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『頼む……ッブツ――……生き残ってくれ! 一人でも多く! 生き延びて此処を出てくれ! ッ……ブツ……、辛いだろう、苦しいだろう、怖いだろう――でもここで諦めてはいけない! 何故なら君たちは生き残った、無益な争いで命を落とした者たちが生きたかった今を生きている! 絶対にその命は無駄にしてはいけない、絶対にだ――!』
『トート博士ッ――‼︎』
彼の訴えに被せるように、ひどく取り乱した様子の若者の声が突っ込んでくる。
『早く逃げて下さいッ……‼︎ 危険です‼︎ 奴らはもうすぐそこまで来ているんですよ⁉︎』
『君も早くターミナルに向かいなさい‼︎』
『あなたもです! なにを考えているのですか‼︎ こんなところにいたら――』
『女性や子供たちのぶんまで席が残っているか心配なんだ。だから、大罪人は最後に乗り込むことにするよ。それよりも、この騒ぎで道に迷っている者がいるかもしれない。導かなければ』
『今はそんなこと気にしている場合では‼︎ 逃げましょう‼︎ 小型船もまだあります、行けば間に合います! 博士‼︎』
『構わずにいきなさい! 私もすぐに行く――、ああ君…………これを先に持っていってくれないか、あとで返してくれ』
『こ、これはっ』
『私のひみつの日記帳を隠してある部屋の鍵なんだ。失くしてしまうかと思うと気が気じゃなくてね。頼む、大切なものなんだ。……さあ、これで口実ができたね。行きなさい――‼︎』
『トート博士ッ――‼︎』
『こちら居住区N-B二〇五号室、居住区N-B二〇五号室! 聴こえている者がい……ブツッ……たらただちにターミナルへ向かい、箱舟に乗り込みたまえ! 決して最後まで諦めないでくれ! 私もまだ諦めてはいない! 足を動かし前進してくれ! きっとやれるはずだ! 生を掴み取る力は誰にで――、も備わっているのだから! 一人でいる者は自分を信じるんだ! 仲間といる者は仲間を信じ、諦めかけている者は此処にいる私を信じて立ち上がってくれ! 私は此処で君たちの勇気を讃え――ブツッ――そして祈っている――‼︎』
画面から飛び出しそうな爆音が鳴り響いた。
『幸運と健闘を――……』
ブツリ――、とそこで動画は途切れ、モニターはなにも映さなくなった。
今のは、トート博士が残した動画ログ……。
ターミナル、箱舟、逃げる、危険……。嫌な予感しかしない。
なにかが、起こったのだ。
この居住区から地下都市全体にかけて。
ここにいた者たちがこの地下都市を捨てなければならない……ただごとじゃないなにかが。
あのトート博士の叫び声。
必死にターミナルへ向かうようにと誘導していた。箱舟……ということは、この下に脱出用の箱舟があるのか。
それに気になるのは、テクナとマギアに、等しく乗る権利があると言っていたこと。
ということは、両種族ともこの地下都市にいた……?
シェルターとも言っていた……。
トート博士……ッ。
もっと……他になにか、なんでもいい、他に……彼に繋がる記録はないのか――、
砕けたキーボードに手を置いた瞬間、掌の内側を細い信号が走った。
《機体識別:RAIJIN-KG315677》
《照合完了》
《胸部中枢内、星命ノ輝石の反応を確認》
《輝石識別:Seshat》
《隔離データを検出》
「セ、……シャット……?」
それは……ノルニルの姉の名だ――。
どうして、その名がここに。僕の胸部中枢の反応から、その名前が出てくる。
問いを重ねるより早く、画面が切り替わり、パスコードを要求される。
[SECURITY QUESTION]
[Name of the one she loved most.]
彼女が最も愛した者の名――。
どういうことだ。誰のことを言っている。
一体、この隔離データに何を隠している――。
セシャットって……。
その時、記憶の奥で博士の声がした。
『私は昔――ある、一人のマギアと出逢って……親しい間柄になった――』
『私は彼女を確かに愛していたんだ……』
遠い昔。博士が僕に聞かせてくれた話――。
『セーシャお姉ちゃん……、本当の名前はセシャットなんだけど』
『……とても、大切だった……誰よりも』
『お姉ちゃんは戦争に行っちゃった。すぐに帰るって言ったのに、戻ってこなかった……』
ノルニルと博士の声が交互に蘇り、ばらばらだった情報が、浮かび上がり、繋がっていく。
僕はセシャットを知らない。
博士と、彼女の間に何があったのかも知らない。
けれど、ひとつだけ。
僕は、ついさっき、偶然か必然か。
『ぼくのこと、いつも大好きだよって言ってくれた』
この記録を開くための鍵を、手に入れていた。
砕けかけたキーに指を置く。
《NORNIR》
入力した瞬間、画面が一度だけ強く明滅した。
[ACCESS GRANTED]
[Welcome back, dear ones.]
画面に浮かんだのは短い文字の並び。
君たち。
その言葉の意味を、まだこの時の僕は理解できていなかった。




