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彼女の限界が来るまで、僕たちは三倍の速さで地下都市の最下層を目指した。だが、その限界は思っていたよりも早く来た。
「んうッ――」
下層に繋がる階段の前で、ノルニルの体が小さく跳ねた。と思えば、首に回されていた腕から力が抜け、彼女の額が僕の肩にこつんとぶつかる。
「ノルニル……おい、ノルニル!」
「う……ッく……あ……ハァッ、ハァッ……ッん――!」
胸元を押さえ、発作を体に閉じ込めるように息を乱す彼女を、すぐに背中から下ろして壁際に寝かせる。呼吸は浅く、肌に汗が浮かび、胸元で淡い光が、死にかけの蛍のように揺曳している。
彼女の目尻に苦痛を表す大粒の涙が浮かぶ。
「魔法の反動か、おい、しっかりしろ……!」
「へへ……ちょっと、頑張りすぎた……かも」
ノルニルの声が細くなっていく。だめだ、このままではまずい気がする。
「っ、ハァッ、……ッ、ハァッ、ハアッ――」
理屈は分からない。だが、感覚だけが内側に残っている。
この地下都市に落ちた時。僕が彼女にしたことを思い出せ。
すでに、僕の胸部中枢の奥にある輝石は熱を持っていた。僕はその感覚を頼りに、乱れた波を、少しだけ整える。
こぼれ出ようとする魔力を、押さえ込むのではなく、包み込むように。
医療でも修復でもない。けれど、今の彼女の呼吸をなんとかして楽にしたい。
そんな思いで僕はノルニルの胸元へ手をかざした。
乱れた呼吸に合わせるように、全機能を集中させる。
砕けようとしている輝石の傷を撫でる――そんなイメージで。
しばらくして、ノルニルの体からだんだんと強張りが抜け、荒かった呼吸が少しずつ落ち着いていく。
胸元の光も、まだ不安定ではあるが、先ほどよりは穏やかになった。
「……ありがと……セーシャおねーちゃん……」
掠れた声で、ノルニルが呟き、ぼんやりした目を開けた。
「あ……ごめん。なんか……つい……懐かしい感じがして」
「……」
「ありがとう、ライ君。なんかよくわかんないけど、すっごく落ち着いた」
僕は首を振る。
「いい。こっちこそ、たくさん無理をさせて悪かった」
「んーん。ぼくが自分でやったことだよ。きみこそ、ぼくみたいな足手纏いをオンブしながら、よく走ってくれたと思うよ」
ノルニルは弱く笑い、自分の胸元に手を置いた。
「もう知ってるかもしれないけど、ぼくの、ここの、輝石……のこと」
「ああ。さっき調べたからな」
「うん……」
「治す方法はないのか」
「ないね。三百年前も、お医者さんにそう言われたから」
あっさりとした声だった。まるで明日の天気を話すみたいに。
「ママと同じ病気なんだ。進み方は人によるけど、輝石のひび割れからどんどん生命力が漏れ出ちゃって、体も動かせなくなっていく。この脚も、そのせいだよ」
幼い顔つきの彼女は、冷静に、淡々と自分のことを語った。
それでも病は、進み続ける秒針のように、決して元に戻ることはなく、ひびは広がり、やがて自らの輝石を砕くのだろうと。
彼女は、自分が迎えるであろう最後を受け止めていた。
僕は再び膝を折り、背中に乗るよう促すと、もう冗談を言う気力もないのか、ノルニルは素直に細い体を預けた。
「もう、これ以上魔法は使うな」
「タナトスが出てこなければそうする」
「ノルニル」
思わず強く名前を呼ぶ。けれど彼女は、僕の首に腕を回したまま、静かに言った。
「ライ君、止めてくれてありがと。きみって意外と優しいとこあるんだね」
でも、と彼女は首筋に顔を寄せて続ける。
「ぼくは……自分で選ぶよ、最後まで。お姉ちゃんと同じようにね」
選ぶ…………か。
「ノルニル……あの、さ」
言いかける。
自分の胸の奥にあるもののことを。
だが、言葉は喉の奥で止まった。自分を殺そうとまでした機械兵の中に、姉の一部があると知れば。
きっと、僕たちは今のままではいられなくなる。
それどころか、輝石が砕けるより先に、その事実が彼女の心を砕くかもしれない。
だめだ。こんなことを、今の彼女に打ち明けることはできない。
全てを知って、ノルニルの瞳が何色に染まるのか。
それを思うと、頭の先から足の先まで鉄屑のくせに、初めて、僕は怖いと思った。
「……いや。なんでもない」
そう誤魔化して、僕は彼女を背負い直す。
暗い地下都市の底へ、僕たちは、再び進み出した。
「ずいぶん遠くまで来ちゃった気がする」
「あの山小屋が恋しいのか」
「ちょっぴりね……でも大丈夫。一人じゃないから。帰れるって、ぼく信じてる」
背中の上で、ノルニルが小さく息を吐いた。
「ああでもね。こんな冒険、はじめてだったから……ちょっとだけ楽しいなって思ってたりするよ。タナトスは……怖いけど」
「心配しなくても、ちゃんと地上に送り届けるさ。連れてきた僕の義務だからな」
「そんなに硬く考えなくていいよ。二人で出られるといいよね」
「ああ」
しばらく進んでから、僕は彼女に呼びかける。
「これはまだ確信が持てない。僕の仮説ではあるんだけれど……どうやらここに、マギアたちもいたみたいなんだ」
「うそ……ほんとに⁉︎」
「ああ。この先にあるターミナルの箱舟を使って、きっと昔、テクナたちと一緒にここを脱出したんだ」
博士が残した少ない情報から推測するに、地表からやってきたタナトスたちから逃れるため、この地下都市は巨大シェルターとして利用されていたらしい。
そこにいたのは、テクナだけではなかった。マギアもいた。
テクナとマギアは、けして長くない時をこの地下で共生していたのかもしれない。
けれどタナトスたちは、地中に逃げた彼らを執拗に追い続け、この場所を襲った。襲撃を受け、生き残った者たちは地下都市を捨て、箱舟でどこかへ旅立った。
「じゃあ……」
「きっと彼らは、この星のどこか安全な場所に避難して暮らしているんじゃないかと思う」
「みんな、どこかで、生きてるの……?」
「ああ。僕たちも箱舟さえ手に入れられれば、星の裏側くらいは行けるだろうさ。可能性はある」
僕は彼女の体を背負い直す。
「だから安心していい。この星のどこかに、マギアもテクナもきっと一緒になって暮らしているはずだ。君を仲間のところに返してやる」
もし、それができたとしたら。
その後、僕はなにをするのだろう。
僕には、なにが選べるんだろう──。




