎」
驚きの声を上げたノルニルに、声の主は僕らの存在を認識したらしい。
『おはようございます。本日も箱舟ノア・リトルをご利用いただき、誠にありがとうございマス。えぇー、当機の自動操縦および航行案内を担当いたします、パイロットAI──ノアでございマス。どうぞよろしくお願いいたしマス。』
「……やあノア! 会えてとっても嬉しいよ! ぼくはマギアのノルニル、ノルンって呼んで。こっちの目つきよくないのはライ君だよ。機械兵なんだ。よろしく」
旧式の車内アナウンスを思わせる丁寧な声に、ノルニルは手を挙げてフランクに挨拶を交わした。
『……おや、おや、おや? これは驚きました。初めて外に出たと思ったら、これは一体全体どういうことなのでしょうか。なんというか、とても、ぽつーんとしていらっしゃる。なぜこんなことに……ワタクシの仲間は一体いずこへ……?』
挨拶が済んだかと思えば、ノアはターミナルの状況を見て戸惑った様子の声を出した。
まあ、この惨状を見れば、人工知能でも驚くのは無理もない。僕もそうだった。
「ノア、落ち着いて聞いてほしい。三百年も君はここで眠っていたから分からないだろうが、その間にテクナやマギアは、君の仲間に乗ってここを脱出したみたいなんだ。あり得ない事態が、この地下都市で起こったからだ」
僕が要点をまとめて伝えると、さすがはAI、飲み込みが早かった。
『つまり、皆さまはとうの昔にご出発済み。ワタクシだけが当駅に取り残されたと。えぇー……ンンッ……えー、終点、終点でございマス。お忘れ物は、ワタクシでございマス。』
言い終えると、ノアはしょぼくれたような声で繰り返した。
なんとなく、その気持ちは分からないでもない。僕たちみたいな存在は、劣るとか、失敗作とか、粗悪品とか、そういう言葉に敏感なんだよな。
「でも、ぼくはきみを見つけられてラッキーだったよ、ノア!」
「ノルニルの言うとおりだ。なあ、頼む。動けるんだろ? 散々探したが、まともに飛べそうなのはもう君ぐらいしか残っていない。僕たちを乗せて、ここを出てくれないか。地上にいる他の生存者を探すためにも、君だけが頼りだ」
『地上方面へは現在、全線不通でございマス。』
全線不通──? 独特な言い回しだな。だめ、ということか……?
「どういうことなの?」
『地上は死にました。もう住める場所はどこにもありません。黒い死神たちが残っていた緑を枯らし、水を穢し、大地は好き放題に掘り返され、もう安住の地など星のどこにも存在しないのデス。ワタクシどもを造られた神々は、そう申しておられました。だからワタクシたち箱舟が造られたのデス。』
ちょっと意味がよく理解できないぞ。




